57話 ジルコンのダンジョン14
爆音が響く。
次々と、炎の魔法が、雷の魔法が、爆発する音が聞こえる。
ペアシェイプの放つ魔法は、放った直後に花火のように爆発する。
爆発は、周囲のジルコンのダンジョンを吹き飛ばしていく。
そしてペアシェイプの手は、魔法を放つたびに皮膚が焼け、爪がはがれていく。
痛々しく変化する掌にも拘わらず、変わらない表情でペアシェイプは魔法を放ち続ける。
暴発によって魔法を鍛えてきたペアシェイプにとって、この程度は重症と呼ぶにさえ値しない。
しいて気にするとすれば、ボロボロの手が今後の婚活にどれだけ響いてしまうかということだけである。
「ペアシェイプ!」
「マスター」
ラウンドが、蔓延るジルコンのダンジョンを押しのけて、ペアシェイプの元にたどり着いたのがそれから一時間後である。
ペアシェイプは、攻撃の手を止めるず、視線だけを向けてラウンドを迎えた。
一方で、ラウンドの視線はペアシェイプの腕に向かう。
赤く、青く、変色した腕に。
流れる血に、妙な方向に曲がっている小指。
見られたいものではないだろうと考え、すぐに視線を顔へと移す。
ラウンドもまた、全員の至る所に傷があった。
無数のジルコンのダンジョンを前に、何度も攻撃を赦してしまった結果である。
服は破け、切り傷や刺し傷からは血が流れている。
「無事でなによりだ」
「マスターも、ご無事で何よりです」
あえて無事という言葉を使うことで、互いの意識を確認する。
『ふぁ……ふぁ……ふぁ……』
『無事な……様には……』
『見え……んな……』
「黙れ」
ラウンドの剣が、水を差すジルコンのダンジョンを切断する。
上半身が傾いて床に落ち始め、下半身が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
そして、それによって空いたスペースに、無数の手が伸びてくる。
「うぜえ!」
伸ばされた手は、斬り返したラウンドの剣によってまとめて切断される。
ぼとぼとと手が床に落ちる。
『ふぁ……ふぁ……ふぁ……』
『ふぁ……ふぁ……ふぁ……』
手が駄目なら剣を伸ばす。
剣が駄目なら矢を射る。
矢が駄目なら魔法を放つ。
空いたスペースに、次から次へと攻撃が撃ちこまれる。
「ペアシェイプ」
「はい、マスター」
「こいつら、いつまで生み出され続けると思う?」
「わかりかねます」
『無限……じゃよ……』
『無限……じゃよ……』
『無限……じゃよ……』
ラウンドの問いかけに、代理のようにジルコンのダンジョンが答える。
それが、ジルコンのダンジョンの能力であることを、ジルコンのダンジョン自身が一番把握していた。
「俺もこいつの限界はわからん。が、完全に滅ぶまで倒し続けるぞ!」
「はい、マスター」
『ない……』
『そんな……ものは……』
『ない……』
『愚か……』
『愚か……』
ラウンドが思い返せば、無限の試練は、時間のかかる階層ばかりだった。
通路は目印も何もない空間で、ペアシェイプのように特殊な目を持つ人間や、転生の嗅覚で階段の位置をかぎつけるバリオンのような人間がいなければ、一階層を攻略するのにも相当の時間を費やすだろう。
そして、八本の足で相手の動きを止めてくるオクトパス、何度殺しても死なないゾンビ、首が再生し続ける八岐大蛇。
まともに対峙すれば、倒すのに時間がかかる魔物ばかり出現した。
第七十階層のフロアボスであるウロボロスも、空間がねじれていることに気づき、どこがどうねじれているかを理解しなければ、永遠に閉じ込められ、永遠に時間が奪われていただろう。
つまり、ジルコンのダンジョンは、すべてにおいて時間を奪うための行動をしている。
持久戦に終始している。
それはなぜか。
ジルコンのダンジョンは無限を生きることができるという。
では、無限に生きる魔物が、有限に生きる相手を確実に倒す方法は何か。
答えは、時間である。
百年待てば大抵の人間は死ぬ。
ダンジョンの中であれば、そもそも百年も待つ必要はない。
人間は、食事なしでは一か月も生きられない。
人間は、水なしでは五日も生きられない。
ジルコンのダンジョンは、ただ待てばいい。
本気で倒しにかかる必要はない。
食べることも飲むこともできない程度に攻撃を続けていればいい。
人間は勝手に死ぬと、知っているから。
『ふぁ! ふぁ! ふぁ! ふぁ!』
死に際の舞を、ゆっくりと眺めるのだ。
「おもしれえ話が聞こえんなあ!!」
いつの間にか、バリオンがラウンドの近くに接近していた。
「死ぬまで殺す!! いいねえ!! そういうの好きだぜ!! 俺様も混ぜな!!」
キラキラとした瞳で拳をふるう。
「勝手にしろ」
「どっちが多く殺すか!! 勝負だな!!」
長い長い、泥仕合が始まる。
「ようやく、脱出できましたな」
フランダースがウロボロスの循環する世界の謎を解き、脱出に成功する。
