56話 ジルコンのダンジョン13
ジルコンのダンジョンの戦い方は、きわめてシンプル。
人海戦術の力押しである。
ジルコンのダンジョンは、老人のような見た目通りに、動きが俊敏ではない。
ゾンビほど遅いわけではないが、ハンターでない人間でも十分に攻撃をかわせるほどに遅い。
そして、それを補うように、数で押してくる。
一対一であれば、簡単にかわすことのできる剣も、その後ろで百の弓矢が構えられている状況では話が変わる。
一対一であれば、相殺できる魔法も、百体が同時に放ってくれば話は変わる。
それらは強力な攻撃となる。
さらにやっかいなことは、ジルコンのダンジョンが、他の個体の巻き添えをいっさい恐れていないことだ。
放った弓矢が別の個体にあたろうが、魔法が別の個体にあたろうが、あてた側もあてられた側も一切気にする様子がない。
どころか、手を伸ばして、巻き沿い覚悟で足止めさえしてくる。
集団戦という、味方に攻撃を当ててしまうリスクが完全に排除されていた。
ジルコンのダンジョンにとって、一体の個体が――自身が消滅するのは、髪が一本抜けるのと同じ感覚である。
抜けたところでたった一本。
どうせまたすぐに生えてくる。
軽い気持ちで、自身を殺してくる。
「くそっ!」
イライラしながら、歯ぎしりしながら、ラウンドはジルコンのダンジョンを退け続ける。
これはいつまで続くのか。
倒し続けるこの行為に意味はあるのか。
頭の中で何度も浮かぶ。
が、ジルコンのダンジョンの攻撃は止まらない。
止まらない以上、迎え撃つしかない。
迎え撃ちながら、考えるしかない。
『音魔法、金切り』
が、ジルコンのダンジョンは、それさえ邪魔をしてくる。
脳みそをやすりでごりごりと削るような怪音が、フロア全体を貫く。
「ぐっ!」
「っ!?」
ラウンドとペアシェイプが、思わず顔をしかめる。
しかめながらも、体を動かす。
耳を塞ぐ余裕はない。
周囲に、怪音によって隙ができるのを虎視眈々と待つジルコンのダンジョンが何体もいるのだから。
「はっはああ!!」
ただ一人バリオンだけが、元気に体を動かしていた。
剣で斬り、拳で殴り、掌でねじり切り、魔法で吹き飛ばす。
本能の赴くままに、防御を捨てて、ひたすらに攻撃する。
『そこ……じゃ……』
バリオンの死角から、槍が伸びる。
槍は、バリオンの左わき腹を捉える。
キイン。
そして、バリオンの皮膚にはじかれる。
『な……』
驚いたジルコンのダンジョンが、振り向きざまにふるったバリオンの剣に切断される。
首が胴体から離れ、驚いた表情の顔が宙を飛ぶ。
「はっはああ!!」
バリオンはその顔を、ボールのように蹴り飛ばす。
『攻撃が……効かない……?』
『なんの……能力だ……』
『ダンジョンの……力か……?』
バリオンは、自身の体に雷の魔法を叩き込む。
全身が通電して輝き、バチバチと激しい音を立て始める。
「クロムスフェーンだよ!!」
バリオンが叫び、雷を纏った体でジルコンのダンジョンを蹴り飛ばす。
瞬間、ジルコンのダンジョンの体を雷撃が襲い、周囲へ激しく放電する。
蹴り飛ばされた個体の周囲に立っていた個体も、雷撃に巻き込まれる。
『ぐ……』
『なる……ほど……』
『つまり……貴様は……』
『不老……不死……』
「知らねえよ!!死んだことねえからな!!」
バリオンの所有する石は、クロムスフェーン。
その能力は、所有者を永久不変にすることである。
どれだけ攻撃を受けても、傷を負うことはない。
どれだけ魔法を使おうと、魔力が切れることはない。
どれだけ年を取ろうと、姿が変わることはない。
所有している限り、何人たりともその姿に変化を与えることはできない。
ハリーウィンス国最強のハンター、通称不老不死のバリオン。
その能力をフルに活用した彼女の戦闘スタイルこそが、魔法武術である。
時に炎の魔法を自身に流し込み、発火する体で拳を繰り出す。
時に雷の魔法を自身に流し込み、放電する体で拳を繰り出す。
どれだけ炎を浴びても火傷せず、どれだけ雷を浴びても感電による心停止をしない、クロムスフェーンをもつバリオンだからこそ実現可能な戦闘スタイルである。
もっとも、不老不死とはいえ、痛みはきちんと感じる。
そのため、炎を浴びて雷を浴びて、その激痛に耐え、行動できるバリオンだからこその実現可能な戦闘スタイルではあろう。
雷を纏った拳が、次々とジルコンのダンジョンを貫く。
貫いた瞬間に放電し、周囲の個体が感電し、動きを止める。
動きが止まった的には、バリオンの拳が繰り出される。
それが繰り返される。
『不老……不死……』
『それは……こちらも……』
『同じ……こと……』
そして、バリオンを不老不死と呼ぶならば、ジルコンのダンジョンもまた不老不死と呼べるだろう。
