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92話 トパーズのダンジョン09

『ぼくも、年貢の納め時かな』

 

 トパーズのダンジョンは、最終階層で時を待った。

 デスヘラクレスが倒され、第七十九階層も悠々と突破したラウンドたちが、最終階層に続く扉を開くのを待っていた。

 

 最終階層に広がるのは、青空と荒れた大地にぽつんと一つ佇むコロッセオ。

 火山灰を利用したコンクリートで作られた、円筒形の建造物である。

 楕円形の大地の周りに、五万人は収容できそうなほど巨大な四階建ての観客席があり、コロッセオ内の戦いを観戦しやすい構造となっている。

 楕円形の大地と観客席の間には、無色透明の壁が張られており、闘技者と観客は相互に干渉できないようになっている。

 

 楕円形の大地に入るための入り口は二つ。

 どちらも、鉄格子でふさがれている。

 片方の鉄格子の前には、トパーズのダンジョンが立っている。

 もう一方の鉄格子は、その前にある扉が開くのを静かに待っている。

 ラウンドたちが入ってくるのを。

 

 階段の音が扉の奥から響いてくる。

 扉を通過して小さくなった音が、コロッセオの真ん中で消滅する。

 

 扉が開く。

 

 

 

「なんだ、ここは」

 

 ラウンドの目の前には、鉄格子と、その先にある広大な楕円形の大地が広がっている。

 左右には、観客席へと続く階段が一つずつ備え付けられている。

 まっすぐ鉄格子の先に行くか、左右の階段を上るかを考え、改めて鉄格子の奥を見たところ、さらに奥にあるもう一つの鉄格子と、その奥にいるトパーズのダンジョンを発見する。

 

「そこか」

 

 進むべき方向は決まり、マルミアドワーズで鉄格子を斬りつける。

 が、鉄格子は傷がつくことも燃焼が始まることもなく、マルミアドワーズをただ弾いた。

 

「……斬れねえ?」

 

 ラウンドだけではなく、その場にいる全員の疑問だった。

 なぜならまるみは万物を斬る神の剣であり、デスヘラクレスという神さえも容易に斬ることのできた剣なのだから。

 たかが、鉄格子ごときを斬れない理由が思いつかないのだ。

 

『無理だよ』

 

 その疑問に答える様に、トパーズのダンジョンの声がフロア全体に響く。

 

『その鉄格子は斬れない。その鉄格子はこの世界の一部で、世界はルールに守られているからね』

 

「ルール?」

 

『そう、ルール』

 

 トパーズのダンジョン側の鉄格子が上にスライドし、開く。

 トパーズのダンジョンは空いた門を潜り抜け、コロッセオの中央まで歩く。

 

『ぼくのダンジョンの最終階層のルールは、ぼくとの決闘。決闘に応じる一人だけがその門をくぐって、中に入ることができる。それ以外の方法では、決して中に入ることはできない』

 

 過去のダンジョンにも、ダンジョン内でのみ適用される制約はいくつもあった。

 これもその類なのだろうと、ラウンドたちはすんなりと理解した。

 

「わかった。なら、俺が行く」

 

 ラウンドが一歩踏み出す。

 それに異を唱える者は誰もいなかった。

 

「ラウンド、気を付けて(はぁと)」

 

 ただ、送り出す声を出すことしかできなかった。

 心中では、どうにか一緒に戦う方法はないか考えたり、ラウンドに任せることしができない自身に不甲斐なさや怒りを感じたり、様々。

 が、答えの出ない思考を前に、その思考は言葉にならない。言葉にできない。

 

 鉄格子が上にスライドする。

 ラウンドは、それを潜り抜ける。

 同時に、鉄格子が再び下へスライドする。

 

「あぁ?」

 

 潜り抜けた瞬間に、ラウンドは全身からガーネットのダンジョンの生命力が抜けていくのを感じた。

 体力が一気になくなった錯覚を受け、僅かに目が眩み、足元がふらつく。

 

『それは没収だよ。誠実な戦いにはふさわしくないからね』

 

 向かってくるラウンドを見ていたトパーズのダンジョンが、その後方へ、鉄格子の先にいるオーバルたちに目線を向ける。

 

『残った君たちは、階段から観客席にどうぞ?』

 

 トパーズのダンジョンの言葉に、ハートたちは無言で階段を上り、席へと着いた。

 最も全体が見渡せる。コロッセオ中央近くの最前列へと。

 

 コロッセオの中央では、ラウンドとトパーズのダンジョンが対峙していた。

 どちらも、未だに武器を持ってはいない。

 

『その剣』

 

 トパーズのダンジョンが、マルミアドワーズを指差す。

 

『君はその剣を、マルミアドワーズを使ってね。このダンジョンでは、マルミアドワーズ以外にぼくを傷つけられる武器は存在しないからね』

 

「……だから、デスヘラクレスにマルミアドワーズを持たせていたのか?」

 

