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91話 トパーズのダンジョン08

 デスヘラクレスは、折られた剣を捨て、後方に跳んでラウンドから距離をとる。

 

 神の世界に存在する、金と銀に似た、だが金と銀よりも硬度が高く殺傷能力の高い素材で作られた剣が折られた事実を前に、反射的に跳びのいた。

 その後、人間相手に跳びのいた自分に驚き、誤作動を起こした機械を眺める様に、自分の全身を見回した。

 どこにも異常はない。

 手にも、脚にも、腹にも。

 どこにも痛みはない。

 

 ならばこれは恐怖だろうと、すぐに結論を出した。

 神となった自分が人間相手に恐怖を抱くという事実は理解できないものの、もともと人間であったデスヘラクレスには自身の感情に名前を付けることができた。

 

「……人の身に恐怖を感じるとは思わなかったぞ」

 

「そうか」

 

 デスヘラクレスは、右手を横へ伸ばす。

 同時に、空間がまるでガラスのように割れ、割れた空間の奥に右ひじから手の先までがすっぽりと隠れた。

 割れた空間の先がどうなっているかはラウンドたちには見えないが、袋の中を探るように手を動かしていた。

 

 その隙を、むざむざ見逃すラウンドではない。

 床を蹴り、自身のできる最大最速でデスヘラクレスへ接近する。

 

 が、遅い。

 

 ラウンドの振った剣は、デスヘラクレスが自身を守るように前に出した剣の直前でぴたりと止まった。

 

 その剣は、炎より真紅な色味を帯びていた。

 その剣は、炎より熱い熱気を放っていた。

 火の神によって鍛えられ、形を持たない炎さえ斬ることができる神剣。

 

 ラウンドはその剣の存在を知っていた。

 神話を読んだことで知っていた。

 だから剣を止めた。

 

「マルミアドワーズ……!!」

 

「そうだ。万物を斬る、神の剣だ」

 

 止めた剣を追うように、デスヘラクレスがマルミアドワーズを振る。

 触れただけで、万物を燃焼させ、分解させる神剣を前に、ラウンドは咄嗟に自身の剣を引き、あわせて自身も後方へと跳ぶ。

 

 ラウンドが着地すると同時に、デスヘラクレスが床を蹴り、すぐさまラウンドへと接近する。

 ラウンドの首を狙って振られた剣を、とっさに岩魔法を自身に放ち、その衝撃で自身をさらに後方へと吹き飛ばすことで回避する。

 ごろごろと後転し、立ち上がる。

 

「ラウンド(はぁと)!」

 

「そこにいろ!!」

 

 ハートからの心配の声も、一言で制す。

 ヘラクレスは、正々堂々を好むことは、今までの戦いで確認できていた。

 今現在、ラウンドとデスヘラクレスが一対一の形で対峙しているからこそ、決闘という形が成立し、デスヘラクレスがラウンド以外を襲わないことを理解していた。

 逆を言えば、誰かがこの戦いに干渉した場合、干渉した者をデスヘラクレスが襲うことも想像に容易であった。

 現状、ラウンド以外がデスヘラクレスとまともに戦えない以上、誰かが手を出すことは、ラウンドにとって、ブリリアントにとって、不幸な結果を生むことになる。

 ラウンドはそう考え、一人で戦うことを選んだ。

 

 が、このまま戦い続けても、勝利がつかめないのは事実。

 ラウンドは、体の一部でもマルミアドワーズに触れると敗北する。

 デスヘラクレスは、一撃でもあてれば勝利する。

 絶対的に不利な条件の中、勝ち筋を考える。

 

「はあっ!」

 

 が、デスヘラクレスの剣速は、ラウンドの思考を奪うほどに速い。

 反応で、反射で、ただ避けるという一点に脳の隅までを使わなければ回避できないほどに速い。

 

「ちっ」

 

 デスヘラクレスの一振りは、熱風を起こし、床を抉る。

 熱気がフロアを満たしていく。

 

 デスヘラクレスの繰り出す剣術は、オーソドックスな剣術。

 人間が剣を習得する最初に学ぶ、基礎の基礎。

 が、そんな基礎の基礎であっても、神の身で行えば必殺にまで昇華される。

 ただの一振りが、剣を横へ振るだけの所作が、防ぐことのできない一撃必殺にまで昇華される。

 

「……熱が」

 

 さらには、マルミアドワーズの放つ熱気が、ラウンドの体力を奪っていく。

 フロア内の温度がどんどん上がり、サウナのように蒸していく環境に、ラウンドの体から汗が吹き出し、息が乱れてくる。

 

 熱によって奪われた思考で、苦し紛れに放ってしまったラウンドの剣は、当然のようにデスヘラクレスの皮膚に受け止められる。

 その衣に、皴をつけることすら敵わない。

 むしろ、デスヘラクレスの前に、自身の伸ばした腕を出してしまうという愚行。

 

 デスヘラクレスはその腕に、マルミアドワーズを振り降ろす。

 

 ラウンドは、自身の失態を激しく後悔をしつつ、腕を引く。

 

 マルミアドワーズが、ラウンドの大剣を斬った。

 刃の半分が、床へ落ちる。

 

「回帰!」

 

 それをすぐさま、回帰させる。

 床に落ちていた刃のかけらは消滅し、ラウンドの手元に完全体の大剣が握られる。

 

「人がもつには、不相応の能力だな。それは、神の御業だ」

 

 デスヘラクレスは攻撃の手を緩めない。

 すぐさまラウンドへと接近する。

 

