第5話 緊急事態
■剣闘都市グラディア
リリアンからスタンピードが起こっていることを聞き、イーヴェリヒトへの帰りを急ぐことになった。
「スタンピードって、ダンジョンからモンスターが溢れるアレだよな?」
ハイポーションを飲んで、動けるようになった俺は闘技場から街の外まで移動している。
メンバーはリリアンにエリカにリサそして、なぜかついてきているセリーヌだ。
「私はお前の奴隷になるのだ。お前が行くところは私の行くところなのだ」
ぶるんと爆乳を揺らし、グレートソードを肩に構えながらセリーヌはにやりと笑う。
実力としては助かるのだけど、動機が不純すぎて連れていきたくなかった。
「わかったから、あんまり俺の奴隷とかと吹聴しないでほしい……」
「なんでなのだ?」
きょとんと首をかしげるセリーヌは見た目や年齢は年上であるものの子供っぽさを残している。
そして、セリーヌの反応をニマニマといやな笑みを浮かべているのがリリアンだった。
「ジュリアンも奴隷を飼うようなことになるなんて……これはエレナにも教えてあげなくちゃ!」
「やめてくれぇぇぇ! 誤解が増えるから!」
「誤解じゃなくて、事実なのだ」
「ややこしくしないでくれよ……」
わちゃわちゃと盛り上がっていると、街の外にある広い空き地のようなところにたどりついた。
「ここでどうするのですか?」
「師匠から、転移のスクロールをもらってきたから、これで一気に移動するわよ」
エリカの問いかけにリリアンは胸元からスクロールを取り出して、広げた。
転移のスクロールなんて高価なものをどうして持っていたのか不思議ではあるものの、5日間もかけて移動していてはスタンピードを防ぐことはできない。
いちいち細かいところは突っつく必要はなかった。
胸元からスクロールを取り出したのも今は触れない。
「イーヴェリヒトの郊外まで……『テレポート』」
スクロールを頭上に放り投げて、魔法を唱えるとスクロールが燃えて消えたかと思うと、魔法陣が地面に光で描かれていく。
描き切ったあと魔法陣から光が溢れて上空へ登っていくと共に俺たちの体はその場から消えた。
■鉱山都市イーヴェリヒト
町の外の人気のない空き地に俺たちは移動している。
一瞬の出来事で便利なのだが、スクロールであることも考えると高価だったり制限がありそうだった。
お金を稼げたら、イーヴェリヒトの移動スクロールをいくつか所持しておきたい。
「目立たないように街の外に来たんだろうけど、現状はどうなっているんだ?」
「そこは俺から説明しよう。一緒に行動するのは久しぶりだな、ジュリアン」
「アーヴィン! 待っていてくれたのか」
俺は出迎えてくれた人物と握手をする。
こうして直接話すのはずいぶん久しぶりだった。
「現在は鉱山迷宮の入り口を封鎖中。あふれ出てはいないがダンジョン内のモンスターは活性化しているので今夜あたりが山場になるな」
「ダンジョン内に取り残された人はいるのか?」
「情報が錯綜しているので、確認できていないが俺達”鋼の守護者”をはじめ、Cランクの上位からBやAのパーティには捜索の指名依頼がでているぞ。もちろん、エターナルホープにもだ。やるかやらないかは危険度も高いので任意になっているがランクアップの保証はしてくれるそうだぞ」
急なスタンピードの予兆のため、急いでギルドも動いているのだろう。
BやAランクパーティも駆り出されているところから、危険度の高さがうかがえた。
「俺達はまだ地底湖くらいまでしか潜れてないから、捜索で深くは潜れないぞ?」
「なぁに、そこは複数パーティでの依頼だ。お互いをカバーしあえればもっと、奥まで潜れるさ」
アーヴィンが心配ないと言いたげに俺の肩をたたく。
「それでだ、俺から一つ聞きたいんだがお前はハーレムパーティを目指しているのか? 新顔の女がいるようなんだが……」
「私はジュリアンの奴隷なのだ」
「そこは……あの……」
「ジュリアンさん、その年から不純なのはいけないですよ? スタンピードを解決したら、《《詳しく聞かせて》》もらいますから」
アーヴィンに気取られて気づかなかったが、エレナさんもその場にいたようだ。
笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
早くスタンピードを解決しないといけないが、解決後の説明をどうしようかと俺は悩むしかなかった。
■アダマンタイト鉱山跡地・入口
ダンジョンの入口は普段は入場管理する衛兵がいる程度だが、今は多くの人がピリピリとした空気を放ちながら入口を警戒している。
ギルドの出張所テントで立ち上がっていて、多くの冒険者が報告を行ったりしていた。
「ジュリアンさん! こっちです」
テントでの受付をしていた、エミリアさんが手を振って俺を呼んでくる。
バタバタと動いているのか、顔に疲労の色が強いエミリアさんの元へいき、俺は状況確認をはじめた。
「だいたいのことはアーヴィンからも聞いているけど、どれだけのモンスターがどこまで進行しているんだ?」
「多くのスカウトの冒険者に協力してもらって調査網を作っていますが、モンスターの集団は地底湖階層まで来ているとのことです。狭い坑道階層で進行速度は下がるでしょうが、逆に押し負ける可能性や坑道階層のモンスターが押し出されてきたら坑道階層の崩落なども考えられます。お疲れかもしれませんが、急いで地底湖階層まで潜っていただきたいです」
坑道階層の道が崩落したらダンジョンは封鎖状態になる。
ダンジョン自身には自己再生能力があるらしく、しばらくしたらもとに戻るがその間ダンジョンから資源の回収ができなくなるのでイーヴェリヒトへの経済的影響は計り知れない。
「わかった。すぐに行く」
俺がそういって、離れようとしたら俺の手をエミリアさんが握ってきた。
やわらかい手の感触にドキッとする。
「無理はしないでくださいね。ジュリアンさんはまだまだ未来があるんですから……」
眉根を下げて、不安げな瞳を俺に向けたエミリアさんがそう語ってくる。
突発的な事故で死んでしまい、異世界に来た俺だったがここで死んだらどうなるかなんてわからない。
「頼りになる仲間もいるので、大丈夫!」
俺は空いた手でサムズアップをすると、受付から離れていった。
■アダマンタイト鉱山跡地・鉱山階層
前衛として俺とセリーヌとリサ、中衛としてエリカ、後衛にはこっちで合流したレイナというフォーメーションでダンジョンを進む。
もっとも、一緒に”鋼の守護者”と”ブレイジングスピリッツに”セレスティアルガーディアンズ”も一緒に行動していた。
先輩冒険者達と一緒なので気はだいぶ楽である。
「ザコばかりなのだ」
グレートソードを振り回せるような広さがないので、パンチやキックでジャイアントバットをセリーヌが倒していった。
その様子をみていたレイナが俺に近づいて声をかけてくる。
「ジュリアンはあーいうんがこのみなん?」
「連れてきてはいるし、奴隷を名乗っているが、契約はしてないぞ……」
レイナのじとーッとした目がみているのはセリーヌのブルンブルンと揺れる爆乳だ。
ペタンとしているレイナの真逆の存在なので気にはなるのだろう。
リサもなかなかの巨乳なのだが、セリーヌには負けるしビキニアーマーで戦っているのだから、目立つのは仕方なかった。
「ウチを置いてけぼりにして、楽しんできたようで何よりや」
「置いてけぼりって、街に残るっていったのはレイナじゃないか……」
理不尽な言い分ではあったが、俺は戦闘に集中する。
襲い掛かってくるモンスターの数が多く、血の気が多いように感じた。
「アイアンゴーレムは先行しているパーティが排除してくれるようだから、ザコを狩っていくぞ」
「せっかくなので、温存をしていきながらいきませんとね」
エリカは弓ではなくショートソードでジャイアントバットを斬っていく。
矢を温存するため、それほど得意ではないようだが訓練も兼ねて今回は使うようにしたようだ。
ジャイアントバットを倒した後、そのまま下の階層へと進む。
地底湖階層でモンスターの集団とぶつかるだろう。
「地底湖へ急ごう!」
「「「了解!」」」
今の戦力でできる限りのことをするだけだ。
■地底湖階層
地底湖階層に降りていくと、騒がしくなった。
