79話 ガーネットのダンジョン07
ラウンドが正面から、オールドマインが右に、オーバルが左に展開する。
ガーネットのダンジョンは、三人を視界に入れるも、集中力の大部分をラウンドへと裂いている。
私怨も一因だが、それ以上にラウンドという存在への警戒が強かった。
ガーネットのダンジョンは、過去のダンジョンたちの戦いをすべて見てきた。
オールドマインは、自身と同じ武闘家。
負傷覚悟で、音速に匹敵する殴打を繰り出せるほどの実力者である。
それに加えて、オパールの石による万物の創造の能力も持っている。
が、音速の殴打程度、ガーネットのダンジョンにも繰り出せる。
自身に致命傷にはなりえない。
オパールの石は厄介ではあるが、人間の限界か、本来の能力の半分も出すことができてない以上、恐れるに足らない。
オーバルは、剣士。
剣術の基礎を積み上げ、人間の中でも上位の実力者である。
それに加えて、心眼という、物の細部までを見通せる能力も持っている。
が、剣術が上位の実力者というのは、人間の中での話。
ダンジョンのもつ強硬度の前では脅威ではなく、何より結界で防げば終わる。
心眼は厄介ではあるが、あくまでも見えるだけ。
たとえ動きが見切られても、躱すことができない速度で攻撃すれば意味をなさず、ガーネットのダンジョンはそれができる。
ラウンドは、未知。
すべての能力が満遍なく高いオールラウンダーな実力者である。
ただオールラウンダーなだけであれば、ダンジョンと人間の間にある基礎の能力の差により強引に押し潰すことができるため、警戒にも値しなかった。
が、ラウンドはところどころで、人間とは思えない振る舞いを見せる。
それが、ラウンドへの警戒心を引き上げた。
何日も睡眠を必要としない点。
何日も食事を必要としない点。
大切なものが存在しなかった点。
人間が当たり前に持つ性質が、ラウンドからは欠落していた。
ただの人間ではない。
ただそれだけが、ガーネットのダンジョンの警戒心を引き上げる。
右から迫るは、オールドマインの拳。
左から迫るは、オーバルの剣。
前から迫るは、ラウンドの大剣。
『結界』
ガーネットのダンジョンは微動だにすることなく、前と左右に結界を展開し、攻撃を防ぐ。
そして、大剣を振り下ろした状態のラウンドに向けて、結界越しに手を伸ばす。
手には雷を纏って輝き、バチバチと音を立てている。
伸ばした先の結界に、唐突に円状の穴が空く。
『イカヅチ』
ガーネットのダンジョンの手から離れた雷は、蛇のように結界へ向かい、結界の穴をするりと抜けてラウンドへ接近する。
「土!」
雷がたどり着くよりも早く、ラウンドの目の前に土の壁が作られ、ラウンドの姿をすっぽり隠す。。
壁は曲線を描いており、雷が左や右に回り込んできても防げるように工夫がされている。
雷の蛇は、そのまま直進し、土の壁に衝突して消滅した。
『ぬう』
隙ができた。
結界に穴が空くという隙が。
砲撃音が響く。
同時に、土の壁が無数に盛り上がり、土の塊が顔を出す。
そして、土の塊は、砲弾の弾のように結界へと打ち出された。
狙いはもちろん、結界に開いた穴。
ガーネットのダンジョンは、速やかに結界の穴をふさぐ。
打ち出された土の塊は、結界にぶつかり、その形を失う。
「俺ら、無視されてんなぁ」
「警戒に値されていないのでしょうな」
左右に展開していたオーバルとオールドマインが、ガーネットのダンジョンの後方、結界の貼られていないところへと回り込む。
ガーネットのダンジョンの視線が前方へのみ向いていること確認し、反応される前にと一気に攻撃を仕掛ける。
が、後方に出現した結界によって、あっさりと防がれる。
「……視線も向けずに、ですか」
ガーネットのダンジョンにとっては、視線を向ける必要さえない。
