97話 エメラルドのダンジョン01
「ふ……ふふふふ……」
トパーズのダンジョンから脱出したプリンセスは、青空の下で笑いをこぼしていた。
人前で声を出して笑うなど、仮にも国王の妹という立場としては、非常にはしたなく、恥ずべき行為である。
が、頭ではそれを理解しつつも、笑いを止められない。
必死に手を塞ぎ、周囲の人間に表情を見られないようにしてはいるが、漏れた音と小刻みに震える体がその表情を雄弁に語っていた。
「トパーズのダンジョンを……倒した……私が……」
プリンセスの兄、ファイブ・ハリーウィンスが国王の座についているのは、多くの支援者によってその椅子に座らされたのは、強いから。
非情とも呼べる行動力と、何事にも物怖じしない胆力で、この国王についていけばハリーウィンス国は安泰であると王族貴族に思わせたからに他ならない。
が、ほころびはある。
一つはバリオンの存在。
バリオンは、ハリーウィンス国のスラム街で育った。
かつて、スラム街の存在がハリーウィンス国に相応しくないと考えたファイブは、屈強な警備兵と共に直々にスラム街を訪れ、火を放った。
その際、バリオンは自分の故郷を守るため、単身でファイブたちに奇襲を仕掛けた。
警備兵たちはバリオンただ一人に次々と倒され、残ったのはファイブとフランダースのみとなった。
バリオンとフランダースを戦わせたとしても確実に勝利できる保証がないこと、そして何よりバリオンの力を自身の物にしたいという願望が芽生えたファイブは、スラム街の存続と支援を条件に、バリオンを自身の配下とした。
そして、後にハンターギルド・ミックスのギルドマスターとなった。
力こそすべてとするファイブにとってすれば、有益な駒が一つ増えた程度の認識だ。
スラム街出身という肩書も、肥溜めに落ちた金貨のようなもの。
自身で触れたくはないが、金貨としての価値はあり、何も知らない人間相手との取引であれば額面通りの価値を生み出す道具である。
が、他の王族貴族にとってはそうではない。
価値があろうが、汚物は汚物。
すぐにでも王都から掃除してしまいたい汚物である。
バリオンの存在は、選民意識の高い貴族へ不満を植え付けた。
もう一つはダンジョンの存在。
アメシストのダンジョンによる厄災の発生。
ジルコンのダンジョンの接近。
どちらも、国内に大きな被害こそもたらしてはいないが、ハリーウィンス国の軍事力という点に国民の関心を向けさせた。
そして結果は、ハンターギルド・ブリリアントを主体とした討伐、というニュースだった。
自国の軍でもハンターギルドでもない存在が、自国を守ったのだ。
そうなれば、一つの疑問が浮かんでくる。
ハリーウィンス国の軍事力は、大したことないのではないか。
自分たちが強い国王として祭り上げていたファイブ・ハリーウィンスは、自分たちが思っていたよりも強い王ではないのではないか、と。
国民の疑念は、貴族に吸い上げられる。
貴族も同様のことを考えていたため、疑念は膨れ上がる。
だが、現時点ではファイブに代わる実績を持つ存在がおらず、それらのほころびに蓋をしていた。
そこに、プリンセスがトパーズのダンジョンを討伐したとの報が入ればどうなるか。
情報操作次第では、ファイブが討伐できなかったダンジョンを、プリンセスが討伐したという噂が作られる。
噂は人々に伝染し、広がり、定着し、事実となる。
プリンセスは、強い王族というレッテルを得て、ファイブの背中に近づくことになるだろう。
「くふ……くふふふ……」
「プリンセス様」
「はっ!? 私しとしたことが……なんで御座いましょうか、フランダース?」
フランダースの言葉に、プリンセスは我に返る。
姿勢を正し、表情を引き締め、手で軽く身なりを整えた後、何事もなかったようにフランダースの方へ顔を向ける。
プリンセスの内心を概ね正確に把握しているフランダースもまた、ファイブへ何と報告し、どういった罰が下されるかを考えていた。
「ブリリアントと、ダンジョンの戦利品の分配を行います。代表として、交渉の場へお願いします」
「そうでしたで御座いますわね。今行きますで御座いますわ」
が、そのことを僅かも顔に出さず、淡々とやるべきことをすすめることができるのは、ひとえに年の功という奴だろう。
ブリリアントからはオールドマインが。
ステップからはプリンセスが。
戦利品の分配はつつがなく完了した。
唯一、トパーズの石だけはダンジョン討伐の証として是が非でも持ち帰りたいプリンセスが頑なに譲らなかったため難航したが、結局ブリリアント側が折れた。
