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96話 十二大ダンジョン08

 世界の中心の空洞には、一つのテーブルと十二の椅子が置かれている。

 十二の椅子のうち、四の椅子が埋まり、それぞれにダンジョンが座っている。

 

 エメラルドのダンジョン。

 アレキサンドライトのダンジョン。

 サファイアのダンジョン。

 ルビーのダンジョン。

 

『期待など、はなからしていなかった』

 

 アレキサンドライトのダンジョンは、ため息とともに呟いた。

 気だるそうに椅子にもたれ、思い返すように目を閉じる。

 

『そもそもトパーズのダンジョンは、かつて人間に攻略されたダンジョンだ。人間に討伐されても、なんの不思議もないわ。……だが』

 

 目を開く。

 

『ここからは違う』

 

 十二大ダンジョン。

 世界に存在すると言われている、十二のダンジョン。

 歴史では、エメラルドと名乗っている、ダンジョンを攻略するたびに自身の名前をダンジョンの名前へと変える変わり者のハンターが、かつてエメラルドのダンジョンの攻略に成功。

 そして、その次の難易度と言われるアレキサンドライトのダンジョンを見つけられないまま現在に至ると語られている。

 

 が、事実は違う。

 変わり者のハンターは、エメラルドのダンジョンの攻略に失敗し、ダンジョンの中で絶命していた。

 

 つまり、エメラルドのダンジョンからは、人類の歴史上、攻略者がただの一人もいないダンジョンである。

 

『エメラルドからは違う』

 

 ではなぜ、誤った歴史が作られたのか。

 答えは簡単。

 エメラルドのダンジョンが、そのハンター以上に変わり者だったからである。

 

 エメラルドのダンジョンは、ハンターを返り討ちにした後、そのハンターの姿と名前を奪った。

 そして、そのハンターのふりをして、エメラルドのダンジョンを討伐したという成果を語り人間世界に溶け込んだ。

 エメラルドのダンジョンは、ハンターレベルが80のハンターとして認定され、そのまま現役からの引退を表明。

 ハンターギルド・ステップを作りあげ、後進の育成という建前で、世界トップのハンターの座に君臨し続けていた。

 

『余らこそが、真なるダンジョン。ダンジョンの宝。……そうだな、五宝とでも名乗っておくか』

 

 エメラルドのダンジョンは、序列第五位のダンジョンとして君臨し、同時に人間の世界で英雄と呼ばれるハンターとして君臨していた。

 

『多少は強き人間どもであったが、これで終わりよ』

 

 アレキサンドライトのダンジョンは、大きく笑う。

 まるで既に、エメラルドのダンジョンが人間たちを討ち取ったように。

 それ以外の未来は来ないかのように。

 自信を持って笑う。

 

『のう、エメラルド?』

 

 アレキサンドライトのダンジョンは、エメラルドのダンジョンへと言葉を投げかける。

 エメラルドのダンジョンは、その言葉に応えることはなく、沈黙を貫く。

 肯定とも否定ともとらさせない表情で。

 

『『でもさ』』

 

『あ』

 

『あ』

 

 ルビーのダンジョンとサファイアのダンジョンが手をあげて質問をしようとし、言葉が被る。

 

『サファイア、お先にどうぞ』

 

『そんな、ルビーお兄様こそお先にどうぞ』

 

『いやいやそんな』

 

『いえいえそんな』

 

『…………』

 

『…………』

 

『『じゃあ』』

 

『あ』

 

『あ』

 

『ええい、面倒くさい!! 同時に話さんか!! どうせ、うぬらの話したい事なぞ、同じだろう!!』

 

 アレキサンドライトのダンジョンの怒声に、二体はしばし顔を見合わせた後、タイミングを合わせて同時に口を開く。

 

『『エメラルドは強い。人間に負けるとは思えない。でも、エメラルドは人間に肩入れしすぎている。今回の戦いで、わざと負けたりすることはないかい?』』

 

 ルビーのダンジョンとサファイアのダンジョンは、ちらりとエメラルドのダンジョンを見る。

 が、エメラルドのダンジョンは沈黙を貫く。

 繭一つ動かさず、その感情を悟らせない。

 

『『なんとか言えよ』』

 

 その様子に、二体は不快を口にする。

 エメラルドのダンジョンの感情を知ることができず、それゆえ人間にわざと負けるのではないかという疑問を解消できなかったが故の不快。

 

『『おい!』』

 

『ルビー、サファイア、まあ落ち着け。エメラルドは、わざと負けるなどせんよ』

 

