63話 アクアマリンのダンジョン01
世界の土地は、十種類に分離される。
八つの国がそれぞれ領有する土地――国土が計八種類。
八つの国のうち、複数の国が領有を主張する土地――多有国土が一種類。
そして、八つの国のいずれも領有権を主張していない土地――無有国土が一種類である。
国土の広さとは、その国力の大きさとさえ言われる。
なぜなら、国土が広ければ、多くの国民の居住地を確保でき、多くの作物を作る土地を確保でき、結果として多くの資源を得ることができるからだ。
はるかな過去、ダンジョンという自然の周りに作られた八つの集落は、いつしか国となり、国力を上げるために周囲の土地の領有権を主張し、国土を広げていった。
国土を広げる過程で他国とぶつかった土地は、多有国土となった。
逆に、どの国も領有権を主張しなかった土地は、無有国土となった。
ではなぜ、どの国も領有権を主張しなかったのか。
答えは簡単、そこに資源がなかったからだ。
人間が住むにはあまりにも自然がなく、作物を作るにはあまりにも土地が瘦せている。
無有国土はその存在だけを記録に残し、人間の干渉にあわないまま、静かに眠っていた。
だから、人間がそこにあえて足を踏み入れるのは、百年以上ぶりのことだった。
ダンジョン・サーチャーが指し示す無有国土へ、三十人の人間が足を踏み入れた。
ハンターギルド・ブリリアントのギルドメンバー、総勢三十人。
何もない土地を、ただ歩く。
ごろごろと散乱する大小の石を踏みつけ、かさかさと走り回る名も知らぬ子虫を踏みつけ、アクアマリンのダンジョンがいる場所へと向かう。
「あ、海ぃ(はぁと)!海だよ、ラウンド(はぁと)!」
虫の死骸の匂いに混じった潮の香りが、ハートの鼻をピクリと動かす。
香りの正体を探そうと速足で駆け、先頭に躍り出たハートの目に、広大な海が映る。
思わずラウンドの方へと振り向き、海を指差して声を出した。
「見えている」
ハートに追いついたラウンドが海を見て、一言呟く。
海は透き通っていた。
人間が踏み込まなかったおかげか、水は透き通り、人間の町が生み出すゴミによる汚染もない。
綺麗な空間が広がっている。
が、ラウンドの目は、海とは別の場所へと向かっていた。
砂浜にたたずむ。青い影へと。
ジャリ、ジャリ、と、砂浜を踏みしめ、影へと近づく。
影は――アクアマリンのダンジョンは、音のする方向へとゆっくり振り向く。
その所作は、まるで貴族の様に優雅で美しく、優しささえ感じられた。
青い長髪が、振りむいた顔の後を追うように、さらさらと靡く。
大きな胸と尻が青いビキニに包まれ、物語の登場人物かと思うほどにスタイルが整っている。
万人がその肢体へ目線が釘付けになるほどに魅力的である。
もっとも、人間であれば、の話である。
青い瞳と、額の青いアクアマリンの石が、ラウンドたちを――ブリリアントのハンターたちを映す。
『ようこそぉ』
アクアマリンのダンジョンは、ニコリと微笑む。
とても、幸福感の溢れる表情で。
「お前を討つ」
逆の表情で、険しい表情で、ラウンドは言い放つ。
背負った剣を抜き、臨戦態勢をとる。
もちろん、目の前にいるアクアマリンのダンジョンに攻撃が効かないことは承知の上である。
ただ、ラウンドのもつ殺意を、少しでも多く届けるための所作である。
少しでも恐怖を、怒りを、負の感情を届けることができれば、所作の役目は充分であった。
『悲しそうな目ねぇ』
が、返ってきたのは真逆の反応だった。
同情するような声。
慰めるような声。
幸福な者が不幸な者に届けるような声。
「あ?」
想定さえしなかった反応に、ラウンドは思わず一言を漏らす。
何を考えたでも、何を意図したでもなく、うっかりと口から出てしまった一言。
「どの口がほざくか!」
そして、アクアマリンのダンジョンの言葉を理解した後、最初に出た言葉は純粋な怒りと不快である。
ラウンド自身、悲しそうな目をしている自覚はない。
怒りに溢れた目をしているつもりである。
アクアマリンのダンジョンの言葉を認める気はない。
が、仮に悲しそうな目をしているのだとすれば、その原因はダンジョンである。
自分が不幸だとすれば、その原因はダンジョンである。
故郷を滅ぼしたダンジョンという存在こそが、その原因で元凶で根本である。
故に、怒りのまま言葉をぶつけた。
が、アクアマリンのダンジョンはなおも微笑む。
クスリと微笑し、目を閉じる。
『私が、幸福にしてあげるわぁ』
「は?」
アクアマリンのダンジョンの足元が光り、円状に広がっていく。
光は、ブリリアントのハンターたちを捉え、沈めていく。
そして全身が沈み切ったとき、ダンジョンの中に立っていた。
アクアマリンのダンジョン。
『すべての命に幸あれぇ。幸福の試練』