モンスター達の足音が鳴り響き、地底湖の空気が震えている。
「大量に来ているぞ、目の前の敵をまずは迎撃するぞ! 深追いはするな、地上部隊が迎撃する! 強い奴を中心に相手にするんだ」
”鋼の守護者”のアーヴィンが大声を上げて、冒険者たちに告げた。
さすが年の功、信頼感が違う。
敵はジャイアントスラッグ、リザードマン、湿地トロール、サラマンダー、溶岩ゴーレムなどが種族入り乱れながら迫ってきた。
「アンデットじゃなきゃ、あちしは大丈夫にゃ!」
「ワハハハ、倒したい放題なのだな!」
前衛系のリサとセリーヌが今にも飛び出そうとしているが、静止する。
「ザコも減らせるだけは減らしていこうぜ」
「ジュリアンの言う通りだ、魔法が使えるものは構えて……撃て!」
剣を振るって、アーヴィンが指示をすると魔法が多数、モンスターの集団に飛んで行った。
主に魔法を放っているのは魔法使いが中心の冒険者チーム”ブレイズウィザーズ”である。
リーダーのティアラが|〈風魔法:竜巻〉《ヴェントゥス:サイクロン》をモンスターの集団の中心に放ち、巻き込んでは散らしていった。
竜巻が起こす轟音にモンスターの叫び声が掻き消えていく。
「弱ったところにとどめをさしていくぞ!」
「うわっ、ずるいにゃ」
「体力を温存する戦い方だといってくれ」
リサの突っ込みを流しながら、起き上がろうとするモンスターを中心に俺をはじめとした近接部隊やアーチャーがとどめをさしていった。
「久しぶりの出番や、気張っていくでー!」
アーヴィンのそばではフィンが矢を放って湿地トロールの頭部を潰していく。
弓の使い方はなかなかのものだ。
「弓でしたら、わたくしも負けていられませんわ」
フィンの弓の技術に対抗してか、エリカも矢を放ってモンスターの数を減らしていく。
だが、その中でも無事なものがジャイアントスラッグや溶岩ゴーレムだ。
両者ともに、その大きさが故に吹き飛ばなかったのだろう。
「厄介なのが残っているな……リサとセリーヌはジャイアントスラッグには近づかないようにな、解かされるぞ!」
「わわわ、服が溶かされたのだ!?」
俺が注意をしている傍からセリーヌの驚きの声が聞こえる。
ビキニアーマーが溶かされたら全裸になるんじゃないか?
「セリーヌは溶岩ゴーレムのほうへ、ゴー!」
「胸部装甲が溶けたが、まだ戦えるのだ! ゴーレムと戦うのだ―!」
ため息をつきたくなるのをこらえた俺は犬でも扱うかのようにセリーヌに指示をだし、ジャイアントスラッグを〈磁力魔法:収束〉で結び付けた盾をヨーヨーのように何度もぶつけた。
〈磁力魔法:回転〉で盾を回転させれるようになったので、ぶつけると共に斬れている。
「多重詠唱もできるようになったから、戦いの幅が広がったな」
一つずつした唱えられなかった魔法を複数重ねて使えるようになり、俺は戦いを続けて来た意義を感じた。
第一陣をある程度倒したかと思ったら、第二陣の足音が地底湖の奥から響きだす。
「数が多いが、やれるだけやろうか。レイナは爆薬の用意を頼む。こっちが待ち受ける側になるなら、罠を仕掛けられる」
「ようやくうちの出番やな。まかしときー」
レイナがクレイゴーレムと共に爆薬のセットを始める。
その間、少しだけ休憩を俺達はとった。
■地底湖階層
「ちっくしょう……どんだけ来るんだよ……古戦場よりも面倒じゃないか」
俺はその場にへたり込みながら、悪態をついた。
周囲には倒したリザードマンや、湿地オークの死体が転がっている。
その数は10より先は数えるのをやめたほどだ。
「捜索部隊のはずが、完全に迎撃部隊じゃないか……ここより下に行けやしない」
「お疲れ様です。ジュリアンさん、ジャーキーですけど食べてください」
「ありがとうございます。エレナさん」
鋼の守護者のヒーラーであるエレナさんが俺達の方に来るのは疲労が少ないからだ。
今、前線を維持しているのは俺達”エターナルホープ”と聖騎士がリーダーをやっている”ホーリーランド”の二つだ。
魔法使いが中心のパーティは後方支援を行い、”鋼の守護者”は殿と司令部を兼ねた行動をしている。