足音が、相手の居場所を教えてくれる。
動きによって空気中に発生した振動が、相手の居場所を教えてくれる。
だから、次の攻撃も読んでいた。
ラウンドが結界に開いた穴に向けて放ったと同時に、結界の貼られていない上方から攻撃するために放った土の塊も、見なくともわかっていた。
見なくとも、上方へと結界を貼り、すべてを防ぎ切った。
ガーネットのダンジョンは、すべての攻撃を防ぎきった後、すべての結界を消し、ラウンドへと一気に接近する。
風切り音が響く。
「ちいっ!」
首めがけて伸ばされた手を、ラウンドは大剣で迎え撃つ。
手と剣。
拮抗した力がぶつかり合う。
『このまま捻り殺してやるでありんす』
ラウンドは、ガーネットのダンジョンの攻撃を防ぎつつ、その後方からオーバルとオールドマインが走ってくるのを確認していた。
が、おそらくはたどり着けないだろうとも思っていた。
極力足音を消し、気配を消してはいるが、ガーネットのダンジョンには見えているだろう、と。
案の定、突如現れた結界に、二人の動きは阻害される。
『誰にも邪魔はさせないでありんす』
視界をペアシェイプの方へ向けると、ガーネットのダンジョンとペアシェイプの間に、銃弾の軌道になるだろう場所に結界が張られていた。
あくまでも、ガーネットのダンジョンは、自身しか見ていないのだろうと理解する。
『貴様の殺すのだけは……誰にも!!』
ガーネットのダンジョンの力が増す。
ガーネットのダンジョンの能力は、莫大な生命力の保有と、その繊細な制御にある。
寿命という生命力を腕力に回すことで、自らの身体能力を向上させることができる。
文字通り、命を削る戦い方である。
ラウンドの大剣が、自身の方へと徐々に押されていく。
「なんだお前は。なぜ俺に執着する?」
『なぜ……だと?』
ビキビキと、ガーネットのダンジョンの眉間にしわが寄る。
目が細まり、目の中の殺意がさらに増す。
『あれだけ……! わっちらの……! 仲間を……! 殺しておいて……! どの口がほざくか!!』
「は?」
ラウンドは、自身に向けられる殺意の理由を理解した瞬間に抱いた感情は、怒りであった。
同情でも、罪悪感でもない。
ただただ純粋な怒り。
「どの口がほざいてんのは、お前じゃねえか。ダンジョンが、どれだけの人間を殺して来たと思っている」
押されてた大剣が動きを止め、押し返す。
ラウンドとガーネットのダンジョンのちょうど真ん中まで押し返す。
「散々人間を殺しておいて、いざ自分たちが殺されそうになったら逆恨みか。救いようがねえな!」
『野良のやったことまで、わっちらが知るか!! 野良への復讐だけでは飽き足らず、平和に生きてきたわっちらにまで逆恨みして、手にかけようとしたのは貴様でありんしょう!!』
十二大ダンジョンは、魔物化してなお、平和に生きてきた。
世界の中心の空洞で、ただただ仲間のダンジョンと話していた。
時には人間に扮して世界を歩き、世界を眺めていた。
唯一、人間に扮さずに、ダンジョンとして世界を歩いていたオパールのダンジョンでさえ、自身に挑んでくる人間を返り討ちにすることはあっても、自分から人間を襲うことはなかった。
人間を襲っていたのは、野良と呼ばれたダンジョン――十二大ダンジョンに数えられないダンジョンたちである。
野良のダンジョンは、自分たちの存在理由と言わんばかりに、人間を襲った。
が、十二大ダンジョンにとっては、他人事であった。
例えば、盗みを働いた人間がいたとして、その人間が他の人間にとっては当事者でないように、野良のダンジョンが人間を襲うという振る舞いは、十二大ダンジョンにとって他人事であった。
が、人間にとっては、そうではない。
