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95話 トパーズのダンジョン12

 ドクン。

 

 ドクン。

 

 ドクン。

 

 ラウンドは、次々と流れ出ていく状況とは裏腹に、自身の中に大量の血液が送り込まれているような錯覚を覚えた。

 まるで、生命力が永遠と注ぎ込まれるような錯覚を。

 

 その錯覚は正しい。

 トパーズのダンジョンの持つ、誠実な事象を作り出す能力は、ラウンドからガーネットのダンジョンの生命力を奪っていた。

 一対一の戦いではなく、一対二という不誠実な戦いになるという、それだけの理由で。

 

 そして今、トパーズのダンジョンがその能力を解除したことで、奪われていたガーネットのダンジョンの生命力が戻ってきたのだ。

 一気に全身へ流し込まれた。

 

 ラウンドの体は、急激な生命力の増加を抑え込もうと、順応しようと、飲み込もうと、全細胞を活性化させる。

 心臓を激しく脈動させる。

 血液の流れを加速させる。

 体温をはるかに上回るほど発熱し、脈拍はあがり、すぐにでも意識が刈り取られそうなほどにぼやけた意識で、視界で、ラウンドはトパーズのダンジョンの方へ向き直り、一歩踏み出した。

 

 ズシン、と、あり得ないほどに大きな足音が響く。

 

 次の瞬間に、ラウンドの拳がトパーズのダンジョンの顔面を撃ち抜いた。

 

 悲鳴を上げる間もなく、トパーズのダンジョンの体が宙を舞い、崩れた観客席の残骸へと突っ込んだ。

 残骸が吹き飛ばされ、辺りに飛び散る。

 

 二歩目。

 

 残骸の中で寝転ぶトパーズのダンジョンに、大剣とマルミアドワーズを振り下ろす。

 トパーズのダンジョンから生えた二本の腕は、斬られて均等に二つに分かれ、盾の役割さえ果たさない。

 あまりにも滑らかに、トパーズのダンジョンの方から腰へ、二本の斬り傷が作られる。

 傷口から血が吹き出す。

 

『ぐう……結界……』

 

 ラウンドの追撃を警戒してか、トパーズのダンジョンは自身を閉じ込める様に結界を張り、閉じこもる。

 ラウンドが結界に大剣とマルミアドワーズを振り下ろすが、ガンガンと音がするだけでびくともしない。

 

「どけやあ!!」

 

 ラウンドの後方から突然現れたバリオンの一撃も、後方から支援を放つオーバルたちの攻撃も、すべての攻撃を防ぐ。

 その隙に、トパーズのダンジョンは回復魔法を放ち、傷ついた体を癒す。

 

「ちっ!」

 

 結界越しに、睨みつけるラウンドと、完治し立ち上がるトパーズのダンジョンの目が合う。

 

『いい攻撃だよ。でも、まだその時じゃないんだ』

 

「何を訳の分からねえことを言ってやがる!」

 

 トパーズのダンジョンは、その場に座った。

 殺意もなく、敵意もなく、穏やかな表情で座った。

 先程までの攻撃的な態度はどこへ行ったのか。

 攻撃の届かない結界の中で座り、ラウンドたちを眺めた。

 

『まあ、のんびり待とうよ』

 

「何が、のんびりだ!」

 

 

 

 

 

 

 第七十九階層。

 ハンターギルド・ミックスが最終階層に続く階段を下りていた。

 

「ずいぶんと遅れをとりましたが、ダンジョンの外へ出されていないことを考えると、未だにトパーズのダンジョンの討伐は完了していないようですな」

 

「そのようで御座いますわね」

 

 フランダースとプリンセスを先頭に、ミックスの面々が歩を進める。

 バリオンによって魔物が駆逐された通路を悠々と歩くだけだったとはいえ、五百人の大所帯が進むとなれば相応の時間もかかる。

 討伐の競合がいる場合、どうしても後れをとる。

 

 が、ミックスとしては。それで問題なかった。

 ミックスの目的は、あくまでもハリーウィンス国の防衛。

 ダンジョン討伐そのものが目的ではない。

 そして今回の目的は、あくまでもハンターギルド・ブリリアントの単独討伐を阻止すること。

 そうであれば、ブリリアントが先行しようが、バリオンが先行しようが、問題ではなかった。

 むしろ、ミックスに被害を与えずに目的を達成できるという点で、ブリリアントが早々に討伐を完了したほうが都合がよかった。

 