時間がかかっているからか、地上からの増援も増えてきていた。
各パーティにいるポーターが食料補充のために戻っていたりして、伝令しているからである。
「帰ったら、出来立ての料理食べたいにゃ」
「わたくしはお風呂に入りたいですわ」
「ウチは寝たいわ」
一休みしていると、うちのパーティメンバーから口々に愚痴がこぼれた。
顔を見れば疲労の色が消えない。
次々にモンスター達が流れ込んでいて、何とかしのいでいる状態なのだ。
レイナが魔力回復ポーションを大量に持ってきてくれたので、俺達が戦線維持をしているようなものである。
「ま、波の間隔が長くなってきた分、ゴールは見えてきたか?」
薄暗い地底湖の中では時間の感覚がまったくないので、どれだけ戦ってきたのかもわからなかった。
ただ、序盤は連続で来ていた敵の進軍も間隔があきだしたので終わりが近そうである。
「そうだといいですね。怪我などは回復できるといっても疲労による集中力の低下は大きな被害を生み出しますから……」
エレナさんが心配げに俺の顔を見てくる。
心配してくれているのは嬉しいが、こういう時はかっこつけたいのが男というものだ。
「大丈夫だ。問題ない」
あ、これはフラグだと思い直したが、訂正する前にゴゴゴゴとダンジョンの奥から何かの音が聞こえてくる。
早速フラグはその効果を発揮してくれたようだ。
こういうときばかり、フラグをかなえてくれるのはやめてほしい。
地底湖階層全体が揺れ始め、今までとは違うものが近づいてくるのがわかった。
ドガンと音が鳴り、地底湖の壁が崩れる。
そこから姿を見せたのは、巨大なドラゴンだった。
「あれは火竜だ! まずいぞ、あんなのはAランクパーティが何とかする相手だ」
アーヴィンが叫び、その声に呼応して動揺が他の冒険者パーティにも伝染していく。
『下等な人間どもよ、道を開けよ! 我が道を阻むのであれば命の保証はせん!』
低空飛行をして、俺達の前に降り立ったドラゴンは咆哮を上げた。
この世界のドラゴンは喋るのか……いや、某7つの玉を集めるアニメでもしゃべってたわ。
「街を守るためにも道を開けるわけにはいかない! 無礼を承知しているが、ここはは引いていただきたい」
アーヴィンが努めて冷静にドラゴンとの会話を試みた。
こんなときでも街を守るために動けるなんて……かっこよすぎだろ。
『人間が我を配下にしようと無礼を先に行ったのだ、ならば報復を受けるのが道理。あきらめよ』
ドラゴンの言葉にアーヴィンが言葉を失う。
誰かがダンジョンに入っているときに、ドラゴンに喧嘩を売ったようだ。
入口の監視からの話では、これまでにダンジョンに入り、帰還が確認できていないのはフレデリックのパーティである。
つまりは《《そういうこと》》なのだ。
「あいつ……何がしたいんだよ、もう……」
おとなしく魔法学院で活躍していれば平和に過ごせていただろうに、どうしてこんなことを起こしているのか俺にはわからない。
『立ちふさがるのであれば、命の保証はしない。それとも、我と戦いその力を示すか?』
目の前のドラゴンは誰かさんと一緒で脳筋らしかった。
その誰かさんは準備運動をしだして、ドラゴンに挑もうとしている。
「ドラゴンスレイヤーは一度は手に入れたい称号なのだ。このような機会があるとはジュリアンと一緒に来てよかったのだ」
「おいおい、無茶するなよ……死ぬかもしれないんだぞ?」
「私の一族で死を恐れないものはないのだ。戦いで死ぬのは誉れ、強い相手に挑まないのは腑抜けなのだ」
セリーヌの言葉にどんな蛮族なんだと、俺は頭を抱えた。
だが、セリーヌが挑むことでほかのパーティへの敵意は消えているのはチャンスともいえる。
「アーヴィン、ここは俺達”エターナルホープ”に任せて撤退してくれ、ドラゴンが出たことを伝えてAランクパーティを何とか来てもらえる頼んでほしい」
「ジュリアンさん! ダメです、あなたこそ先に撤退すべきです」
「ごめん、エレナさん。俺の磁力魔法であれば全力を出せばここを崩落させてあいつの逃げ道をふさぐこともできるんだ。だから、俺は残らなきゃいけない……エリカやレイナ、リサはアーヴィンと一緒に撤退していいぞ」