無限に生み出される体と自我は、ジルコンのダンジョンという存在を決して殺すことはないのだから。
『まあ……』
『時間の……問題……』
バリオンの不老不死と、ジルコンのダンジョンの不老不死。
その最大の違いをあげるならば――。
第七十五階層に突入してから、一時間が経過していた。
ラウンドとペアシェイプ。
最初こそ背中合わせに戦っていた二人であるが、無数のジルコンのダンジョンを相手に物理的に押され、離れ離れになっていた。
ペアシェイプの目には、大剣を振り回すラウンドの姿が映っていたが、そこまで移動するために何百何千のジルコンのダンジョンを倒さなければならないかを考えると、うんざりするほどの労力である。
が、移動しない選択肢はなかった。
銃を構え、近づいてくるジルコンのダンジョンたちの額を、心臓を狙撃しつつ、足を動かす。
ペアシェイプは銃で戦うガンナーである。
そして十銃は、遠方の相手を攻撃するためのもの。
間違っても、手を伸ばせば触れられるほど接近した相手を倒し続けるための武器ではない。
それを知っているからこそ、ラウンドの元へと急ぐ。
今はすべてを止められているが、いつか限界が来ることに気づいているからだ。
体力が減れば、集中力が途切れれば、一手を誤り、銃を弾き飛ばされるだろう。
銃が弾き飛ばされれば、成すすべなく攻撃を受けるしかないだろう。
「まったく、情けないですね」
ラウンドの元から離れてしまったのは自身の失敗であると、自分に嫌気がさす。
自分一人で対処できないことに嫌気がさす。
ラウンドを頼ろうとしている自分に嫌気がさす。
ペアシェイプは感情を吐き出し、大きく息を吸い込む。
落ち込んでいる余裕などないと、気持ちをリセットする。
ドン。ドン。ドン。
銃口を向け、確実にジルコンのダンジョンを仕留めていく。
未来眼により、ターゲットの動きを読みながら、一発につき一体を確実に。
ペアシェイプの後ろから、首に向かって手が伸ばされる。
ペアシェイプは上半身を左へずらし、前方に伸ばしていた腕の肘を曲げ、銃口を自身の後方へと向け、引き金を引く。
弾丸は、ペアシェイプに伸ばされていた手の指を吹き飛ばし、その後にジルコンのダンジョンの額を貫いた。
そのまま手首を曲げ、後方に近づいてきていた三体の額も、撃ち抜く。
「ふぅー」
後ろを見るまでもなく、四体のジルコンのダンジョンが消滅したことを察する。
床を蹴り、空いた空間の後方へと跳躍し、空中で体をひねる。
振り向き、前後を入れ替える。
ドン。ドン。ドン。
振り向きざまに三発を額へ打ち込む。
『銃だ……』
『接近……戦に……持ち込め……』
『わしらが……有利じゃ……』
自身の銃の腕にうぬぼれる余裕も、感傷に浸る間もない。
撃ち続ける。
体力が、精神力が、続くまで。
『はずれ……じゃ……』
三時間後。
一発を、はずした。
止められなかった一本の手が、ペアシェイプの右手の銃を掴み、銃口を床へ無理やり向ける。
ペアシェイプは、もう一丁の銃を急いで向けようとするが、向けて気づいた。
その銃で撃とうとしていた個体をフリーにしてしまったことを。
左のわき腹に、衝撃が入る。
「ぐうっ……!!」
ぐらついたペアシェイプに無数の手が伸びる。
銃に手が伸びる。銃を奪うために。
手足に手が伸びる。動きを奪うために。
心臓に手が伸びる。命を奪うために。
「ペアシェイプ!!くそ、どけ!!邪魔だ!!」
遠くから、ラウンドの声が聞こえる。
千里眼でペアシェイプから姿は見えるが、ラウンドからは見えない距離から。
『まず……一人……』
ジルコンのダンジョンが笑う。
「なめんな、馬鹿が」
ペアシェイプも笑う。
そして、ペアシェイプの前方に、小さな赤い球が出現する。
ペアシェイプの特技は、魔法の圧縮である。
銃の弾丸を岩の魔法で作る彼女は、一発の威力を最大化するために研究を重ねた。
弾丸という小さな体積に、より多くの破壊力を持たすため、より多くの魔力を圧縮し、強度を上げてきた。
ではこれを、岩の魔法以外に使ったらどうなるか。
ペアシェイプの前方に出現した、圧縮さてた炎の魔法が弾ける。
ゴオオオオオオオオオオオン。
爆発音とともに、圧縮の中心から、炎の塊が放出される。
激しい熱と爆風が、周囲のものを吹き飛ばす。
『ぬ……』
『お……』
爆炎の中に、一つの影が立っていた。
「私、ガンナーなんですけどね」
腹部に火傷を負い、両手にそれぞれ赤い球を浮かべながら、ペアシェイプは悲しそうに笑った。
「修行が足りませんね」
二つの赤い球は左右に放たれ、爆発し、ジルコンのダンジョンたちを吹き飛ばす。
ペアシェイプの両手の負傷と引き換えに。
ブリリアントの幹部、ペアシェイプ。
二つの固有魔法という魔法使いの才能をもって生まれ、どれだけ努力しても岩の魔法以外を暴発させてしまうほどに魔法使いの才能がない女性。




