88話 トパーズのダンジョン05
第四十一階層。
通路をさ迷うは、斧に雷をため込んだサンダーミノタウロスと、もう一種類。
二体の魔物がラウンドたちを出迎えた。
先手必勝と、ラウンドが雷の魔法をサンダーミノタウロスに放つと、もう一体の魔物が前に出て、斧を振る。
斧に触れた雷の魔法は、まるでバットに当たった野球ボールのように、ラウンドの元へとはじき返された。
「ハート」
「はぁい(はぁと)」
ハートの結界がラウンドの前面に張られ、はじき返された雷を防ぐ。
「もおおおお!!」
サンダーミノタウロスが、斧を振り、ため込んだ雷を天井に向かって放つ。
同時に、もう一種類のミノタウロスがそこに向かって斧を投げる。
斧と雷は天井付近にてぶつかり、雷を弾き飛ばす。
ラウンドたちの方向へと。
ダンジョン内にて、落雷が発生する。
「ハート」
「はぁい(はぁと)」
が、その落雷も、ラウンドたちの上に傘のごとく張られた結界によって、すべて防がれる。
天井に向かって投げていた斧は、くるくるとブーメランのような軌道を描き、ミノタウロスの手に戻ってくる。
リフレクションミノタウロス。
手に持つ斧は、あらゆるものをはじき返すことができる。
また、来た方向へとはじき返すだけでなく、はじき返す方向をある程度コントロールすることができる。
それゆえ、リフレクションミノタウロスの斧は、防御のための武器であり、サンダーミノタウロスの攻撃を支援する武器である。
「俺がやる」
ラウンドが走り、リフレクションミノタウロスへと接近する。
サンダーミノタウロスが斧に雷を溜め始め、リフレクションミノタウロスがその前方で斧を構える。
リフレクションミノタウロスの斧がはじき返すのは、何も魔法だけではない。
生物も、人間も、平等にはじき返す。
つまり、斧に触れた瞬間、はじき返される。
ラウンドが剣を抜く。
ラウンドとリフレクションミノタウロス、双方が双方の間合いに入る。
リフレクションミノタウロスは、斧を振り回す。
「回帰」
瞬間、斧が消失する。
目の前の出来事に、思わず動きが止まるリフレクションミノタウロスの腹部をそのまま斬る。
危険を察知したサンダーミノタウロスが、急いで斧を振り上げ、雷を放とうとした瞬間、ラウンドの投げた剣がその額を突き刺す。
白目をむき、斧を持っていた手の力が抜け、雷を溜め込んだ斧がその顔面に落ちる。
「ぶもおおおおおおおお!?」
そのまま感電し、床へ伏した。
どすん。
どすん。
二つの斧が、同時に床へと落ちた。
「行くぞ」
第四十一階層、突破。
第四十二階層、突破。
・
・
・
第四十九階層、突破。
「伝説級が来るぞ。気を引き締めろ」
第五十階層、突入。
「……なあ、マスター。俺、あいつ、見覚えあるんだが」
「私も、昔に。」
「私もです、マスター」
「吾輩も、母上に読んでもらった本に載っていた記憶があるのじゃ」
「だよね(はぁと)。確か、神話に出てくる英雄の……(はぁと)」
大陸に伝わる、世界創造の神話には、多くの英雄と呼ばれる登場人物が出てくる。
が、その中でも、一際強く、一際有名な英雄の存在があった。
曰く、世界に存在する十二の神獣を倒したと。
曰く、通行の邪魔だからと巨大な山脈を砕いたと。
曰く、死した者を蘇らせるため、死の神を打ち倒したと。
すべてが眉唾物で、すべてが人外の話。
が、その眉唾物の中に、たった一つでも真実が混じっていれば。
「ヘラクレス!!」
それは、半神半人の英雄。
真っ白な髪の毛は、羊の毛のようにくるくるとしており、髪からもみあげへ、そして顎までと、連続して生えている。
その全身は、筋肉という鎧をまとって肥大化しており、銃弾も剣も、筋肉だけで防ぎきってしまいそうな出で立ちである。
そして、一切の服を纏っていない。
丸出しである。
「おおう、ベリドットのダンジョンで見たやつより大き」
オーバルが、即座にマーキーズの目を手でふさぐ。
「な、なにをするんじゃ!?」
「……子供が見るもんじゃねえから」
「な!? 吾輩は立派な大人のレディじゃ!!」
「……うん、いや、まあ、な」
じたばたするマーキーズに、オーバルは苦笑いで返す。
「オーバル、手を放せ」
「マスター!?」
「ヘラクレス相手に、視界を奪うな。戦力が落ちる。マーキーズ、ゴーレムはもう出せるか?」
「うむ。全快、とはいかんが、戦えるぞ!」
視界が回復したマーキーズが、ゴーレムを召喚する。
姿形がヘラクレス似たゴーレムを。
「おぬしの相手にはぴったりじゃろ?」
ヘラクレスが、自身とよく似た見た目のゴーレムを見て、眉を顰める。
次の瞬間、ヘラクレスがゴーレムの前に現れ、その拳でゴーレムの頭部を砕いた。
「なあ!?」
マーキーズが驚いた瞬間には、ヘラクレスの蹴りがまさにマーキーズの腹部へとぶつかろうとしていた。
咄嗟にハートが結界を張り、マーキーズを守る。
結界が、ヘラクレスの蹴りによって砕かれた音が響く。
「かっ……(はぁと)」
同時に、ヘラクレスが片足で跳んでハートの目の前に現れ、拳で頭部を撃ち抜く。