ブリリアントが石を集めるのは、戦力増強のため。
が、現状保有する六個の石も、まだまだ能力の解析ができていないものが大半であり、さらにトパーズの石が増えたところで解析をする余裕があるかは疑問である。
ここでプリンセスの要求をのみ、後々借りとして交渉の材料にするほうが都合が良いとラウンドが判断した。
「では、これですべての作業は終わりましたで御座いますわね」
「そうですな」
分配を終え、それぞれ取り分をまとめ、帰路に就く。
「ではまたどこかで。ブリリアントの皆様」
ミックスの馬車が一斉に出発する。
もっとも、ラウンドたちに見送る趣味はない。
馬車からかけられた言葉にも、馬車の出発にも目をくれず、淡々と撤収の準備を始める。
「ずいぶん遠い場所まで来たな」
帰路を思い、全員がうんざりとした表情を浮かべる。
特に、移動手段としてゴーレムを使う予定のマーキーズは、他よりもうんざりとした表情を浮かべている。
現在地は、大陸の北東。
まっすぐと南東に向かって直進したいところではあるが、少し南に進んだところには、ヴァンベル国、カルティ国、ブッシュ国、ショメ国の連合国家が東西に広がっている。
連合国家に属さないブリリアントは、立ち入ることができず、遠回りになるが迂回せざるを得ない。
さすがのラウンドも、ダンジョンが出現していない状態で、わざわざ国の方を破る気はなかった。
すべての荷物をゴーレムに詰め終え、ゴーレムは動き出す。
場面は移り変わる。
ニカワ国にある、ステップのギルド。
「総員!! 武器を持て!!」
ハンターギルド・ステップのナンバー2であるバゲットは、ギルド全体に届く様に大声で叫んだ。
ハンターとしての本能が反射的に声をあげさせ、剣を手に持ち、エメラルドのダンジョンから距離をとった。
一瞬遅れて、スクウェアステップも続いて距離をとった。
ほとんどのギルドメンバーたちは事情を飲み込めないでいたが、何か緊急事態が起きたのだろうと解釈し、すぐに武器を取り、声のした方向へと向ける。
そして、向けた先にいる相手を――エメラルドのダンジョンの姿を見て、体が凍り付く。
『……………………』
エメラルドのダンジョンは、そんな彼らを、愛おしむような瞳で撫でた。
最初に口を開いたのは、バゲットであった。
「エメラルド様……そのお姿は……」
直後、馬鹿げた質問だとバゲットは自虐する。
目の前のそれが回答する必要もなく、質問への答えなど分かり切っている。
それでもなお、この質問をしてしまった理由は、ただ信じたくなかったからだろう。
0%の可能性にかけてしまうほどに、感情が優先した。
無意味な可能性にかけてしまうほどに。
『バゲット』
エメラルドのダンジョンは質問に答えることなく、バゲットへと声をかける。
『スクウェアステップ』
スクウェアステップに声をかける。
『我がステップのハンターたちよ』
この場にいる全員に声をかける。
『すまないな。我々の描いた夢は……叶えられそうになくなった……』
誰一人、エメラルドのダンジョンの言葉を遮らないのは、その表情があまりにも悲痛であったから。
本心からの言葉であると分かったから。
だからこそ、それがダンジョンであると全員が理解しているのに、気づいているのに、誰一人として動けない。
エメラルドのダンジョンの足元が光り、円状に広がっていく。
光は、この場にいるすべてのハンターを捉える。
だけではない。
光はさらに広がり、円形はいびつな形へと変わっていく。
ニカワ国と同じ形に。
光は広がる。
さらに広がる。
ニカワ国すべてを飲み込むまでに。
そして飲み込む。
ステップのハンターたちを。
ニカワ国の王族貴族を。
国民を。
偶然にニカワ国を訪れていた者を。
ニカワ国の全てが沈んでいった。
「エメラルド様!!」
「どうしてですか!!」
感情が急激に整理されて形を成したバゲットとスクウェアステップの口からは、エメラルドのダンジョンへの言葉が叫ばれた。
恐怖でもない。
恨みでもない。
殺意でもない。
ただただ純粋な疑問。
こんな状況になってなお、エメラルドという人間を疑えないが故に出た、疑いたくないが故に出た、一言。
声にこそ出していないが、それはステップのハンターたちの総意でもある。
エメラルドのダンジョンは目を閉じる。
沈んでいく仲間たちから目を背ける様に。
現実から目を背ける様に。
すべてが沈み切った。
『眠れ、愛しき人間たち。愛の成就の試練』




