64話 アクアマリンのダンジョン02
アクアマリンのダンジョンは、まるで教会の廊下のようだった。
天井は、大理石のような質感で、天に向かって盛り上がる曲面をしていた。
その色は、元々真っ白だったのが年月の経過とともに茶色くくすんだような色で、歴史を感じさせる。
また、天井の至る所に、文字と絵が彫られている。
文字は、人間の歴史上で使われていたどの言語にも当てはまらない文字が五~十個組み合わさったもので、その意味は読み取れない。
しかし、文字の周囲には、天使と思しき羽の生えた生物が描かれており、天使の言語をイメージして書かれたのではないかと推測できる。
壁は、天井と同じようにくすんだ色をしており、等間隔に柱が並んでいる。
柱と柱の間には、ところどころに大きな窓と絵画がある。
窓からは日光が差し込み、ダンジョンの通路を明るく照らしている。
しかし、窓は開くことができないどころか、窓の外側に景色さえ見えない。
ただただ日光が差し込んでくるだけの何かとなっている。
絵画は、すべて同じ内容――八つの国で最も信仰されている宗教の神が描かれている。
床には、ひし形の白と黒のタイルが交互に隙間なくはめ込まれている。
天井や壁と異なり、くすみはなく、いっそ窓から差し込む日光を反射し、きらきらと輝くほどに光沢がある。
見た目はつるつるとした質感であるが、うっかり足を滑らせない程度に摩擦がある。
「幸福は神とともにある、とでも言う気か?」
ラウンドは、背中の剣を抜きながら、絵画を睨みつける。
ラウンドは神を信じない。
神に祈るよりも、自身で剣を振ったほうが手っ取り早いと考えるからだ。
それを行動で表すために、剣で絵画を斬り捨てようかとも考えたが、ギルドメンバーに絵画に描かれた神を信仰している者がいた場合を考えて手を止める。
代わりに、目線を絵画から、通路の奥へと向ける。
正確には、バサバサと羽を羽ばたかせる音と共に向かってくる魔物へと。
ブルーバードとアウルの大群が向かってくる。
ブルーバードはキジバトに似た全身真っ青の魔物で、アウルはフクロウに似た魔物である。
どちらも飛行能力を有する魔物で、天井の付近を飛び、向かってくる。
「ペアシェイプ」
「はい、マスター」
ペアシェイプは、酔いによる赤みのない美白な顔をブルーバードとアウルの大群へと向け、銃を構える。
顔と銃を固定し、目だけをきょろきょろと動かし、ターゲットの数と位置を把握する。
指が、引き金を動かす。
ドンドンドン、と三発の銃声と共に、二体のブルーバードと一体のアウルが落下する。
ふう、と息を吐いた後、思いっきり息を吸い込む。
そして、銃声が続く。
ドンドンドン。
銃声が響くたびに、魔物が一体、時に二体が落下する。
ドンドンドン。
銃声が響き続ける。
魔物が全て落下するまで。
数分の後、羽音と銃声が消える。
ペアシェイプは銃を構えたまま、しばらく通路の多くを見続けた後、銃を下ろす。
「見える範囲の魔物はすべて撃ち落としました、マスター」
「ご苦労」
ペアシェイプの言葉を聞き、ラウンドも念のため周囲に視線をやり、魔物がいないことを確認する。
そして、手でブリリアントのメンバーへ前進を促す。
ラウンドを先頭に、一行は進んでいく。
しばらく進んでいくとと羽音が近づいてくるので、立ち止まり、ペアシェイプが撃ち落とす。
それを繰り返し、着々と進んでいく。
ところどころに分かれ道もあるが、オーバルによって的確に正しい通路を選び、進んでいく。
階段を見つけては、下へと降りていく。
「たいしたことないね(はぁと)」
「まだ第五階層だからな」
ハートの言葉は、ここにいる全員の総意だった。
既にブリリアントに所属するハンターにとって、第三十階層以下の階層で出現する魔物など、実力的には相手にさえならない。
戦闘ではなく、蹂躙をひたすら行うのみである。
「ペアシェイプ、俺たちも手を貸そうか?」
「いえ、大丈夫です。体力を温存しておいてください」
もっとも、蹂躙しているはずが、今までよりも歩みは遅い。
今までであれば、早々に走り、ダンジョンを駆け抜けていたはずであるが、アクアマリンのダンジョンではそれをしていない。
ペアシェイプ一人に魔物を殲滅させ、殲滅後に全員で歩く方法をとっている。
理由は二つ。
一つは、ジルコンのダンジョンで、ダンジョン自身を倒すことができなかったこと。
ダンジョンが蓄えるエネルギーをすべて使い果たさせることで討伐を完了したものの、魔物化した本体を倒してはいない。