そのままハートは、頭部を先頭にし、数メートル先に吹き飛ばされる。
「ハート!」
床に叩きつけられる直前、ハートの体は先回りしたラウンドによって抱えられる。
オーバル、オールドマイン、ペアシェイプが一連の流れに気づいたのは、ヘラクレスがハートを殴った拳を戻し、背を伸ばしてゆっくりと周囲を見回し始めた時だった。
「「「!?」」」
三人は、反射的にヘラクレスから距離をとった。
距離をとったことで、全体が視界に入った瞬間、冷汗が噴き出した。
何も見えなかった。
ただその事実に戦慄した。
正確には、三人のうちオーバルだけは心眼によってその動きを捉えていた。
だからこそ戦慄した。
見えただけで、僅かも動くことができなかったのだから。
「……! ハート!」
マーキーズが、自身を守ったハートに駆け寄る。
「ハート、すまぬ。助かったぞ」
「う……ん……(はぁと)」
ラウンドの胸の中で、ハートはくぐもった声を出す。
痛みによるものか、それとも。
「はあぁ……ラウンドの……匂いぃ……(はぁと)」
「大丈夫そうだな」
ラウンドはハートをその場におろし、ヘラクレスの方を見る。
ヘラクレスもまた、ラウンドを見ていた。
ただ見ているだけだった。
追い打ちをかけることも容易に可能だっただろうが、していなかった。
「舐めてんのか、それとも誠実な戦いを望んでるとでもいうのか」
ラウンドが大剣を構える。
瞬間、突撃してきたヘラクレスがラウンドの目の前に現れ、その心臓に向けて右腕を伸ばす。
大剣を振る時間はないと判断したラウンドは、咄嗟に大剣を手放し、状態を後ろにそらす。
そのまま足を床から放し、ヘラクレスの腕を蹴りあげる。
ヘラクレスは動じることなく、左手を伸ばし、ラウンドの腹部を貫こうとする。
「回帰」
ラウンドの体が消え、大剣を構えた状態に戻る。
そのまま、ヘラクレスの胸へと突きを繰り出す。
ヘラクレスは、前方に傾いた状態を無理やり後方へ引き戻し、同時に地面を激しく蹴り、一瞬でラウンドと距離をとる。
「雷」
即座にラウンドは攻撃方法を雷の魔法に切り替える。
雷の魔法は、最速の魔法。
一瞬の輝きと共に、雷光の蛇がヘラクレスへと駆ける。
ドンッ!
と、大きな音をたて、ヘラクレスは左へ跳んで回避する。
「一発じゃ無理か」
さらに三発、雷の魔法を放つ。
ヘラクレスは、向かってくる雷を避けるため、大きく上へ跳ぼうとした。
ごんっ。
が、頭上に作られていたハートの結界に頭を打ち付け、その場で体勢を崩す。
無防備なその体を、三つの雷が貫いた。
雷鳴が、雷光が、響き渡る。
周囲に煙が巻き起こる。
「マスター!!」
心眼を持つオーバルには見えた。
煙が揺らぎ、人影が見えた次の瞬間、ヘラクレスがラウンドの眼前へ接近し、その首を潰そうと右腕を伸ばしていた。
「回帰」
が、その右腕は空を切る。
「効かねえか」
ヘラクレスから離れた位置で、ラウンドは大剣を構える。
ヘラクレスはゆっくりと右腕を戻し、悠然と周囲を見渡して動きを止める。
ハートを見て、動きを止める。
床を蹴り、ハートに向かって突進する。
「っ(はぁと)!」
ハートはヘラクレスとの直線上に結界を張り、その進行を妨げようとする。
が、ヘラクレスは横へ、上へと、次々と張られる結界を避けていく。
「これなら(はぁと)!」
一方向では足りないと理解し、上下左右前後、六方向へと結界を張り、結界の箱にヘラクレスを閉じ込める。
ヘラクレスは結界にぶつかる前に足を止め、右手の拳一発でその結界を叩き割る。
そして、割られた結界の隙間から外へ飛び出し、結界を踏み台として蹴り、初速をあげて再びハートへと突進する。
空中で何度もペアシェイプの銃弾をその身に受けるも、ヘラクレスにとっては砂粒が当たった程度の感覚しかなく、痛みも傷も何もない。
「召喚じゃ!」
ハートの元にたどり着く一秒前、目の前にマーキーズのゴーレムが召喚される。
直方体の体に、立方体の石を組み合わせて作られた手足と顔。
最もシンプルな形だが、それゆえ最もゴーレム自身の強度を高めたゴーレムである。
ヘラクレスの一撃を、ゴーレムの体が止める。
ゴーレムの腹部に開いたクレーターのごとき穴と引き換えに。
「ハネムーン☆うさぴょんの強度でも完全には止められぬか……」
「十分だ!」
「十分です!」
一瞬止まったヘラクレスの体を、オーバルの剣とオールドマインの拳が放たれ、ヘラクレスの皮膚に止められる。
「ちいっ!」
「効きませんなぁ」
そしてすぐにヘラクレスから距離をとる。
ハートとマーキーズも、同様に距離をとる。
ヘラクレスは、ゆっくりと体勢を立て直す。
ラウンド、ペアシェイプも四人と合流し、向かってくるだろうヘラクレスに備える。
「さて、どうするマスター。俺たちの攻撃は一つも効かねえし、あいつの攻撃は一発でも当たれば致命傷クラスだ」
「オーバル、心眼で弱点を探れ。全員、糸口が見えるまで耐えるぞ」
ざっ、ざっ、ざっ。
同刻、一つの足音が、第五十階層に近づいていた。