俺につかみかかって止めようとするエレナさんに対して、俺はセリーヌと共に残ることを告げた。
全員でかかれば何とかできる可能性もあるが、被害が逆に増えることも考えられる。
最小限に済ませるなら、俺とセリーヌくらいで十分だった。
「アホなこというなや、ここまで来たら最後まで一緒やで」
「ジュリ坊が倒れたらだれが連れていくにゃ」
「回復手段があるほうがいいでしょう? わたくしがいなければ明りもなくなりますわよ」
エターナルホープの3人は一緒にいてくれるらしい。
ドラゴンを前に頼もしい奴らだ。
いや、10歳の俺が残るのに帰れないといった意地なのかもしれない。
「エレナ、行くぞ」
「アーヴィン……」
アーヴィンに連れられて、”鋼の守護者”は去っていく。
『面白い、少しの間余興に付き合ってやろう』
ドラゴンは再び咆哮をあげ、セリーヌと向き合った。
◇ ◇ ◇
■ダンジョン入口 冒険者ギルド出張所
「これなら、俺達でもなんとかなるぞ!」
「疲労の高い冒険者はテントでゆっくり休んでください」
冒険者ギルドの出張所にダンジョン内からもたらされた情報や、この場の状況が口頭で伝えられてきます。
数少ない羊皮紙には要点をまとめて整理したものを記録して、報告書が作成されていました。
戦場というのはわからないが、これが戦場に近い状況なのだろうと私――エミリア・ハルトマン――は思う。
「ジュリアンさん……まだ戻ってきてないですね」
数か月前までは駆け出しだった、ジュリアンさんはCランク冒険者として注目を集めだす中堅冒険者になっていました。
剣闘都市グラディアでチャンピオンを倒したという話にも驚き、そのチャンピオンと共にダンジョンに潜っていく背中は10歳という年齢を感じさせないほど頼もしさがあります。
「”鋼の守護者”が戻ってきたぞ! ほかのパーティもだ!」
冒険者の声が聞こえ、私はそちらへ駆け出しました。
「アーヴィンさん、ジュリアンさんは……エターナルホープは大丈夫ですか?」
「ああ、そのことなんだが……」
「急いで、Aランク冒険者パーティの増援が必要よ。火竜が出てきて、エターナルホープはその対応を引き受けているわ」
言いづらそうに口ごもるアーヴィンさんを横目にリリアンさんが手短に要件を伝えてきました。
火竜がでてきた? そんなものがいるというのは噂程度ではありましたが、確認はできていない情報です。
それが事実だった……。
私の顔から血の気が引いていくのを感じました。
急いで動かなければ、ダンジョンにも大きな影響がでてしまう。
「ギルドマスターへ連絡を……」
「おう、話は聞いてたぜ。今すぐ動けるAランクパーティは俺ら……だなぁ」
そこにいたのはギルドマスターであるドワーフの伝説の冒険者パトリオット・ストーンブレイカーその人でした。
パトリオットさんの後ろには老齢に差し掛かった男女の姿がみえます。
「急に茶を飲み来いといって呼び出したのは……これを予想してですか?」
眼鏡をかけた優しい雰囲気の聖職者は確か、このイーヴェリヒトにあるルミナ教の教会の司祭アーサー・ウィンターズさんでした。
「ババァをこんなことに使うんじゃないよ。まったく……」
女性のほうは男子禁制酒場『薔薇の隠れ家』のオーナーの女性だったが、まさかエリオットさんの知り合いということは伝説の大魔法使いミリアム・ブラックウッドさんです。
伝説の冒険者パーティが目の前にいることに普段の私であれば、感動をしていたでしょうが今はそんなことをしている状況ではありません。
「ギルドマスター、アーサーさん、ミリアムさん……火竜の対応をお願いいたします」
私は頭を下げて、3人に救助へ向かってもらうように頼みました。
「火竜なんて、黒龍王に比べれば子供みたいなもんさ」
ぷふぅーとタバコの煙を吹かせてミリアムさんが大きな両手杖を空中から取り出します。
収納魔法というものだったはずですが、はじめて目にしました。
「帰ったら、おいしいお酒をお願いしますよ。エリオット」
「もちろんだ。若人を助けにいくかの」
ギルドマスターが先行し、それにミリアムさん、アーサーさんが続きます。