「これなら、私たちミックスの手で討伐できそうで御座いますわね」

 

 戦闘狂のバリオンと、自身の手で討伐することで成果としたいプリンセスの二人を除いて。

 

「左様ですな」

 

 フランダースは、当たり障りのない返答でお茶を濁す。

 ファイブ・ハリーウィンス直属の部下であるフランダースにとっては、プリンセスが功績をあげてファイブの障害となるのは避けるべきことである。

 一方で、表向きはプリンセスの直属としてミックスに所属しているため、迂闊にプリンセスの功績をあげさせないような行動は取ることができない。

 

 最善がブリリアントによる討伐、次点がバリオンによる単独討伐、妥協点がフランダースを中心としたミックス全体による討伐、最悪がプリンセス単体による討伐。

 最悪の場合は、プリンセスがファイブから王位を奪い取る可能性が、1%から10%くらいには上がるだろうと、フランダースは試算する。

 

「気を引き締めてまいりましょう」

 

 自身に言い聞かせるように、プリンセスに告げる。

 プリンセスは無言でうなずき、最終階層へ続く扉を開く。

 

 

 

 プリンセスの目に飛び込んできたのは、残骸。

 何かの建物が爆破で壊されたのではないかと疑うほどの残骸。

 

 そして、残骸に囲まれた広い空間。

 

『ようやく来たね』

 

 空間の中央には、結界の中で座っている幼い女の子――トパーズのダンジョンと、ミックスのバリオン、そしてブリリアント六人。

 一瞬、トパーズのダンジョンを追い詰めているところかとも考えたが、それにしてはトパーズのダンジョンの表情に余裕がありすぎた。

 

『おいで、プリンセス』

 

「!? な、なぜ、私の名前を知っているので御座いますか?」

 

『ずっと昔から、知ってるからさ』

 

 トパーズのダンジョンは、結界の中からプリンセスを手招きする。

 ラウンドたちは攻撃を止め、その様子を怪訝そうな顔で見つめた。

 

「プリンセス様……」

 

「わかってるで御座いますわ」

 

 フランダースが横に伸ばした手の意味が、うかつに近づいてはいけないというい身だと即座に悟ったプリンセスは、トパーズのダンジョンの手招きには応じなかった。

 代わりに言葉を差し出した。

 

「質問に答えていただけるで御座いますか?」

 

『言葉通りだよ。ぼくは、ぼくが生まれた時から君を知っていた。そして、君がぼくを終わらせることも』

 

 言葉の意味が分かる人間は、この場にいなかった。

 多くが疑問の表情を浮かべるなかで、トパーズのダンジョンだけがいびつにほほ笑む。

 

『さあ、終わらせようか』

 

 

 

 唐突に、ダンジョンが崩壊を始めた。

 

「なんだ!?」

 

「これはいったい!」

 

 ダンジョンの討伐と共に起こる、ダンジョンの崩壊。

 今までと違うのは、ラウンドの体が光に包まれないこと。

 ダンジョンから強制的に脱出させられる兆候が一切見えないことだ。

 

「おい!! どうなってる!!」

 

『くすくす』

 

 結界をがんがんと叩くバリオンを一笑し、トパーズのダンジョンはプリンセスへと目を向ける。

 

『ほら、早く来ないと、皆生き埋めになっちゃうよ?』

 

「っ!?」

 

「プリンセス様、失礼」

 

 嫌な予感を感じたフランダースが先行する。

 

「フランダース!?」

 

「フランダース様!!」

 

 プリンセスとトリラントがとっさに声をあげる。

 

『お前じゃないんだよ』

 

 トパーズのダンジョンに接近したフランダースは、石の力を発動する。

 

「死の魔法、千六十一番」

 

 発動したのは、固有魔法である結界破りの魔法。

 トパーズのダンジョンを囲う結界に、黒い閃光が飴のように降り注ぐ。

 黒い閃光は、金属を溶かす酸性雨のように、じわじわと結界を溶かし破壊する特殊な閃光。

 

