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98話 エメラルドのダンジョン02

 エメラルドのダンジョンは、坑道のような空間であった。

 天井や壁はでこぼことした岩肌で、床には湿った土が敷き詰められている。

 また、無作為にばらまいたように歪な形の大小の石が散らばっている。

 長い間人間が歩いた形跡はなく、かつて使われていた坑道、という表現がよく似合う雰囲気である。

 

 そして、何よりも目を惹くのは、そんな雰囲気に似つかわしくない壁から突き出すエメラルドの石である。

 原石のような燻った緑色ではなく、ピカピカに磨き上げられたエメラルド色をしている。

 坑道の天井につるされた僅かばかりの明かりに照らされ、しかし赤味を帯びることなくエメラルド色の輝きを妖艶に放っている。

 

「……ここが、エメラルド様のダンジョン」

 

 ダンジョンに飲み込まれる最中、エメラルドのダンジョンに対して自身の感情を思いっきり叫んだことで、バゲットの頭はダンジョンの中において非常にクリアになっていた。

 

 バゲットほどではないにせよ、それはスクウェアステップもまた同様。

 何故、どうして、そんな思いが頭の中に何度もよぎるが、今考えるべきではないことと自信をたしなめ、次にやるべき行動は何かを考える程度の余裕はあった。

 

 そう、次に何をやるべきか。

 

 スクウェアステップはバゲットの元に近寄る。

 それに気づいたバゲットもまた、スクウェアステップに視界を向ける。

 まずは周囲を落ち着けさせよう、と、視線だけで次の行動を共有し、周囲へを視線をやる。

 

 

 

「こ、ここは!? まさか、ダンジョン!?」

 

「さっきまでギルドにいたはずが!」

 

「先ほどのエメラルド様のお姿は……いや、そんな馬鹿な」

 

 周囲で慌てふためくギルドメンバー。

 気心が知れた彼らであれば、普段から指揮を執っている部下である彼らであれば、バゲットとスクウェアステップにとって、落ち着けさせることは容易い。

 仮にもハンター、私情を一度隅に置き、ナンバー2である二人の指示に従う程度の物わかりの良さはある。

 人によって落ち着くまでに時間差こそあるが、許容範囲内だ。

 

 問題は、そっちではない。

 

「な、なんだここ!」

 

「どこよここ!? いつの間に私、こんなところへ!?」

 

「おぎゃああああああ!! おぎゃあああああああああああ!!」

 

「ええい、うるせえぞ!!」

 

 エメラルドのダンジョンの中には、ハンターではないニカワ国の国民もいた。

 ダンジョンとは無縁。

 戦いとは無縁。

 死とは無縁。

 指示よりも私情を優先するだろう、集団。

 

「皆さん、どうか落ち着いてください!」

 

 スクウェアステップの声も、集団が作り出す騒音にかき消され、耳に届かない。

 いっそわざと出しているのではないかという騒ぎ声は、坑道の壁や天井に反響して、さらに大きな騒音となって降り注ぐ。

 

 が、とはいえ命の危機を感じれば、国民は戦いのプロであるハンターの指示を大人しく聞くだろう。

 指示を無視して無鉄砲に飛び出し、いくらかが魔物に殺された後で。

 死を感じ、命を惜しがり、ハンターの無責任により殺されたとわめき、ハンターには国民を守る義務があるとの正義を振りかざし、ハンターに指示を出させるだろう。

 そして指示に従うだろう。

 

 本音を言えば、バゲットもスクウェアステップも、一人の国民も殺されてほしくはない。

 全員を守りたいし、国民が殺されることを前提とした未来予想図を描いている自分に気づき、自身の性格を酷いと自己嫌悪もしてしまう。

 が、理想で人を救えないことも知っている。

 だからこそ、現実的な最善手を考える。

 

 ハンターが理不尽な恨みを背負い、国民を助ける。

 今後のステップの在り方に影響を与える問題のある未来は見えたが、それでも守以外の選択肢はない。

 

 ギルドメンバーの一万倍を優に超える数のいる、この国民たちを。

 

 

 

 が、最大の問題は、これでもない。

 国民の存在は、ダンジョン攻略における問題ではあるが、最大の問題ではない。

 

「道を空けよ。……これはどういうことぞ? 説明せよ、ハンターども」

 

 騒いでいた国民たちが一斉に後ずさり、集団が割れる。

 そして跪く。

 割れた後には一本の道が作られ、この場に似つかわしくない高級な兜と鎧を着こんだ十数人の男たちと、それに囲まれるように一人の男が歩いてきた。

 

 ニカワ国国王、タロウ・ニカワ。

 

 バゲットとスクウェアステップも即座に跪いた。

 ざわざとしていた他のメンバーたちも、周囲が跪いた理由にすぐに気付き、急いで跪いた。

 

「よい、頭をあげよ。朕の質問に、直答することを許可する」

 

 タロウの言葉に、バゲットとスクウェアステップが顔をあげる。

 

「この状況を説明せよ。エメラルドはどこだ」

 

 怒りを含んだ表情で、タロウは詰め寄るように言う。

 身に纏うものは庶民からすれば高貴なものであるが、国王が身に纏っていることを考えると少々安っぽい。

 そのうえ、泥の上に横たわったような泥のつき方をしている。

 おそらくは、自室で横たわりくつろいでいたところをダンジョンに飲み込まれたのだろうと、バゲットは予想した。

 であれば、くつろぎの時間を邪魔されたという怒りを含んだ表情なのも理解ができた。

 

「では、僭越ながら、私よりご説明を申し上げます」

 