『そうだよ』

 

「……それが誠実だと?」

 

『そうだよ。互いに滅ぶ可能性があってこそ、誠実な戦いさ』

 

「…………」

 

 トパーズのダンジョンは誠実を信じている。

 すべての行動において、誠実であることを意識している。

 だからこそ、決闘において自身のダンジョンとしての硬さをどぶに捨てる環境を用意した。

 それが、トパーズのダンジョンにとっての誠実さだから。

 

 トパーズのダンジョンは、指で目の前の空間をチョンと突く。

 すると、着いた先の空間にひびが入り、割れていく。

 そして、割れた先の空間に手を突っ込み、一本の剣を取り出す。

 

『ぼくが使うのはこれだよ。神剣ではないけど、上物の剣だ。ちょうど、マルミアドワーズがぼくに与えられるダメージと同じくらいのダメージを君に与えることができる威力の剣だよ。それと、君の持つ石も使用禁止ね。これで平等、これで誠実な戦いができるよ』

 

 塞がっていく空間を見ながら、満足そうな表情で言う。

 逆にラウンドは、不満そうな顔でその様子を見ていた。

 

「誠実な戦い?」

 

『そうさ。あ、ぼくの体力や速度も、君と同じくらいにまで下げるから安心してほしい。純粋な努力と経験の差ですべてが決まる、平等で対等な、誠実な戦いさ』

 

「…………」

 

 戦いを舐めている。

 それが、ラウンドの下した評価であった。

 自身の有利を捨て、自身の能力を落とし、自身の勝率を下げる行動に対して下した評価であった。

 

 そもそも生物は不平等である。

 生まれ持った能力、置かれている環境、体調、すべてがばらばらで、すべてが不平等である。

 そして勝利とは、そんな不平等をかき集めて得るものであり、自身に有利な能力も環境もすべて利用して得るものである。

 そう考えるラウンドには、トパーズのダンジョンの言動は理解できないどころか、侮辱であるとさえ感じた。

 ラウンドにとっては、命を懸けた真剣勝負の場において、強者が弱者に対して手を抜くという不誠実極まる行為でしかなかった。

 

「わざと手を抜く俺を舐めた行為の、どこが誠実だ」

 

 高ぶった感情は、震える声で発せられた。

 

『ん? 舐めてるわけじゃないよ。対等な条件で戦いたいと言ってるんだ』

 

「それを舐めてると言っている」

 

『意味が分からないよ』

 

 が、このラウンドにとって不誠実な行動は、トパーズのダンジョンにとって誠実な行動である。

 だから意味が理解できない。わからない。

 

『まあ、いいか。どのみち、これで終わりだしね』

 

 わからないが、興味もない。

 わざわざ、誠実とは何かを教えてやる義理もない。

 

 トパーズのダンジョンは知っているから。

 誠実とは、ただ一つの行動を、トパーズのダンジョンが認識する唯一の行動しか存在しないことを。

 そして、人間は一つの言葉に、複数の意味を持たせようとする、言葉に対して不誠実な行動をする生き物であることを。

 だから、教えない。

 根本から間違えていることを教えるには、自身の残りの寿命では到底に足りないから。

 

『長話が過ぎたね。やろうか』

 

 トパーズのダンジョンの言葉に、ラウンドが無言で剣を構える。

 ラウンドも、トパーズのダンジョンの言葉に、なぜ不誠実だと感じたかを細かく説明する義理もない。

 斬れば、倒せば、どのみち終わるのだから。

 

 コロッセオの空から、ひらひらと白いハンカチーフが落ちてくる。

 ひらひらと、ひらひらと。

 風に揺られて、ゆっくりと落ちてくる。

 それが床に触れた瞬間が検討の開始であるとラウンドは理解した。

 このダンジョンそのものであるトパーズのダンジョンは、言わずもがな。

 

 ラウンドを見守る。

 ハートが見守る。

 オーバルが見守る。

 オールドマインが見守る。

 マーキーズが見守る。

 ペアシェイプが見守る。

 

 トパーズのダンジョンを見守るものはいない。

 

 

 

 ハンカチーフが、床に触れる。

 

『いくよ!』

 

「…………」

 

 ラウンドが、トパーズのダンジョンが、床を蹴って相手に向かう。

 コロッセオの中央で、日本の剣がぶつかり、大きな金属音が鳴る。

 

『あはは』

 

 同時に、トパーズのダンジョンの剣がラウンドの剣の上を滑りる。

 滑らかな動きで、トパーズのダンジョンは、ラウンドの懐の位置をとった。

 ラウンドの腹部へと、剣が流れる。

 

 ラウンドはとっさに床を蹴り、トパーズのダンジョンの上を飛び越える。

 空中で前転し、着地と同時に振り返る。

 

『速いね』

 

「ちっ」

 

 振り返ると同時に、トパーズのダンジョンの剣を受け止める。

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