そして、その能力を封じこめ、巨大な岩の杭を生成し、ウロボロスの巨大な体に撃ちこむ。
ウロボロスは標本のように、床へ貼り付けられる。
喉の奥から、痛みと怒りを含んだ音が鳴り響く。
循環の能力が封印されたことで、隊員たちが循環する世界から帰還する。
必死に意識を失わないように体を振り回す者、既に意識を失って伏している者、諦めて寝ている者。
隊員たちの行動は様々だが、全員が帰還した。
突然、周囲に自分以外の人間が現れたことで、それぞれ警戒し、戦闘態勢に入ったが、彼らの着用する服がミックスの団服であることを確認すると、驚き、武器を下ろした。
そして、周囲を見渡す。
五百名という大隊の中から、見知った顔を見つけ、顔をほころばせるもの、駆け寄るもの、行動は様々だった。
共通しているのは一つ。
元の世界に戻ってくることができた喜び、その一点。
「フランダース隊長!」
「ご無事で!」
隊員たちの声に、フランダースは手をあげて答えながら、フロアを歩き回る。
意識を失っている隊員に近寄り、状況を確認する。
眠っているだけだと判断すれば、そのまま眠らせるために放っておき、衰弱していると判断すれば、即座に回復魔法の使える隊員を呼び寄せ、治療にあたらせる。
一通り隊を回り、命が危うい者こそいたものの、死者が一人もいないことに胸をなでおろす。
三日間。
何もない空間に、何もできない空間にいたのだ。
狂いもせず、死者がいないことは奇跡だ。
「プリンセス様、ご無事で」
そのままその足で、プリンセスの元へ行き、跪く。
「フランダース、貴方も無事でなによりで御座います」
やつれた表情で、プリンセスは微笑む。
「状況は、どうで御座いました?」
「は! 隊員全員の無事を確認いたしました。数十人ほど、衰弱していますが、回復魔法の使える隊員に、治療にあたってもらっています。しばらくすれば、回復するかと」
「そうで御座いますか」
「それと、バリオンの姿が見当たりません」
プリンセスが、ぴくりと眉を動かす。
三日前、一瞬だけ循環する世界から解放されたときのことを思い出す。
空間にひびが入り、砕けていく様子。
そして、もだえ苦しむウロボロスの姿。
突然のことで意識が追い付かないプリンセスの視界を、三つの影が横切った。
一人はバリオン。
そして、隊員ではない残りの二人。
三つの影は階段へと走り、その直後、ウロボロスが再び出現し、再び飲み込まれてしまったことを思い出した。
「バリオンは既に下層に……おそらくは、最終階層まで下りているので御座いましょうね」
「おそらく。しかし、未だにダンジョンが健在ということは」
「まだ、ジルコンのダンジョンを倒すことができていないということで御座いましょうね。……皆を、ここへ」
プリンセスの指示のもとミックスは歩を進める。
第七十一階層、突破。
第七十二階層、突破。
第七十三階層、突破。
第七十四階層、突破。
第七十五階層、突入。
飛び込んできたのは、無数のジルコンのダンジョン。
そして、それを迎え撃つ三人のハンター。
「!? おせえぞカスども!!」
バリオンが、罵倒を持って迎える。
ウロボロスの調和する世界から解放され、心身ともに疲れ果てている状況で、最終階層までの進軍、挙句の果てに到着したとたんのバリオンの罵倒。
何人かの隊員がムッと顔をしかめ、バリオンを見る。
そして、青ざめる。
何百何千と攻撃を受けたことがうかがえる、ぼろぼろの鎧に。
滝のように止めどなく流れる汗に。
真っ赤に充血したその目に。
およそ、正常ではない、その姿に。
「はっはああ!!」
それは、バリオンの近くにいる二人も同様。
いや、生々しい傷を負っているという点では、バリオンよりも酷い。
体に傷がつかないバリオンと違い、ラウンドとペアシェイプは、確実に傷を増やしていく。
大量の汗と大量の血が混ざりあい、ビシャビシャとした赤い液体が全身を流れる。
戦い慣れたハンターからして、異常な光景に、思わずミックスの全員が息をのむ。
「フランダアアアアアアス!!」
バリオンの叫びに、フランダースの意識が戻ってくる。
「何でもいいから魔法をかけろ!! 疲れたし腹減ったしねみいんだ!!」
まるで子供が駄々をこねるような、気の抜けた言葉の選択ではあるが、状況が、バリオンの表情が、悲痛な願いであると誰もがわかった。
「十番、ヒーリング!」
フランダースが魔法を使う。
対象の体力と精神力を回復させる魔法を。
バリオンは、誰にかけろ、とは言わなかったが、フランダースはその場にいる三人へと魔法をかけた。
「回復隊、前へ出ろ! あの三人に、回復魔法をかけ続けろ! 守備隊、結界隊、前へ出ろ! 回復隊を守れ! 他の隊は、ジルコンのダンジョンを討て!」
そして、全体に向かって指示を飛ばす。
プリンセスも、その内容に小さくうなづく。