ギルド職員としての私はその背中を見ることしかできない。
いつもそうなのに、今日、この日だけはそんな自分がとても悲しかった……。
◇ ◇ ◇
|〈強化降霊:大猩猩〉《シャーマニックブースト:ゴリラ》
|〈強化降霊:狩猟豹〉《シャーマニックブースト:チーター》
|〈強化降霊:獅子王〉《シャーマニックブースト:キングレオ》
|〈強化降霊:穿山甲〉《シャーマニックブースト:パンゴリン》
俺の目の前で、セリーヌが自らの体に刻まれた入れ墨の力を解放していく。
解放された動物たちの力がセリーヌを包み込んだかと思うと、彼女は全力で駆け出してグレートソードを振るう。
ガギィンと硬質な音が響き、火竜の体が少し揺らいだ。
『我を揺らがせるとは、面白いぞ人間!』
ファーストアタックで気を良くしたのか、火竜はこちらに集中する。
その間に他パーティの撤退と、立て直しの準備ができる……と思っていた。
『フンッ』
火竜の前足の爪がセリーヌに迫る。
爪一本一本がセリーヌの体ほどのサイズだ。
俺ならばビビッて動けなくなることは確実である。
その爪がセリーヌの体を《《斬り裂いた》》
鮮血が吹き出し、セリーヌと地面を真っ赤に染めた。
|〈強化降霊:穿山甲〉《シャーマニックブースト:パンゴリン》で金属のように固くなっていた皮膚をいとも簡単に裂いたのである。
両断したり、つぶれなかったのは|〈強化降霊:穿山甲〉《シャーマニックブースト:パンゴリン》のお陰だったのだが、この時の俺は気づかなかった。
――ヤバイ!
――ヤバイヤバイヤバイ!
目の前で知り合いが血まみれになって倒れたことで、俺の思考は停止する。
|〈精霊魔法:癒しの水〉《エレメス:ヒールウォーター》
立ちすくんでいる俺をよそに、エリカの精霊、ウンディーネが回復魔法を使いセリーヌの傷を塞ぐ。
その間の時間を稼ぐためにレイナがクレイゴーレムをドラゴンにぶつけ、リサが倒れているセリーヌを回収していた。
「ジュリ坊! しっかりするにゃ!」
セリーヌを背負っていたリサが俺に近づき、平手を一発当ててくる。
呆然とした顔をその時の俺はしていただろう。
リサの顔が普段のひょうひょうとした笑顔ではなく、鋭い目になっていた。
「リーダーはジュリ坊! 動けないリーダーなら、帰るにゃ」
もう一発平手が飛んでこようとしたが、俺がその手を握る。
そうだ、このまま木偶の坊になるなら、帰った方がいい。
人が酷く傷つく場面が久しぶりすぎて、俺の心が揺らいでいた。
かっこつけたのだから、ぼうっとしている場合じゃない。
「悪い……んで、ありがとな」
俺はリサの手を離そうとしたとき、火竜がブレスを吐いてきた。
〈磁力魔法:加速〉
リサの手をつかんだまま、俺はブーツを磁力で動かしてその場から離れようとしたが距離がギリギリである。
俺達が立ち去った後の地面が黒焦げになり、一部が溶けかけていた。
俺はあまりの熱さに立ち止まることができずに地面に転がる。
思い出したが、高温の火炎により電磁的な干渉を起こすことがあるとのことだった。
チッと舌打ちをして、冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。
磁力魔法の欠点を思い出すなら、火竜と戦う前にしてほしかった。
『ちょこまかと……だが、逃げてばかりではつまらんぞ』
「俺も……そうしたいよっ」
悪態をつきながら、俺はブレスを吐く火竜を翻弄するように立ち回る。
しかし、地底湖の空間の温度が上がっていくほどに磁力魔法の効果が悪くなってきた。
露出している肌の部分が若干やけどしている気配があるが、敵の注意を引くこと以外、俺にできることはない。
|〈精霊魔法:水流弾〉《エレメス:ウォーターバレット》
合間を縫って、エリカがウンディーネを使い火竜へ水の魔法をぶつけていった。
大きな効果はないようだが、いらだ立てることには成功しているだろう。
「水……そうだ、エリカ! 精霊契約できるならルサールカを仲間にできたりできないか?」
俺は思いつたことをエリカに大声で伝えた。