ラウンドはこれを、既にダンジョンの実力が、ラウンドの手によって倒せない可能性があるレベルであると解釈した。
事実、仮にジルコンのダンジョンと再び戦う場合、やはりエネルギー切れ以外の倒し方が思いついていない。
もっとも、ジルコンのダンジョンは無限という性質上、やむを得ない部分もあるが。
そして、アクアマリンのダンジョンは、ジルコンのダンジョンよりも難易度が一つ上のダンジョンである。
ジルコンのダンジョン以上に倒すのが難しいことが予想される。
結果、自身の全力を発揮できるように、可能な限りの体力の温存を選び、現状に至る。
もう一つは、同行する幻術を解除できる魔法使いの存在である。
幻術を想定し、二名の魔法使いを連れてはきたが、彼らは戦闘向きではなかった。
幻術の解除は防御魔法に属し、防御魔法の使い手の魔法使いは、そのほとんどが戦闘向きではなく、走るラウンドたちについてこれるほど身体能力は高くない。
そのため、今回は走らず、歩いている。
数か月前のラウンドであれば、構わず走っていただろうが、メンバーの補助の有効性を理解した今となっては、ある程度の気を使うようにはなっていた。
もっとも、感情ではなく、ダンジョンを倒すための合理性、でだが。
「フロアボスか」
一向は、広い空間へとたどり着く。
そこには祭壇があり、神の像が祭られている。
そして、祭壇の前には、祭壇へ祈りをささげる者たちが座るための椅子が、綺麗に並べられている。
もっとも当然、祈りをささげている人間などいないが。
ここはダンジョンの中。
行うことはただ一つ、魔物との戦いである。
祭壇に祭られた神の像の頭の上に、巨大なアウルが立っていた。
爪を頭に引っ掛け、くりくりとした目でラウンドたちを見ていた。
「信仰なんてあったもんじゃねえな」
「魔物ですからね」
ペアシェイプは即座に銃を構え、巨大なアウル――ジャイアントアウルの額に照準を当てる。
ジャイアントアウルは、銃を凝視し、視線を外さないまま首を傾けてみせる。
額の位置がずれるが、ペアシェイプの照準は額から離れない。
首の動きにそうように、銃の向きを変える。
ジャイアントアウルが首の動きを止めると同時に、ペアシェイプは引き金を引いた。
銃声と共に、ジャイアントアウルの額に穴が空く。
穴からは鮮血が吹き出し、目は白目をむき、そのまま体がぐらりと傾く。
足が像から離れ、ジャイアントアウルの体は像から落下し、けたたましい音とともに床へと倒れる。
同時に、床の一点が光り、地下への階段が出現する。
フロアボスが――ジャイアントアウルが倒れた証拠である。
「手ごたえがありませんね」
「殺意も感じられねえ。なんだ、このダンジョンは」
その言葉は、いつまでたってもなくならなかった。
階段を下りれば降りるほど、魔物は強くなる。
が、相手にならない。
ペアシェイプの銃弾の前に、ことごとく伏していく。
「よええな」
「弱いですね」
「弱ーい(はぁと)」
「弱いのじゃ」
オーバル、オールドマイン、ハート、マーキーズが口々に呟く。
それほどに、出現する魔物は弱かった。
「幻術を使いそうな魔物も見当たらねえ。罠か?」
「アクアマリンのダンジョンは戦闘が好きで、あえて最終階層に誘導しているのかもしれません」
「その可能性もあるな」
ダンジョンには個性があることなど、ラウンドは嫌というほどわかっていた。
戦わずして敗北を宣言するダンジョンがいれば、ダンジョンの外に魔物を出現させて嬉々として町を襲わせるダンジョンもいる。
ならば、あえて最終階層で戦うダンジョンもいる可能性はある。
ラウンドたちは、疑問を抱えながら進む。
『来たわねぇ』
そして、アクアマリンのダンジョンと対峙していた。
拍子抜けするくらいにあっさりと。
「体力は十分だな?」
ラウンドの言葉に、ペアシェイプが後ろへ下がり、それ以外の幹部が前へ出て、ラウンドの横へと並ぶ。
「ようやくか!腕が鳴るぜ!」
オーバルが剣を抜き、アクアマリンのダンジョンへと突きつける。
「さて、全力でやらせてもらいますかな」
オールドマインが手を組み、ポキポキと音を鳴らす。
「サポートは任せて(はぁと)」
ハートが杖を構える。
「踏みつぶしてやるのじゃ」
マーキーズがゴーレムを召喚し、その頭の上に座る。
「多対一だ。手も足も出ずに滅べ」
ラウンドがアクアマリンのダンジョンへ剣を突き付ける。
数だけ見れば圧倒的に不利な状況ではあるが、アクアマリンのダンジョンは不敵にほほ笑む。
『貴方たちは、幸福よぉ』




