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65話 アクアマリンのダンジョン03

「潰れるのじゃあ!」

 

 マーキーズのゴーレムが動く。

 巨大な人型のゴーレムが、左手を振りかぶり、アクアマリンのダンジョンへと振り下ろす。

 アクアマリンのダンジョンは、素早く横に跳び、ゴーレムの腕の軌道からはずれる。

 振り下ろした腕は床にたたきつけられ、ズウウンという音とともに、床を大きくへこませる。

 

 アクアマリンのダンジョンは、その威力の大きさに驚くことなく、ゴーレムの方へと駆け出す。

 

「むう」

 

 マーキーズは、振り下ろしたゴーレムの腕を右に振って向かってくるのを阻もうとするが、アクアマリンのダンジョンはそれを上に跳んで躱す。

 

「待ってたぜ!」

 

「空中だと、身動きが取れませんよね?」

 

 空中に滞在するアクアマリンのダンジョンに向かって、オーバルが剣を振りかぶりながら飛び掛かる。

 同時に、ペアシェイプがアクアマリンのダンジョンの額に――額に埋め込まれた石に照準を合わせる。

 手元が狂えば、照準が狂えば、オーバルに銃弾が当たりかねない状況ではあるが、ペアシェイプにはオーバルに当てず、アクアマリンのダンジョンを撃ち抜ける自信があった。

 オーバルには、ペアシェイプが外さない自信があった。

 

 オーバルが剣を振り下ろす。

 アクアマリンのダンジョンは、それを腕にて受け止める。

 硬い体は、キインという音とともに、剣の動きを無理やり止める。

 当然、体には傷一つ入っていない。

 

「ちいっ!」

 

 オーバルが剣に力を籠める。

 接触している腕をなんとか斬り落とそうとするが、アクアマリンのダンジョンの腕はピクリとも動かない。

 拮抗する。

 もっとも、一対一の場合は、であるが。

 

 動きの止まったアクアマリンのダンジョンの額に、ペアシェイプの銃弾が当たる。

 銃弾の威力に、アクアマリンのダンジョンの顔がわずかに後ろへと傾く。

 銃弾は、額の石を貫くには至らず、額の上で動きを止め、そのまま落下した。

 が、顔が後ろに傾いたことにより、体制がわずかに崩れ、腕に込めていた力がわずかに発散する。

 オーバルの剣が腕を奥へと押し込み始める。

 

「失礼」

 

 そして、剣を挟んでアクアマリンのダンジョンとは逆側に、オールドマインが現れる。

 オールドマインは、後ろに下げていた右腕を、思いっきり前に突き出す。

 突き出した右腕は、オーバルの剣を押し込む。

 オーバルの力とオールドマインの力、それらが融合した力は、剣をアクアマリンのダンジョンの腕にめり込ませ、通過させた。

 アクアマリンのダンジョンの腕が飛ぶ。

 

 片腕を失ったアクアマリンのダンジョンは、残った腕をオールドマインへと伸ばすが、ペアシェイプの銃弾を同時に十発叩き込まで、伸ばすのを無理やり止められる。

 

「拘束魔法ぉ(はぁと)」

 

 アクアマリンのダンジョンの意識がオーバルたちに向いていた裏で、ハートは魔法を発動する。

 アクアマリンのダンジョンの動きを、無理やり止める拘束魔法である。

 まるで、今の体制のまま、全身を見えない糸でぐるぐる巻きにされたように、体が拘束される。

 全身に力を籠めるも、指の一本さえ動く気配がない。

 

「よくやった」

 

 動きを止められたアクアマリンのダンジョンの目の前に、大剣を振りかぶったラウンドが現れる。

 そのまま、問答無用で頭へ大剣を振り下ろす。

 大剣は、アクアマリンのダンジョンの頭を真っ二つに割り、そのまま首を、胸を、腹を、足を、斬り裂いた。

 額からくりぬかれたアクアマリンの石が床に落ち、二つに分かれたアクアマリンのダンジョンの体が床へと倒れる。

 

「……倒した(はぁと)?」

 

 ダンジョンが音を立て始める。

 天井が、壁が、床が、ひび割れ、崩れ始める。

 

「あっけなかったな」

 

 光に包まれながら、ラウンドが呟く。

 もっと過酷な戦いを予想していたラウンドは、不完全燃焼な気持ちになるが、すぐにダンジョン撲滅という目的に一歩近づいたと認識を改め、息を吐く。

 仮定などどうでもよく、結果が全て。

 

 ラウンドの視界が、白く塗りつぶされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『幸福ってぇ、何だと思うぅ?』

 

 アクアマリンのダンジョンは、第一階層で気を失って倒れているラウンドに話しかける。

 否、ラウンドだけではない。

 アクアマリンのダンジョンに入った全員が、第一階層で倒れていた。

 

『貴方にぃ、幸福をあげるぅ』

 

 倒れるラウンドに向かって、アクアマリンのダンジョンは手に持った斧を振りかぶる。

 振り下ろすだろう軌跡には、ラウンドの首がある。

 

『恐怖のないぃ、死をぉ』

 

