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90話 トパーズのダンジョン07

 第六十一階層、突入。

 

 階段を下りてきたラウンドたちの足音に敏感に反応したヘラクレスたちが、一斉に階段の方を向く。

 

「オールドマイン、全員の顔に粘液を叩き込めるか?」

 

「……無理でしょうな」

 

 今までのヘラクレスとの戦闘は、常に一体を相手にしていた。

 一体を相手であっても、打撃、剣、魔法、一切が通じなかった。

 以降は、そんな強大な敵が、複数存在する。

 

「こちらに向けて武器を構えているのが八体。ここからは視認できないほど奥に、六体の存在を確認しました、マスター」

 

「倒すのは諦める。粘液で動きを止めて、その横を抜ける」

 

 ラウンドの指示に、オールドマインがオパールの石の力を使う。

 手に、どろどろとした液体が纏わりつく。

 

「ハート! マーキーズ!ヘラクレスの動きを止めろ!」

 

「はぁい(はぁと)」

 

「承知しました、マスター」

 

「了解じゃ!」

 

「オーバルは心眼、ペアシェイプは狙撃で援護に回れ」

 

「了解!」

 

 

 

 ハートがヘラクレスに向かって駆け出す。

 ハートが結界を張るは、ヘラクレスの突撃速度を上回ることは、第五十階層で証明されている。

 

 向かってくるハートに対し、二体のヘラクレスを迎え撃つ。

 一瞬で、ハートの目の前に現れ、剣を振り下ろす。

 

「来たね~(はぁと)」

 

 二本の剣を結界で受け止め、即座に後ろへ下がろうとするヘラクレスの後方に結界を張る。

 

「まだまだだよぉ!(はぁと)」

 

 否、後方だけではない。

 右に、左に、上に、下に。

 わきの間に、脚の間に、頭を挟むように、関節部分に。

 十を超える小さな結界を張り、その動きを封じていく。

 その可動域を制限していく。

 

 

 

 マーキーズがゴーレムを召喚する。

 ゴーレムの形を例えるなら、巨大な蟹である。

 胴体部分は巨大な壁がであり、脚部分は鞭のようにしなやかに動く岩の鞭である。

 胴体で相手の行く先を塞ぎ、左右から伸びる八本の足で獲物を捕獲する、捕獲用ゴーレム。

 その名を。

 

「ゆくぞ! 大王オクトパス!」

 

 捕獲用ゴーレム、大王オクトパスが二本の足を器用に使って立ち上がり、ズシンズシンと進撃を始める。

 

 二体のヘラクレスが向かってくる。

 ゴーレムに……ではない。

 その上にいる、マーキーズへと。

 ゴーレム召喚士相手であれば、召喚士を狙うのは定石と言える。

 

「ま、そうじゃろうな」

 

 ヘラクレスの腕がマーキーズに触れる直前、マーキーズの姿が視界から消えた。

 否、マーキーズが下へと落ちた。

 マーキーズの立っていた場所に――ゴーレムに、突然穴が空いて落下した。

 代わりに、マーキーズの落ちた穴からにょろにょろと植物の蔦のような岩の鞭が現れ、イソギンチャクのようにヘラクレスを絡めとる。

 

 

 

 ペアシェイプがオーバルの後ろへと回る。

 自分ではヘラクレスに有効な攻撃を出すことができないと察し、逃走する。

 唯一可能性があるとすれば、近距離で魔法を暴発させることではあるが、有効かわからない状態で自身もダメージを受けるような確認をする気はなかった。

 

 必然的に、向かってくる二体のヘラクレスの相手はオーバルとなる。

 

「援護って話だったけど、そんなにうまくはいかねえよな」

 

 オーバルは心眼でヘラクレスたちの動きを見つつ、剣を構える。

 そして目を閉じる。

 

 そもそもオーバルは、心眼でヘラクレスの動きを捉えることはできても、その動きに反応することはできないと、理解している。

 ならばと、反応をやめる。

 

 一瞬でオーバルの直前まで距離を詰めたヘラクレスの一撃は、オーバルの反射によって受け止められた。

 

 目と心眼を使えば、目で見た景色を理解し、反応してしまう。

 ならば、目を閉じればいい。

 純粋な心眼で見ればいい。

 心眼で見た光景が、体を動かす。

 生物としての生存本能が、反射で体を動かす。

 

 ヘラクレスにとって理解できないことに、もちろんオーバルにとっても理解できないことに、目を閉じたオーバルの剣が、ヘラクレスたちの攻撃を防ぎ、かつ足止めに成功した。

 

「……変態ですね」

 

 ペアシェイプは自分にだけ聞こえる小さな声で呟いた。

 

 

 

 ラウンドは、悠々と戦況を見回した。

 それぞれが自分なりの方法でヘラクレスたちの足止めに成功していることを確認し、微笑んだ。

 その後、伸ばしている自身の手の先に目線を向ける。

 ヘラクレスの首を掴み、持ち上げている自身の両手に。

 

