89話 トパーズのダンジョン06
「っ!!ここもかよ!!」
第四十九階層。
泥にまみれた通路を、女は走る。
周囲に横たわるサンダーミノタウロスを踏みつけながら。
数を減らされたサンダーミノタウロスの群れを見ては、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、血の涙でも流れそうな勢いで悔しがる。
その悔しさを、怒りを、周囲のサンダーミノタウロスをちぎり投げることで発散させる。
「俺様が!! 殺したかった!!」
ハンターギルド・ミックスのギルドマスター、バリオンが第五十階層に突入する。
新たな人間の気配に、ヘラクレスが振り向く。
「ああ?」
目を丸くして立つバリオンを見つけ、ヘラクレスの姿が消える。
速く。
ただ速く、バリオンの眼前に移動し、首を吹き飛ばす勢いで、その拳をバリオンの顔面へと叩きこむ。
ゴオォォン。
重機と重機が衝突したような、重く鈍い音が響く。
その音の中で、バリオンは笑っていた。
ヘラクレスの拳に微動だにせず、拳の持ち主を見て笑ってた。
そして、逃げられないようにヘラクレスの腕をつかむ。
「フロアボス!! いんじゃねえかああああああ!!」
ヘラクレスが、自由な方の腕でバリオンの顔面を何度も殴打するが、バリオンはびくともしない。
むしろ、顔に浮かべていた笑顔は、さらに喜び、歪んだ。
「いいねえええええええええ!!」
腕を掴んでいた手にさらに力を込めて、そのまま上に持ち上げ、上から前、前から下へと、弧を描くように投げる。
ヘラクレスの体は腕に引っ張られて宙に浮かび、そのまま弧を描いて床に叩きつけられる。
泥のクッションによって、衝撃は吸収されるも、投げられたことが信じられないような表情でヘラクレスは動かない。
放心する。
自身を見下ろすバリオンを見て、ヘラクレスの心が戻る。
感情が戻る。
怒りがこみ上げる。
腕を掴まれたまま立ち上がり、再びバリオンへと殴打を加える。
顔面へ、腹へ、腕へ、脚へ。
蛸殴りという表現が適切なほどに、何度も何度も。
もっとも、クロムスフェーンの石を持ち、永久不変となったバリオンには、一撃たりとも効果がない。
バリオンもまた。片手でヘラクレスを殴り返す。
「はははははははは!!!!」
バリオンの笑い声の中、殴り合いが続く。
「飽きた!!」
そして、バリオンが飽きた。
「お前、他になんかできねえのかよ!!」
ヘラクレスが何度も何度もバリオンを殴りつける。
「剣使うとか!!」
ヘラクレスが何度も何度もバリオンを殴りつける。
「魔法使うとか!!」
ヘラクレスが何度も何度もバリオンを殴りつける。
「同じ攻撃ばっかで飽きんだよ!! 飽きたから終わらせるぞ!!」
バリオンの体が黄色にそまり、放電する。
自身に雷の魔法を撃ちこんだのだ。
雷は、腕を伝ってヘラクレスにも流れるが、ヘラクレスは動じずに殴り続ける。
「効かねえか!!」
帯電する体のまま、剣を抜き、ヘラクレスののどに突き立てる。
剣は金属音を響かせ、喉の皮膚に止められた。
「効かねえか!!」
剣を捨て、腕をヘラクレスの首へと伸ばし、絞める。
ヘラクレスの表情が歪む。
「効いたな!!」
ヘラクレスの腕を放し、両手でヘラクレスの首を絞める。
ヘラクレスは、苦しそうな表情でバリオンの手を剥がそうとするがびくともせず、自由になった両手でバリオンの体を滅多打ちにするがびくともしない。
首が絞められたことで、ヘラクレスの呼吸が妨げられ、必要な酸素が送られなくなる。
口をパクパクと動かしながらバリオンを睨みつけるも、バリオンの手の力は緩まない。
どころか、徐々に強くなっていく。
「次は!! 打撃以外も覚えてくるんだな!!」
ヘラクレスが意識を手放し、床へと倒れ、消滅を始めた。
下層への階段が出現する。
「……行くぞ」
ラウンドの声で、他の五人も下層へと向かっていく。
「ん?? あ!!?? お前!! どこかで見たぞ!!」
ラウンドたちの存在に気づいたバリオンは、それを追う。
第五十階層、突破。
第五十一階層、突入。
蔓延るは、ワンツースリーミノタウロスと、シゴロミノタウロス。
「第四十階層のフロアボスと同じ魔物だな。お前ら、攻撃するなよ」
攻撃することで耐性を得られる魔物だと分かっていれば、攻撃する必要はない。
ラウンドたちは、攻撃を回避つつ奥へ向かっていく。
「なんだこいつらは!! ははははは!!」
ただ一人、ワンツースリーミノタウロスと遭遇していない、バリオンを除いては。