「回帰!」

 

 ラウンドは、デスヘラクレスを回帰させ、無理やりに距離を取らせる。

 が、デスヘラクレスは回帰された地点を踏むや否や、床を蹴り、再びラウンドへと接近する。

 

 回帰してから、ラウンドの元に再びたどり着くまで、一秒未満。

 わずかの時間的な猶予も与えられない。

 マルミアドワーズの一振りを、ラウンドはその場に転がり、デスヘラクレスの股下を転がりぬけることで回避した。

 

 が、回避後の態勢は、すぐさま振り向いたデスヘラクレスに対して背中を見せつける無様な者だった。

 あげく、背を向けたまま走り出そうとしている始末。

 

「終わりだ」

 

 初めて恐怖を感じた人間ゆえに、その人間のこんな無様な姿を見ることになるとはと、デスヘラクレスは心底に失望した。

 せめて最期まで戦士らしくあって欲しかったと願望を抱きながらも、剣に感情を乗せることはない。

 粛々と淡々とマルミアドワーズを掲げ、振り下ろす。

 

 

 

「回帰」

 

 その直後に、振り下ろし始めてマルミアドワーズに初速がついた直後に、デスヘラクレスの体が回帰する。

 ラウンドに接近したときの態勢にまで回帰する。

 

 ちょうど、振り下ろした剣の進むであろう直線上に。

 

「!?」

 

 デスヘラクレスは、人間の反応を、移動速度を、大きく超える。

 デスヘラクレスは、人間の体の強度を大きく超える。

 人間の攻撃が聞かない程度には。

 神の武器が効く程度には。

 

 床に向かって投げつけられた形となった神剣マルミアドワーズは、デスヘラクレスの体を、頭と胴を上から真っ二つにし、床へと刺さった。

 そしてデスヘラクレスの体は、その傷口から燃焼を始める。

 分解を始める。

 

 一瞬で消滅しないのは、さすがは神の体というべきか。

 

「……見事だ」

 

 デスヘラクレスはラウンドへと振り向き、称賛の言葉を口にする。

 

「……この……利に……を……し……」

 

 そして、次の言葉を口にする前に、体すべてが燃え尽きる。

 

 神剣マルミアドワーズを残して。

 

「「「マスター」」」

 

「ラウンド殿」

 

「ラウンド(はぁと)!」

 

 デスヘラクレスの消滅を確認した幹部たちが駆け寄ってくる。

 ハートが飛びついてきたので、ラウンドは体をそらしてそれをよける。

 マーキーズが飛びついてきたので、受け入れ、頭を撫でてやる。

 

「なんで避けるの(はぁと)!?」

 

「すごいのじゃ! 神を倒してしもうた!」

 

 オーバルも、オールドマインも、ペアシェイプも、それぞれ賛美の言葉を送る。

 ラウンドは、てきとうにその言葉に応えた後、床に刺さるマルミアドワーズの元へ行き、それを引き抜く。

 柄の部分は触れても問題ないことは、デスヘラクレスによって確認がとれている。

 もしかすると炎のように熱がこもって、人間には触れない熱さかとも警戒していたが、幸いにも問題なく触れることができた。

 

「おお、これはすげえな。よくわらんが、すげえな」

 

 剣士であるオーバルは、神剣の存在に目を輝かせながら感想を述べる。

 剣については知見を持つオーバルにとっても、マルミアドワーズの素材や技術は未知の物であり、内容のない感想を述べるにとどまってしまった。

 だからこそ、他の幹部たちは、マルミアドワーズがオーバルにとっても理解できないほどに上等な逸品であると理解した。

 

「持っていくの(はぁと)?」

 

「ああ」

 

 デスヘラクレスが倒れていた場所に残された鞘に、マルミアドワーズを納める。

 触れた万物を斬り、消滅させることのできるマルミアドワーズの刃を納め、その形を残す鞘自体も、神の逸品であると言えるだろう。

 人間には理解できない技術。

 

「オールドマイン。ダメもとだが、地上に戻ったらこれをオパールの力で創ってみてくれ」

 

「確率は0に近いですが、もしも増やすことができれば強力な戦力増加になりますな」

 

「ああ」

 

 ラウンドは、鞘に納めたマルミアドワーズを持ち、下層へ続く階段へと続く。

 

 ダンジョンはまだまだ終わらない。

 次に現れるのは、アイアンヘラクレスの群れである。

 マルミアドワーズによって討伐は可能だろうが、それでも激しい戦いになることを覚悟する。

 

「行くぞ」

 

 

 

 第七十階層、突破。

 

 第七十一階層、突入。

 

 

 

 第七十一階層に到着したラウンドたちが見たのは、想像だにしない光景であった。

 すべてのアイアンヘラクレスが跪き、道を開けていた。

 その表情に戦意はなく、むしろ敬意に満ちていた。

 

「なんだこれは?」

 

「自分たちのボスを倒したから、もはや戦う意思はない、とでも示しているのでしょうかな?」

 

「だとすれば、とんだ誠実だ」

 

 突然の奇襲に警戒しつつ、ラウンドたちは通路を進んでいく。

 分かれ道にはアイアンヘラクレスが立ち、正しい道を指し示していた。

 

 苦も無く、戦いもなく、ダンジョンを進んでいく。

 

 

 

 第七十一階層、突破。

 第七十二階層、突破。

  ・

  ・

  ・

 第七十九階層、突破。

 

 

 

 最終階層、突入。

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