 ヘラクレスたちは苦しそうな表情でラウンドの腕をつかみ、なんとかラウンドの手を放させようともがいている。

 が、ラウンドはびくともしない。

 

「ガーネットのダンジョンを喰って手に入れた生命力が、ようやく体に馴染んできたな。力が漲る」

 

 もがき苦しむヘラクレスたちの体は徐々に動かなくなり、だらりと手足を伸ばして静止した。

 それらをオーバルが足止めしているヘラクレスへと投げつける。

 

 鈍い音とともに、二体のヘラクレスは二体のヘラクレスの下敷きになった。

 

 

 

「これくらいの量があれば、大丈夫ですかな」

 

 オールドマインが走り、全員の頭上より高く跳んだ。

 そのまま宙から、ヘラクレスたちの居場所と状況を確認し、手に纏う粘液を投げつける。

 

 動きを止められたヘラクレスたちに、それを躱すすべはなく、あっけなく床へ接着される。

 バタバタともがくヘラクレスたちを横目に、六人は集合する。

 

「なんつうか、地味だな」

 

「地味ですな」

 

「地味じゃの」

 

「地味ですね」

 

「地味~(はぁと)」

 

「通路を抜けられれば何でもいい。この後も、やつらの目を盗んで通過する。見つかった場合は、今回と同じことをする」

 

 

 

 第六十一階層、突破。

 第六十二階層、突破。

  ・

  ・

  ・

 第六十九階層、突破。

 

 

 

 第七十階層につながる扉の手前。

 その先にいる魔物は、トパーズのダンジョン自身を除けば、このダンジョンで最強の魔物である。

 ヘラクレスの亜種。

 アイアンヘラクレスを超える何か。

 

「俺がやる。お前たちは、動きを止めることだけに集中しろ」

 

 現在、ヘラクレスを倒せる力を持つのはラウンドのみであるという宣言に、全員が頷いた。

 扉に手をかけ、ゆっくりと開く。

 

 

 

 第七十階層、突入。

 

 

 

 その姿を目にした瞬間、ラウンドたちは悟った。

 犬を見れば犬とわかる。

 猫を見れば猫とわかる。

 人間を見れば人間とわかる。

 生物としての本能が持つ、認識能力ゆえに。

 

 だから悟った。

 目の前の存在が、神であると。

 

 理由も理屈もない。

 目の前のそれが神であると、本能が教えてくれた。

 

 

 

 フロアボス――デスヘラクレス。

 半神半人であったヘラクレスがの死後、神の座に座った姿。

 

 では、神とは何か。

 人間に神とは何かの正しい答えは出せないが、一つだけ言えることがある。

 人間の上位存在である、と。

 

「よくぞ、ここまでたどり着いた」

 

 デスヘラクレスは、口を開いた。

 その言葉には余裕と気品が溢れており、その目には目下の物に対する称賛と慈愛が溢れていた。

 

「我が分身は我ほどの力はないにしても、人の身で敵うほどの弱さではなかったはずだ」

 

 泥の床に、岩肌の壁と天井。

 そんな空間に似つかわしくない、ぽつんと置かれた宝石の散りばめられた玉座から、デスヘラクレスはゆっくりと立ち上がる。

 身に纏う衣はこの世に存在しえないほどに真っ白で、神の衣と言って疑うものはいない程だ。

 

「それを退け、ここまで来たお前たちは、充分に人を超越した存在と呼べるだろう」

 

 腰に下げた剣をゆっくりと引き抜く。

 その柄は、純粋な黄金のごとき輝きを発していた。

 その鍔のすぐ下にはトパーズの石が埋め込まれていた。

 その刃は、純粋な銀のごとき輝きを発していた。

 

「が、神ほどではない。神とは、人の身からすると、理不尽に強いのだ」

 

 剣のをゆっくりと動かし、その切っ先をラウンドの顔へと向ける。

 

「今、思い知らせてやろう。お前たちの生は、ここで終わりだ」

 

 デスヘラクレスが消える。

 次の瞬間には、手に持った剣でラウンドの心臓を貫いていた。

 

 誰一人として、その動きを追うことはできなかった。

 心眼を持つ、オーバルでさえ。

 

「「「マスター!?」」」

 

「ラウンド殿!?」

 

「ラウンド!?」

 

 

 

 

 

「勘違いするなよ」

 

 自身の心臓を貫く剣の刃を、ラウンドはぐっと握った。

 

「俺はもう、人じゃねえよ」

 

 そのまま剣を無理やり引っこ抜き、握力だけで刃をへし折った。

 

「…………馬鹿な」

 

 ラウンドの心臓に開いた穴がふさがっていく。

 穴が空く前の状態に回帰していく。

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