人間を襲う、ダンジョンという異質な生物。
その怒りは、恨みは、ダンジョンという生物すべてに向いた。
野良のダンジョンも十二大ダンジョンも関係ない。
すべては同じダンジョンである。
それゆえ、ガーネットのダンジョンの恨みと、ラウンドの恨みは、決して交わらない。
どちらも、己の正義をもって戦っている。
理解の余地はない。
『死をもって償え!!』
ガーネットのダンジョンの背中から、無数の隆起が生じる。
隆起は形を変え、長い長い手となった。
背中から生える八本の手が、ラウンドを八方向から襲う。
「土!」
土の魔法で八個の土の塊を作り、ラウンドはそれを迎え撃つ。
八本の手の手首を撃ち抜き、その手を無理やり引きちぎる。
が、引きちぎられた断面から、さらに日本の手が生み出される。
「ちっ!回……」
『遅い』
一本の手が、ラウンドの持つアンモライトの石をはじきとばす。
残り十五本の手が、ラウンドの体を捕える。
「ぐぅ……」
体を潰すほどの強い握力に、思わず声をあげる。
ガーネットのダンジョンは、拘束されたラウンドにゆっくりと近づき、その両手を首に伸ばす。
優しく、丁寧に、首を包み、力を加えていく。
ギリギリギリ。
『捕 ま え た』
ギリギリギリ。
力は、徐々に強くなっていく。
一分もしないうちに、首が潰される程度には。
ラウンドの体は完全に拘束されており、体を動かそうにも微動だにしない。
ガーネットのダンジョンは、自身の顔をゆっくりとラウンドの耳元に近づけ、囁く。
『わっちらの恨みを思い知れ』
低く。
鋭利に。
ラウンドは、怒りのままに目を動かす。
すぐ横には、ガーネットのダンジョンの横顔が見える。
倒すべき存在が。
「ぐ……が……」
ガーネットのダンジョンは、ラウンドから顔を離していく。
窮鼠猫を噛むというように、死にかけの人間に近づけば噛みつかれると知っているから。
知っていてなお、一言言ってやらねば気が済まなかった。
愚行と分かりつつも。
やらなければよかったと後悔したのは、そのコンマ一秒後。
ラウンドが、ガーネットのダンジョンの耳を噛みちぎった。
一瞬、何が起きたかわからなかったが、すぐに痛覚が教えてくれた。
『ああああああ!?』
思わず左手をラウンドの首から離して、自身の耳を覆った。
すぐに耳は再生したが、痛覚はある。
痛みによる反射的な行動。
が、これも愚行。
自身の首を抑える手が右手だけになったことにより、ラウンドが首を無理やり引っこ抜く。
そして、ガーネットのダンジョンの右手の指も噛み千切った。
『ぐううあああ!?』
背中から出ていた十六本の手の力が弱まり、ラウンドは解放される。
耳と指を咀嚼しながら、距離をとる。
その様子を、信じられないものを見るような目でガーネットのダンジョンが見る。
最初は、耳を、指を、噛みちぎる行動への驚き。
次は、ラウンドに取り込まれる自身の体を――生命力を見たことによる驚き。
ガーネットのダンジョンは、他人の生命力を見ることができる。
そして見た。
飲み込まれたガーネットのダンジョンの生命力が、ラウンドの生命力に融合されていく様を。
ラウンドの生命力に、既に自分以外の生命力が融合されている様を。
『貴様……まさかダンジョンを……!!』
人間が当たり前に持つ性質が、ラウンドからは欠落していた。
いや、正しくは、ダンジョンの性質を取り込んでいた。
何日も睡眠を必要としない点。
何日も食事を必要としない点。
大切なものが存在しなかった点。
子供の頃。
自身の町を滅ぼしたダンジョンが討伐された時、ラウンドはそのダンジョンの一部を食った。
ダンジョンの中に眠る父母を、村人たちを、自分の中に取り込みたくて。
自分の中で眠り、せめて自分の見る景色を一緒に見れるように。