バリオンの拳がワンツースリーミノタウロスを吹き飛ばす。
耐性のついたワンツースリーミノタウロスが再び向かってくるが、それをまた吹き飛ばす。
「……マスター、あいつ、耐性のついたミノタウロスを吹き飛ばしてんですけど」
「……一撃一撃、威力が上がってるな。意図的なのか、偶然なのか」
「はははははははは!!」
第五十一階層、突破。
シゴロミノタウロス。
自身の能力を、一定時間すべて倍にする。
「ミノタウロスの腕を見ろ。123と書いてるやつには手を出すな。456と書いてるやつは邪魔なら倒せ。雑魚だ」
「ぶもおおおお」
能力がすべて倍になるというのは脅威である。
走る速度が倍になり、打撃の力が倍になり、頭の回転も倍になる。
ただただ、脅威である。
シゴロミノタウロスの倍以上の力を持つ者以外であればだが。
シゴロミノタウロスの悲鳴が響き渡る。
第五十二階層、突破。
第五十三階層、突破。
・
・
・
第五十九階層、突破。
第六十階層、突入。
フロアボス――アイアンヘラクレス。
全身が鋼鉄のヘラクレス。
ヘラクレスの強さをそのままに、締め技による弱点を克服したヘラクレス。
「ははははは!!」
バリオンが真っ先に駆け出し、アイアンヘラクレスに拳を振るう。
アイアンヘラクレスは、それを迎え撃つ。
ラウンドを除く全員が、険しい顔でアイアンヘラクレスを見る。
脳裏に浮かぶのは、第五十階層。
ヘラクレスと戦い、傷一つつけられなかった記憶。
「マスター……どうします? 俺ら、普通のヘラクレスも倒せてないよな……」
オーバルが、恐る恐るとラウンドを見る。
ラウンドは、その視線を受け取り、他の四人を見渡す。
他の四人も、オーバルに同意する視線を向けていた。
「倒し方なら、さっきあの女が見せてくれただろ」
ラウンドがオールドマインを呼び寄せ、策を伝える。
「……なるほど。しかし、私ではヘラクレスの速度についていけませんので」
「動きは俺が止める。お前は、最後の一撃だけ音速で放て」
「承知しました」
ラウンドが駆け出す。
バリオンとの戦いに横槍を入れる形で、ラウンドが参戦する。
「ああ!?」
アイアンヘラクレスと、ランウンd、バリオンの間で、夥しい攻防が交わされる。
遅れ、オールドマインが駆け出す。
「実力は、ヘラクレスと同じくらいか」
アイアンヘラクレスの猛攻をさばきながら、ラウンドは言う。
アイアンヘラクレスは、高い武術を有している。
体の硬さでそもそも攻撃が通じないというのもあるが、それ以上に動きがすぐれている。
ラウンドが攻撃に転じれない程度には。
アイアンヘラクレスの全ての攻撃がラウンドに防がれ、ラウンドの全ての攻撃がアイアンヘラクレスに防がれる。
それはバリオンも同様。
状況は一方に傾くことなく、拮抗する。
なれば、多対一の現状、多であるラウンドたちの方が有利に見えるが、アイアンヘラクレスは他のメンバーの存在を気にしていなかった。
自身の堅い体に傷をつけられるなど思っておらず、であれば他の敵などいないもどうぜんであった。
だからこそ、オールドマインの接近も容易に許した。
オールドマインの突きが、自身の顔面へ向けて放たれようとしているのも気にしなかった。
それ以上に、ラウンドたちへ隙を見せないことを優先した。
オールドマインの音速の突きが放たれる。
同時に、オパールの石が輝きを放ち、オールドマインの手に纏わりつく。
輝きは徐々に形を成していき、粘性の高い液体を創り出した。
アイアンヘラクレスが気づいたときには、自身の鼻と口に突きが、粘性の高い液体がへばりついた後だった。
動物や魔物を捕獲するために使われる粘性の液体。
ちょっとやそっとでは逃げられないようにするため、その粘着力は非常に高い。
そのうえ、オールドマインが頭の中で、最も鋼鉄相手に粘着度が高くなるように素材を計算して作った一級品。
アイアンヘラクレスが、ラウンドから攻撃を受けることを構わずに、粘液をとろうと両手で口元を触れる。
が、思惑は外れ、両手もひっつき、動かすことができなくなる。
「行くぞ」
ラウンドは攻撃を止め、幹部たちに手で合図をする。
向かう先は、下層への階段が出てくるだろう場所。
全身で苦しさを表現するアイアンヘラクレスへは、目もくれなかった。
戦いの決着がついた以上、その死に際を見守ることもない。
後ろで何かが倒れたような音がした後、下層への階段が出現した。
第六十階層、突破。
「糞つまんねぇ!! 寝る!!」
バリオンは寝た。
「「「「「「!?」」」」」」