地底湖の水を自由に扱っていた、ルサールカであればいろいろできるのではとの提案だったが、すぐに否定される。
「ウンディーネのほうが上位精霊ですわよ。だから、同じことはウンディーネでもできますわ」
しかし、俺の意図を組んでくれたエリカはウンディーネに指示をだした。
|〈精霊魔法:水中牢獄〉《エレメス:プリズンウォーター》
地底湖の水を吸い上げて火竜を包み込む。
「やったかにゃ!」
「リサ、それだけはいっちゃいけない」
思わず俺は突っ込みを入れてしまった。
水泡に包まれた火竜は身じろぎをしてみるが、包み込まれて動けない状態なことを感じたようだ。
すぐに動かなくなったので、俺は一息つく。
「窒息して気絶してくれたなら、大丈夫なんだが……リサのフラグもあるから油断はできないな」
「ウンディーネで押さえておくのも限界ですわ」
ウンディーネの様子を伺っていたエリカの額から汗が垂れる。
魔力を共有して効果を発揮する精霊魔法を火竜を包み込むほど巨大な形で使っているので、魔力の消耗が限界そうだった。
火竜の様子を見るが動く様子がなかったので、俺は解除するようにエリカに指示をだす。
「解除して大丈夫だ、あとは撤退準備に入るぞ。レイナ、セリーヌの状態はどうだ?」
「ポーションも飲ませたから、怪我のほうは問題ないで。ただ、気を失っているから運ばなあかんなぁ……」
「それじゃあ、レイナにセリーヌを背負って貰って……」
俺が撤退の予定を考えているとき、周囲を暴風が吹き荒れた。
暴風の原因は火竜の巨大な尻尾であり、俺達はその横薙ぎの一撃が起こされた風で吹き飛ばされる。
地面に転がっていたモンスターの死体も巻き込まれて跳び、俺達にぶつかった。
「くっそ……あいつ、気絶したフリしてたのかよ……」
不意打ちすぎて対応できず、地面に転がった俺は悪態をつく。
全身を打ち付けていて、起き上がるのさえつらかった。
だが、それよりもパーティメンバーのほうが気になる。
「エリカはリサはレイナは……ついでにセリーヌは無事なのか?」
目の前にはリザードマンの死体があり、それをどかして視界を確保した。
放射状に広がった衝撃は火竜の周辺を綺麗にしている。
リサ達の姿はすぐには確認できなかった。
ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ、最悪の可能性が頭をよぎるがそれを否定したいと俺の心が訴えている。
――ガギィン
金属同士がぶつかりあう音がした。
そちらを見ると、俺らよりもはるかに年上の男がドラゴン相手に一人でウォーハンマーを振るって、火竜を翻弄している。
「ウチの娘にてぇあげたなぁぁぁ、このクソトカゲぇぇぇ!」
『グハッ……お前は……まさか……グフゥッ』
火竜の顎をウォーハンマーが捉えてはじき上げた。
娘といっていたが、誰のことだろうか……。
「君、大丈夫かい?」
「あ、ああ……」
白いローブを着た眼鏡の老年男性が優しく声をかけてくれた。
〈神聖魔法:回復〉
回復魔法をかけてくれたおかげで、体の痛みが消える。
見たことのない男だが、誰だろうか。
「あのジジイも無茶するねぇ……おかげで捜索の時間は稼げたけどねぇ」
俺達が時間を稼ぐことしかできなかった火竜をウォーハンマーを持った男が地面に転がしたり、爪をへし折ったりしている姿は異常だった。
そして、この近くにいるババァも何者なんだろう……。
魔女のような大きな黒い帽子に黒いローブを身にまとっている姿は年老いたリリアンのようにも見えた。
いや、これをリリアンの前で言ったら絶対怒られるので、言わないでおこう。
「ここはあたし達に任せてあんた達はこれでダンジョンの外へ行きな」
ババァがそういって渡してきたのは転移魔法のスクロールだ。
「あんたがリリアンの師匠なのか?」
「師匠というか姉弟子かねぇ……あたしがリリアンを師匠に紹介したのさ。このスクロールはあたしが作った短距離移動用さ」
ババァはそういってタバコを咥えて、人差し指に灯した魔法で火をつける。
そのしぐさはハードボイルドでかっこよかった。
「ジュリアンさん、ここは従った方が……」
「ジュリ坊、命あってのものにゃ」