 意外にも、それを諫めたのはアレキサンドライトのダンジョンであった。

 本来であれば、むしろ自分たちの言葉に乗っかって怒りをぶつける性格だと思っていた二体は、少々驚いた顔をしてアレキサンドライトのダンジョンの方へ向く。

 

 アレキサンドライトのダンジョンの表情は、悪意に満ちていた。

 

『もう一度言おう。エメラルドは、わざと負けるなどせんよ。わざ負けたところで、どのみち貴様の大切な人間どもが余の手にかかり死ぬことになるからな』

 

 微動だにしなかったエメラルドのダンジョンの眉が、ほんの僅かに動いた。

 

『『あー』』

 

 ルビーのダンジョンとサファイアのダンジョンは、納得したように声をあげる。

 

『確かに、アレキサンドライトは性格悪いもんね』

 

『そうそう、アレキサンドライトは性格悪いもんね』

 

『『一息に殺さず、絶対拷問にかけそうだもん』』

 

『性格が悪いというのは聞き捨てならんな。拷問程度、人間同士とてやっておる、極めて普通の行為だ』

 

 三体がじゃれあう音を聞きながら、エメラルドのダンジョンは考えていた。

 自身が掲げていた人間とダンジョンの共存という目標、自身が人間を滅ぼした世界、自身が人間に討伐された世界、アレキサンドライトのダンジョンが、サファイアのダンジョンが、ルビーのダンジョンが、人間と戦う未来を。

 

 エメラルドのダンジョンにとって、明るい未来などなかった。

 

 選択肢はなかった。

 

 せめて最も、マシな未来を。

 

 

 

 人間たちが、苦痛なく死ねる未来を。

 

『私が人間を滅ぼす。それで、いいではないか』

 

 立ち上がったエメラルドのダンジョンが発した言葉は、この場のダンジョンたちが求めていた言葉であり、エメラルドのダンジョン自身の覚悟の言葉であった。

 

『そう、それでいいのだ』

 

 その言葉に、アレキサンドライトのダンジョンは満足そうな表情を浮かべる。

 

 全力で戦えば、エメラルドのダンジョンに勝てる人間はいない。

 アレキサンドライトのダンジョンには、人間が滅ぶ未来が見えていた。

 

『『また私たちの出番はなしか』』

 

 僅かに退屈そうに、ルビーのダンジョンとサファイアのダンジョンが呟く。

 

 エメラルドのダンジョンはその呟きに応えることなく、ただ一言残した。

 

『行ってくる』

 

 体が地面へと沈んでいく。

 

 

 

『エメラルド』

 

 が、後ろから呼びかけられた声に、沈むのを途中でやめる。

 膝まで沈んだ体制のまま、驚愕の表情で、声の主の元にゆっくりと振り返った。

 

 そこには、何も見えなかった。

 そこには、誰の気配もなかった。

 だが、そこには何かいると、全員が瞬時に理解した。

 

 いや、理解しなければこの瞬間に死んでいた。

 

『エメラルド』

 

 再び、声が放たれる。

 

 気が付けば、アレキサンドライトのダンジョン、サファイアのダンジョン、ルビーのダンジョンは、声の発せられた場所へ向かって跪いていた。

 先ほどまで軽口を、傲慢な言葉を吐いていた者と同一人物とは思えぬほどに、謙虚で絶対的な忠誠を表情で示していた。

 

『エメラルド』

 

『はっ! ダイヤモンド様!』

 

 十二大ダンジョンの序列一位にして、すべてのダンジョンの生みの親。

 ダイヤモンドのダンジョンを前にして、エメラルドのダンジョンも即座に跪きたがったが、地面に半分沈んでいる足ではそれもできず、代わりに上体を限界まで折り曲げ、言葉にて忠誠を示す。

 

『世界は君に、期待している』

 

 一言を残し、ダイヤモンドのダンジョンはいなくなった。

 

 相変わらず、そこには、何も見えなかった。

 相変わらず、そこには、誰の気配もなかった。

 だが、そこには何もいないと、全員が瞬時に理解した。

 

 

 

『『ゲームも終盤、ということかな?』』

 

『だろうな』

 

 誰もダイヤモンドのダンジョンの言葉の真意はわからない。

 ただ一つ分かるのは、ダイヤモンドのダンジョンが動くときは、良くも悪くも世界が動くときである。

 

 一秒後か、一日後か、一年後か、一万年後か、一億年後か、わからないが。

 

『行ってくる』

 

 エメラルドのダンジョンは、地面へと潜った。

 地上へ向かうために。

 愛しき仲間たちのいる、ハンターギルド・ステップへ戻るために。

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