94話 トパーズのダンジョン11
トパーズのダンジョンがそれに気づいたのは、すぐのことだった。
破壊される観客席も、自身の一部。
まるで体のどこかに軽くデコピンをされたような鈍い痛みが体の節々に響く。
トパーズのダンジョンは、ちらりと観客に目線をやり、すぐに戻す。
『……不誠実な』
「っらあ!」
『!?……しま』
が、その行動は、トパーズのダンジョンの隙になった。
ラウンドの一撃でトパーズのダンジョンの態勢が崩れ、そこへ追撃の一撃を叩き込む。
『ぐふっ……』
トパーズのダンジョンの右肩から左腰にかけて、ざっくりと大きな切り傷ができ、傷口から血が噴き出る。
すぐに剣を振って、ラウンドに距離をとらせるが、大量の出血によりトパーズのダンジョンの体の動きが鈍くなり、意識が激痛でかき乱される。
しくじった、と思う暇もなく、ラウンドの追撃が来る。
土の魔法で足元を隆起させ、ラウンドから距離をとるも、ラウンドも同様の魔法でそれを追う。
苦し紛れに放つ炎の魔法も雷の魔法も、同様の魔法で相殺され、あっさりと接近を赦してしまう。
「終わりだ」
ラウンドの振りかぶった剣を前に、トパーズのダンジョンは――。
『結界』
結界を張り、それを防いだ。
『回復』
その隙に、回復魔法にて、自身の傷を癒す。
どちらも、ラウンドの使えない魔法。
『……先に決闘を壊したのはお前たちだ』
コロッセオの観客席が音を立てて崩れていく。
否、トパーズのダンジョンが崩した。
「うお!?」
観客席に立っていた面々も、崩落に巻き込まれる。
「浮遊ゴーレム、ホネホネドラゴン!」
瞬時にマーキーズはゴーレムを召喚する。
召喚したゴーレムは鳥の形をしており、翼部分を羽ばたかせないまま宙に浮いていた。
そして、床へと落ちていく観客席だった塊を躱しながら、他の幹部たちを受け止めていく。
「皆、無事でおるか?……そうじゃ、もう一人!」
全員を受け止めた後、バリオンの存在を思い出す。
「ははははは!!」
辺りを見回すより早く、笑い声が聞こえた。
マーキーズはすぐに声の下方向へと振り向き、目を丸くした。
そこにはバリオンがいた。
崩落する瓦礫を足場にして跳ねまわり、コロッセオの中央へと向かうバリオンが。
瓦礫を足場に跳ね回るなど、どの瓦礫を踏むべきかの選択、落下中の不安定な瓦礫を踏んでなお目的の方向へ跳ぶことのできるバランス感覚、なによりそれを迷いなくやる度胸と、およそ人間の所業とは思えない。
最後の一踏み。
バリオンが、豪快な音を立ててコロッセオの中に着地した。
辺りを見回し、コロッセオの中央に立つ二つの影を見つける。
ラウンドと、トパーズのダンジョン。
「俺様も!! 混ぜな!!」
溢れ出る興奮をひっさげて介入する。
「ようやく本気か?」
『今までも本気だったさ。そんな不誠実なことはしない』
トパーズのダンジョンの周囲を、炎の竜が旋回する。
複数の燃える輪っかに囲まれたトパーズのダンジョンは、開いた眼をさらに開く。
白目の範囲が広がり、黄色い眼球だけが大きく突き出す。
さながら、デメキンのような目となる。
『……もう、お前の攻撃は当たらないよ』
その言葉通り、ラウンドが瞬間に放ったマルミアドワーズの一撃を、最小限の動きで躱して見せた。
続き放たれた、土、雷、水の魔法も同様。
トパーズのダンジョン自身の体のみならず、周囲を旋回する炎の竜にさえかすりもせずに交わし切った。
『もう、ぼくの攻撃は躱せないよ』
そう言い放った直後、旋回していた炎の竜がラウンドの方を向き、突進してくる。
とはいえ、ラウンドにとって躱せない速度ではない。
全身を突撃する方向に向けているため、どこへ来るかの軌道も読みやすい。
突然体を分裂させたり、細かい火の粉を放った場合は多少当たるかもしれないが、それでも致命傷にはなりえない。
ラウンドは、炎の竜の軌道を読みきり、その軌道の外へと動く。
瞬間、体勢を崩した。
「なっ!?」
その動きは、トパーズのダンジョンが見つけた動き。
ラウンドにとって最も容易に回避できる動きで、同時にラウンドの骨格上、ラウンドが必ず体勢を崩してしまう動き。
急いで体勢を立て直そうとしたところを、炎の竜が貫いた。
「ぐあっ」
全身が炎に焼かれ、突撃の勢いで後方に吹き飛ばされる。
床をごろごろと転がって体に燃え移った炎を鎮火させる。
ラウンドの貫いた炎の竜は、大きく背中を反り返し、円を描くようにして上へ昇り、そのまま床に転がるラウンドへと急降下する。
同時に、頭の付け根から、さらに二本の首が現れて三つ首となり、二本の首が先行してラウンドを襲う。
ラウンドは二本の首の向かって来る先を確認し、すぐさま回避行動をとる。