アーヴィンにかっこつけたが、時間稼ぎが目的である。
これでいいとは思いつつも俺は無意識にギリリと奥歯をかんでいた。
だが、傷は治ったものの疲労の色が顔に強く出ている仲間を見ると引くしかないことを悟る。
「ジュリアン、自分の弱点を受け入れて退くときに退けるのが大人やで」
レイナが俺の頭を撫でてくれたことで、無理やり納得してスクロールに魔力を込めた。
俺達の足元に魔法陣が広がり俺達を地上へと転移させる。
「ドラゴンをいずれ倒してやる……倒せるように強く、強くなってやる……」
俺の言葉を俺の胸に深く、深く刻み込んだ。
◇ ◇ ◇
■魔法都市ルミナエア アイゼン家
鉱山都市イーヴェリヒトで起きたスタンピード事件から10日ほどたっていた。
オレはアイゼン家の当主である父上の部屋で椅子に座り、体を固くして待つ。
父上に静かに見られながら、どれだけ沈黙の時間が続いたのかわからなかった。
ほんの少しだったようにも思えるし、かなり長い間のようにも思える。
ただ、確かなのはオレの状況は《《最悪》》ということだけだ。
「フレデリック」
「はい、父上……」
沈黙を父上が破る。
いつも優しく語りかけてくる声色ではなく、冷たく鋭いものだ。
あの5年ほど前に《《当時の兄》》に向けたものと同じなのをオレは知っている。
「報告を受けた内容に間違いはないのだな?」
父上が羊皮紙の束をまとめて執務机に置き、大きなため息をついた。
羊皮紙の束は報告書であり、それを書いたのは今回、オレと同行していたエリオット教授である。
「はい、間違いありません」
オレはあの場所で起きたことを思い返しながら、答えた。
◇ ◇ ◇
オレは火竜が暴れて、上の階層へと去ったあとでエリオット教授と合流し、スタンピードの波を避けて避難していた。
溶岩階層より上の結晶洞窟階層の一角へ向かう際に冒険者ギルドで雇ったポーター二人が死ぬ。
結晶スライムに不意打ちされて溶かされていくのをオレは見ることしかできなかった。
テントなどの道具がなくなり、回復もポーターが持っていたポーション頼みだったので、回復手段も食料もなく俺達4人は結晶洞窟の奥で救助を待つ。
「どうしてこんなことに……早くおうちに帰りたい……」
体育座りをしていたセシリア先輩が涙を流しながら、呟いた。
こんなことの原因がオレだとは言い出せない。
「大丈夫です、皆さんは僕が守りますから」
オレが俯いているのを後悔ではなく不安と思ったのかエリオット教授が優しくオレらの頭を撫でていった。
◇ ◇ ◇
「そうか……それでローレライ公爵家からいただいた指輪も壊してしまったと……」
「はい……しかし、父上!」
「言い訳は聞かん!」
オレが反論しようと立ち上がるのを執務机を強くたたく音が止めた。
父上の顔は怒りで暴れたくなるのを必死に抑えているように見える。
ギリリと握った拳に血管が浮かび、歯ぎしりの音さえ聞こえてくるようだ。
オレは何も言えず、椅子に座り直す。
「お前には期待していたんだがな……5年でこうも変わってしまうとは……ジュリアンを放逐したのは間違いだったか……」
最後のぼそりとつぶやいた言葉をオレは聞き逃さなかった。
兄貴を見直すことが増えてきている。
どうして、魔力量8のゴミのような兄貴がこうまでもてはやされているのか、オレにはわからなかった。
結晶階層で、伝説の魔法使いミリアム・ブラックウッドに助けられた時も彼女はジュリアンに期待するような様子を見せている。
腹立たしさがなおさら膨れ上がってきた。
「フレデリック! この後、ローレライ家に謝罪に行くぞ。どういう経緯であれ、いただいた指輪を壊してしまったのは事実。その責任を貴族の一員としてとる覚悟をせよ」
「かしこまりました、父上……」
オレに足りないものはなんだ、あの兄貴にあってオレにないものは……父上の命に従いながらもオレはより一層、兄貴への黒い感情を膨らませていく。
その黒い炎はもう簡単には消せないほど燃え上がってきていた。
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