 が、トパーズのダンジョンの張った結界は、閃光を浴びてなお健在だった。

 

「……馬鹿な」

 

『フランダース、それはサンストーンの石の力だね。本来、先天的にしか習得できない固有魔法を、後天的に作り出す力。なるほど、いい固有魔法を作ったね』

 

「……知って」

 

『ダンジョンのもつ石の力くらい、全部知ってるよ。……戦う姿を見たことがない、四つを除いてだけどね』

 

 天井から岩が降ってくる。

 先ほどまで青空の広がっていた天井はすでにその面影もなく、無機質な岩の天井がひび割れ、岩を降らせる。

 

「むっ」

 

 落ちてくる岩を避けながら、フランダースは閃光を束ねて結界に撃ちこむ。

 が、結果は同じ。

 

『無理だよ。この状況を何とか出来るのは、プリンセスだけだよ』

 

 トパーズのダンジョンは、なおも視線をプリンセスに向ける。

 プリンセスは、覚悟を決めた表情で、トパーズのダンジョンへと歩きだす。

 

「プリンセス様!」

 

 フランダースの言葉の静止にも耳を傾けず、プリンセスは結界の前まで来た。

 表情には怯えが見える。

 

『怯える必要はない。むしろ、お前にとっては朗報だ。お前を、ハリーウィンス国の王にしてあげるよ』

 

「!?……なにを」

 

 トパーズのダンジョンは、プリンセスの持つダンジョンの石を指す。

 

『今、お前の持つオブシディアンの石の力を使えば、ぼくは負ける。ぼくを倒した功績をもてば、王になれる。ぼくには見える』

 

 プリンセスは、思わず戸惑う。

 所詮はダンジョンの言葉であり、信じるに値する言葉ではない。

 が、二つの衝撃が平静さを奪う。

 即ち、王になれるという願望。

 そして、オブシディアンの石の力を使うというギャンブル。

 

 オブシディアンの石は、摩訶不思議の力を持つ。

 力を使えば、誰にも、所有者のプリンセスでさえも予測不可能な何かが起きる。

 石を手に入れたばかりの頃、その力を確かめるための検証では、目の前で大爆発が起こったり、集中豪雨が起きたり、木々が枯れたりと、法則性なく何かが起こった。

 とにかく何が起こるかわからない。

 共通しているのは、周囲の状況を変えるということだ。

 

 運に依存こそすれ、自身では勝てない魔物を倒す力を発揮するオブシディアンの石は、プリンセスが御守代わりに所有し、命の危機に瀕したときの最終手段として持ち続けていた。

 

 そして今、ブリリアントとミックスが、死を待つ状況に直面している。

 

「プリンセス様! 言葉に乗せられてはなりません!」

 

 プリンセスの決意は固まった。

 この場の全員の命を懸けて、決断を下す。

 

「オブシディアン、目覚めなさい」

 

 瞬間、トパーズのダンジョンの全身がはじけ飛んだ。

 あまりにも呆気なく。

 

 そして、全員の体が光に包まれ、ダンジョンから消えた。

 

 

 

 消滅の刹那、トパーズのダンジョンは満足していた。

 やるべきことは終えた。

 エメラルドのダンジョンから頼まれた、時間稼ぎは終わった。

 アレキサンドライトのダンジョンへの仕掛けも終わった。

 誠実に、役目は果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 同刻。

 

「ついに、私の番が来てしまったか」

 

 ステップのギルド内の大広間、ギルドメンバーたちの集まる広い部屋で、エメラルドはぽつりとつぶやいた。

 

「エメラルド様?」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 ギルドマスター用のいすに腰掛け、悲しそうな表情でつぶやくエメラルドに、ステップのナンバー2であるバゲットとスクウェアステップが心配そうに声をかける。

 

「もう少しお前たちと、人間をやっていたかったのだがな』

 

 エメラルドの額に光が集まる。

 光は小さく、石のように集束していき、そこに石が現れた。

 ダンジョンであることを示す、エメラルドの石が。

 そして、エメラルドの髪の色が、瞳の色が、美しく輝くエメラルド色のそれへと変わっていった。

 

「エメラルド……様……?」

 

『どうせ滅びゆくなら、せめて最期は私の手で……』

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