 ステップのナンバー2であるバゲットと言えども、国王と会話する機会など片手で足りるほどしかない。

 謁見の場に入ったときもあるが、その時はほとんどすべてをエメラルドが対応していた。

 バゲットは、自身の持つ言葉を総動員して、最大限の敬意を示しす言葉を選び続け、説明を始めた。

 

 

 

 そう、最大の問題とは、国王と王族の存在。

 

 エメラルドのダンジョンが放った白い光は、ギルド一つを飲み込むにしてはあまりにも巨大すぎたと、バゲットもスクウェアステップも気づいていた。

 もしかしたら、ギルドの外までだったかもしれない。

 もしかしたら、都市一つを飲み込んだのかもしれない。

 もしかしたら、ニカワ国を飲み込んだのかもしれない。

 そして、ニカワ国を飲み込んだのだとしたら、国王と王族もいるのだろうと想定はしていた。

 

 悲しくも、バゲットのその予想は当たっていた。

 

 国王と王族は、最優先で守るべき対象である。

 ハンターたちの指示の元、ハンターたちに守護され続けなければならない存在である。

 が、同時に、国民以上にハンターたちの指示を聞く気はない存在でもある。

 

 表向きではハンターたちの指示を聞くと言うだろうし、王族自身もハンターの指示を聞いていると思い込む。

 

 が、時々こぼすだろう提案と不満は、当人にその意思があろうとなかろうと、そのままハンターたちへの指示となりあがってしまう。

 例えば、命の危険を感じた時、国民の一人をおとりに使ってはどうかと誰か一人でもこぼそうものなら、それは実行しなければならない危うささえある。

 それほどに、王族の発言は無視できない。

 バゲットたちの意志と関係なく。

 

 バゲットにとって、それが最大の懸念事項であった

 

 

 

「なるほどな。ギルドに突然ダンジョンが出現し、国全体を飲み込んだ、と」

 

 バゲットの説明を聞き、タロウは腕を組み、考える仕草を見せた。

 意図的に、エメラルドがダンジョンだった可能性がある、という情報はふせた。

 ニカワ国どころか世界中で英雄として扱われるエメラルドである。

 馬鹿正直に伝えてしまえば、混乱は必須だろう。

 

「国全体を飲み込んだというのならば、なぜエメラルドがおらぬ?」

 

「申し訳御座いません。エメラルドは、丁度国を離れておりまして」

 

「そのような報は受けておらぬが?」

 

「なにぶん急だったもので、国王様へご報告するための使者と同時に発たれました」

 

「ふん。朕より重要な用があった、と」

 

「……申し開きの言葉も御座いません」

 

 明らかにイライラとした表情で、タロウはバゲットの言葉を聞く。

 ニカワ国は、他国との干渉を極力避ける排他的な国家である。

 それでも現在まで国を保ってきたのは、優秀な人間に莫大な報奨金と引き換えに、ニカワ国への永住をさせていたからに他ならない。

 エメラルドの率いるステップがニカワ国に拠点を置くのも同様の理由である。

 

 タロウは、エメラルドを永住させることで、ニカワ国を他国から守る目的もあったが、それ以上にいざという時の自身の警護にもあてる思惑があった。

 それが、いざという時が来たと言うのに、エメラルドがいない。

 その事実は、タロウの怒りを刺激した。

 

「まあ、よいわ」

 

 とはいえ、怒ったところで現状が好転しないことをタロウは知っている。

 エメラルドへの処罰を考えることは後回しにし、まずは自身がダンジョンから生還することを考える。

 そうなれば、一番可能性が高いのは、ステップに守ってもらうことである。

 自身直属の兵も存在し、実力は申し分ないが、それでもダンジョンの中で魔物を相手にするという環境制約を考えれば、ハンターの方に一利がある。

 

 第一は、王族の血を絶やさないこと、つまり自身の命を守る事。

 

 タロウは咳ばらいをし、バゲットに目線をやる。

 

「バゲット、と言ったな」

 

「はっ!」

 

「貴様らに、朕の護衛という名誉を与える。命に代えても、朕を守れ」

 

「……この命に代えましても」

 

 バゲットには、是というよりほかはない。

 ひとまずの安心は得たようで、国王はその場を離れる。

 同時に、頭を下げていた王族たちが、頭をあげ、バゲットの元へと近寄る。

 遅れて、伏していた国民たちも、上半身を起こし、状況を確認する。

 

 王族たちは次々とバゲットに、自身も守るようにと命令を投げかけてきた。

 バゲットは機械のように、承知いたしましたと繰り返した。

 

 

 

 状況を飲み込めないまでも、国王とバゲットの会話を聞いていた周りが国民たちは、その会話を不安な表情で見ている。

 王族しか守らないのではないか、自分たちはどうなるのか。

 顔を伏せ、表情は隠れているが、びくびくとした表情をしていることがわかるくらいに体が強張っていた。

 

「大丈夫です」

 

 国民の不安を察し、スクウェアステップが近づく。

 

「あなたたちも、我々ステップがお守りします。みんな無事に、地上へ帰りましょう」

 

 安心感を与えるように微笑んだ。

 ざわざわとした声がする。

 が、徐々にその不安に染まった表情は緩み、安堵の色も見えてくる。

 まるで伝言ゲームのようにそれは伝わっていき、国民へと広がっていった。

 数百万を超える人数全員に届くまでには、果たしてどのくらいかかるかはわからないが。

 

「一先ずは、落ち着いてきましたね」

 

 スクウェアステップは、なお王族貴族からの要求を裁いているバゲットを見ながら、気を引き締める。

 

 

 

「ウッキー!」

 

「ぎゃああああああ」

 

 バゲットとスクウェアステップがいる地点から最も離れた場所では、戦うすべを持たない国民の虐殺が既に始まっていた。

 

 それが二人に届くまで、果たしてどのくらいかかるかはわからないが。

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