そして、遅れてくる三本目の向かって来る先を確認し、気づいた。
「回避できねえ」
現在の体勢では、決して回避できない軌道。
すぐさま思考を切り替え、三本目の首が当たるであろう場所へと土の壁を作る。
『だよね』
三本目の首は、土の壁にぶつかり、脆くも消滅した。
が、土の壁に隠れて死角となっていた四番目の首が、土の壁の上から顔を覗かせ、そのままラウンドへと突っ込んだ。
「ご……が……」
再び吹き飛ばされる。
想定していなかった不意打ちに、痛みに、顔をゆがめる。
「てめえの目には、何が映ってやがる……」
『誠実な世界だよ』
トパーズのダンジョン。
固有魔法は探索魔法。
自身の欲しいもの、望むものを探索することができる。
また、ものとは物理的なものではなく、結果という概念的なものでも良い。
つまり結論は、相手に攻撃が当たるという結果にたどり着くための行動を探索し、不可避の攻撃を実現できる。
『誠実な世界では、すべてが見えてしまう。例えば』
後方から迫ってきたバリオンの一撃を、トパーズのダンジョンは見ることもなく剣で防ぐ。
『こういう風にね』
「はっ!! 完全に不意打ちだったはずだがな!!」
『ぼくには見えるからね』
トパーズのダンジョンが剣を大きく振り、バリオンを下がらせる。
バリオンは着地と同時に足に力を入れて踏み込もうとするが、それと同時にトパーズのダンジョンが炎の弾を放つ。
咄嗟に躱そうとしたバリオンの体は、バランスを崩して転倒する。
「はあああ!!??」
自身の体に起こった事実を認められず叫ぶバリオンに。トパーズのダンジョンは炎の弾を撃ちこみ続ける。
「なんだ!! てめえ!! 何しやがった!!??」
が、永久不変の体を持つバリオンはすぐに起き上がる。
傷一つない体で、再び剣を構えてトパーズのダンジョンへ斬りかかる。
トパーズのダンジョンは、向かって来るバリオンを指差す。
『いち』
そして、その後方を指差す。
『にい、さん、しい、ごお、ろく』
最後に、自身の後方を見ずに指差す。
『なな』
バリオン。
オーバル、オールドマイン、ハート、マーキーズ、ペアシェイプ。
そしてラウンド。
総勢七名による攻撃。
「くらいな!!」
バリオンが剣を振り下ろす。
「この数ならよけれねえだろ!」
オーバルが心眼でトパーズのダンジョンの動きを見ながら剣を振り下ろす。
「大人しくしてください」
オールドマインが音速の突きを放つ。
「サポートは任せて(はぁと)」
ハートがトパーズのダンジョンの周囲に結界を張り、その動きを制限する。
「そら、串刺しじゃ!」
マーキーズが寄りの形をした浮遊型ゴーレムの嘴を向けて、突進する。
「脳、眼球、心臓。どれかはダメージが通ってくれればいいのですが」
ペアシェイプがトパーズのダンジョンの急所だろう場所へ照準を合わせる。
「一本で足りねえなら、二本だ!」
ラウンドが右手に大剣、左手にマルミアドワーズを持ち、同時に振り下ろす。
『……だから、嫌なんだ』
トパーズのダンジョンから、六本の手が生える。
振り下ろされた剣を掴み、突き出された腕と嘴を掴み、放たれた銃弾を掴む。
『一対七でも勝っちゃうなんて、不誠実でしょ?』
そのまま剣ごと、腕ごと、嘴ごと、床へと叩きつけた。
掴んだ弾丸は、ペアシェイプの銃へと投げ返す。
弾丸のような速度で。
「!!」
そして、銃をかばったペアシェイプの肩を貫いた。
「みんな(はぁと)!?」
その後、生えた六本の手と、元から生えていた二本の手を振り回し、周囲に張られた結界を砕いていく。
「私の結界が(はぁと)! この(はぁと)!!」
八本の腕になったのなら、八本の腕も動かせなくしてしまえばいい。
ハートがさらに結界を張り、八本の腕の関節にストッパーをかける様に張り続けていく。
『器用だね』
が、九本目と十本目の腕によって、即座に砕かれる。
『まあ、見えてるんだけどね』
そして、二体の炎の竜を作り、ハートへと放つ。
結界を張って迎えるハートの周囲を、炎の竜はくねくねと複雑な動きで周り続けた後、ハートの足元に張られた結界に突っ込む。
結界は、あっさりと砕けた。
「嘘ぉ(はぁと)!?きゃああ(はぁと)!!」
『たくさん張ると、結界にムラができるね』
結界に開いた穴から、二体目の炎の竜が入り込み、ハートへと追撃する。
「ハート!!」
『お前も』
不意打ちを狙ったラウンドの体に、トパーズのダンジョンの剣が突き刺さる。
「…………がふっ」
『仲間の危機を前にすると、隙が大きくなるね』
剣が引き抜かれる。
どさりと、ラウンドがそのまま床へ倒れ伏した。
周囲に溢れる自身の血を前に、ラウンドの心臓が大きく脈動した。
『そろそろ、終わりかな』