やるべきことは一つ。
ダンジョンを討つこと。
『ぞろ……ぞろ……と……』
『無駄……じゃと……』
『言う……のに……』
五百の増援が着てなお、ジルコンのダンジョンは余裕の笑みを崩さない。
五百など、無限の前では数字でさえない。
やる事も変わらない。
ただただ、攻めるだけである。
回復という作業をしなければ、戦い続けることさえできない人間を眺めながら。
『ふぁ……ふぁ……ふぁ……』
「右から来るぞ! 迎え撃て!」
「こいつもう限界だ! 別のやつと変われ!」
声が、フロア中を駆け巡る。
数対数。
ジルコンのダンジョンは倒され続けるも、両者の数は不変である。
拮抗が続く。
だが、拮抗の終わりは、いつだって唐突にやってくる。
それはとても、つまらない理由で。
「……なんだ??」
バリオンが、自身の体に違和感を感じる。
自身の中にあった何かが、消えていく感覚が、全身を襲う。
その違和感で、僅かに動きが鈍った体を、ジルコンのダンジョンの槍が貫いた。
そう、貫いた。
「があ!!??」
「バリオン隊長!?」
不死身の――不死身だった体に穴が空き、血が流れる。
「ちっ……!! 石が……!!」
クロムスフェーンが沈黙した。
永久不変の能力が、バリオンの体から失われた。
こんなことは、バリオンにとって初めての経験である。
長時間使いすぎたのか、それとも別の要因があるのか。
理由はわからない。
が、理由を考えている余裕もない。
『ふぁ……ふぁ……』
今まで痛みを感じて戦っていたのが、痛みを感じて怪我をしながら戦う、に変わっただけだと、バリオンは剣を、腕を、魔法をふるう。
やる事は今までと変わらない。
問題は、バリオンの戦闘スタイルが、相手の攻撃を受けること前提の動きであるということだ。
防御を考えないバリオンの体には、他の隊員よりも速く、傷が増えていく。
切り傷が、刺し傷が、火傷が。
『ふぁ……ふぁ……』
『それが……人間の……』
『生物の……』
『『『『『限界』』』』』
ジルコンのダンジョンは笑う。
無限の自分を前に、有限の有象無象が手も足も出ないことを見下しながら、笑う。
「はっ」
ラウンドが笑う。
『なにが……おかしい……?』
「お前が気づいてねえことさ」
気が付けば、隣にいるペアシェイプも安堵の表情を浮かべている。
もはや物を掴むことさえできないだろう、ボロボロの両手。
全身に模様のように描かれる生傷。
とても、笑える状況ではない状況に、ジルコンのダンジョンは訝しむ。
『なにを……たくらんで……いる……』
「なにも」
次に気づいたのは、バリオン。
そして、ミックスの隊長たち。
さらに、ミックスの隊員たち。
ジルコンのダンジョンを退けつつ、その表情に少しだけ余裕ができる。
ラウンドが最終階層に突入してから、三十日後のことだった。
『なん……だと‥‥』
『言う……のだ……』
疑問を口にするジルコンのダンジョンの目の前に、空からかけらが落ちてくる。
かけらは、床に落ち、コツーンと心地よい音を出してはね、転がる。
『ん……?』
『これ……は……』
かけらが何かを確認しようと、手を伸ばし、触れる前にその正体に気づく。
崩壊を始めたダンジョンの残骸である。
ジルコンのダンジョンが上を向く。
その視界には、ひびの入ったダンジョンの空間が、今まさに砕けようとしていた瞬間が映った。
『は……?』
何が起こったかわからず、間の抜けた声を出す。
が、ジルコンのダンジョンの理解とは関係なく、崩壊は進む。
『なぜ……?』
その疑問に答えられるのは、この場に一人もいない。
ラウンド、ペアシェイプ、ミックス全員の体が光に包まれ、ダンジョンから消えた。
崩壊するダンジョンに取り残された無数のジルコンのダンジョンは、呆然と崩れ落ちるダンジョンを眺めていた。
そして、ゆっくりと気づき始めていた。
これから、ダンジョンが消滅することに。
これから、自分が消滅することに。
『負けた……のか……?』
無限の試練を司る、無限の体と自我を持つ、無限の命を持つ自分が、消滅することに。
否、そう思っていた自分が、消滅することに。
『わしが……?』
理由もわからないままに。
『消滅……するのか……?』
想像さえしなかった、死が襲ってきた。
拮抗の終わりは、いつだって唐突にやってくる。
それはとても、つまらない理由で。
ダンジョンが魔物化した日、ダンジョンは自然から生物となった。
無限の生命を持つダンジョンは、有限の生命を持つ生物となった。
結果、ジルコンのダンジョンは、生存に栄養が必要となっていた。
ダンジョンに入り込んだ人間を倒し、吸収し続けるという栄養摂取が必要となっていた。
そして今回、誰一人殺すことなく、吸収することなく、能力を使い続けた。
栄養がなくなるまで。
つまり死因は、餓死である。
ジルコンのダンジョンは消滅した。