 アクアマリンのダンジョンは、幸福の試練。

 ダンジョンへの侵入者に、幸福を与えるのだ。

 与える幸福は様々であるが、その一つは恐怖を感じない死である。

 死とは、人間にとって不可避のものであり、それゆえ最大の恐怖となる場合もある。

 怪我で、病気で、寿命で、人間は迫り来る死に恐怖し続ける場合がある。

 だから、アクアマリンのダンジョンは与えるのだ。

 ダンジョンを討伐したという幸福を味わっている間に、痛みも苦痛も感じないほど一瞬で殺すという、死の恐怖をすべて取り除いた死を。

 死の恐怖をすべて取り除くという幸運を。

 

 斧が、振り下ろされる。

 

 キイン。

 

 が、ラウンドの剣によって阻まれる。

 アクアマリンのダンジョンの殺気が、次の瞬間に訪れただろう死を回避する生物としての本能が、ランドの目を覚まし、その体を動かした。

 

「ただの幻術か」

 

『あらぁ?』

 

 アクアマリンのダンジョンは剣の持ち主へ、ラウンドへと顔を向け、その後に残念そうな表情に変わる。

 

『せっかくのぉ、幸運をぉ』

 

「要らねえよ!」

 

 眠っていた体を無理やり動かしたことで、全身の筋肉に痛みが走る。

 が、気にしている余裕はない。

 今ここでアクアマリンのダンジョンを止めなければ全滅する可能性さえあると、ラウンドは剣に力を籠める。

 押し合っていた剣と斧の拮抗が崩れ、斧を弾き飛ばす。

 斧は、くるくると弧を描いて飛び、そのまま床へと落ちた。

 カラァンと綺麗な音が鳴る。

 そして、武器を失ったアクアマリンのダンジョンに、すかさず追撃を入れる。

 振り下ろした剣は、アクアマリンのダンジョンの首を斬り落とす。

 

『あらぁ』

 

 ダンジョンが音を立て始める。

 天井が、壁が、床が、ひび割れ、崩れ始める。

 体が消滅していくアクアマリンのダンジョンを見れば、その表情には薄い笑みが浮かんでいた。

 

「これも幻術か!!」

 

 ラウンドは、意識を自身の体に集中する。

 自分の体は今、どうなっているのか。

 立っているのか、寝ているのか。

 怪我をしているのか、していないのか。

 何に触れているのか。

 それのみに没頭する。

 

 感覚が、目の前の光景と隔離を始める。

 ダンジョンに立っているはずの自分の体から、どこかに横たわっている感覚を得る。

 頭に柔らかい感触を感じ始める。

 おそらくは人間の膝だと勘づき、誰かに――おそらくハートに膝枕でもされているのだろうと結論づいたところで、感覚が暗転する。

 

 

 

 

 

 

「ラウンド(はぁと)!よかった(はぁと)!」

 

 ハートの膝の上で、ラウンドが目を覚ます。

 ラウンドの目線の先には、心配そうな表情でラウンドを覗き込むハートの姿と、その後ろには他のメンバーたちの顔が見えた。

 

「ここは?」

 

「アクアマリンのダンジョンの、第二十階層だよ(はぁと)。フロアボスと倒したと思ったら、ラウンド突然倒れちゃって……(はぁと)」

 

 涙の溜まった目をこすりながら、ハートはラウンドの質問に答える。

 

「第……二十……階層……?」

 

「うん(はぁと)」

 

「そうか。すまん、助かった」

 

「え(はぁと)?」

 

 ラウンドの手から剣が落ち、その手がハートの首に回される。

 突然のラウンドの行動に理解ができず、ハートはその手を受け入れる。

 そして、ラウンドはゆっくりと頭を起こし、頭をハートへと近づける。

 ラウンドの顔とハートの顔が、ラウンドの唇とハートの唇が、徐々に近づいていく。

 感謝と、安らぎを得たようなラウンドの表情。

 

 

 

 ハートは、それを瞬間的に突き飛ばした。

 

「貴方……誰……(はぁと)?」

 

 背中にざわざわとした寒気を感じたまま問いかける。

 

「何を言っている、ハート?」

 

 心底意味が分からないという表情をするラウンドを、ハートは化け物でも見るような目で見つめる。

 目の前のこれはラウンドではないと、脳が騒ぐ。

 

「ラウンドは、そんなことしない(はぁと)」

 

「でも、されたいのでしょぉ?』

 

 ラウンドが――ラウンドだったものが姿を変える。声を変える。

 まるで解けていく雪の様に、全身から色がどろどろと流れ落ち、中からアクアマリンのダンジョンが姿を現した。

 

『彼に、愛されたいのでしょぉ?』

 

 アクアマリンのダンジョンは、妖艶にほほ笑む。

 

「愛されたいけど、幻じゃなくて本物に愛されたいの(はぁと)!」

 

 ラウンドが偽物であると気づき、ダンジョンの最終階層にしかいられないはずののボスが第二十階層にいるという状況が、ハートに自分が幻術にかかっていることを理解させた。

 

『幻でもいいじゃないぃ。不幸な真実よりもぉ、幸運な偽りを生きましょぉ?』

 

「絶対にお断り(はぁと)!」

 

 ハートは、その場で舌を噛んだ。

 

 ハートの視界に映るダンジョンが、崩れ始めた。

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