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53話 ジルコンのダンジョン10

 第二十階層では、ジャイアント分裂オクトパスの足が、ラウンドとペアシェイプを捉えようと伸びてくる。

 が、八方向から向かってくる足は、無限に伸びるわけでもないため、大きく迂回すれば恐れるに足らない。

 威嚇がてら、ペアシェイプが発砲し、怯んでいる間に下層への階段を駆け下りる。

 

 第三十階層では、騎士ゾンビが俊敏な動きで斬りかかってくる。

 が、俊敏とはいえゾンビである。

 よほどブリリアントのハンターの方が俊敏だろうと心の中で呆れつつ、ラウンドによって蹴り飛ばされる。

 遠くに転がる騎士ゾンビを無視し、下層への階段を駆け下りる。

 

 第四十階層では、シールゾンビが動きを封じようと封印魔法を放ってくる。

 が、封印魔法の届く距離は広くはない。

 そのうえ、シールゾンビ自身は足が遅い部類である。

 ラウンドが岩の魔法で封印魔法の届かない距離に橋を作り、下層への階段を駆け下りる。

 

 第五十階層では、八岐大蛇が四方八方から首を伸ばしてくる。

 が、やることはジャイアント分裂オクトパスの時と変わらない。

 大きく迂回すれば恐れるに足らない。

 しいていえば、ジャイアント分裂オクトパスよりも動きが速いため、即座に迂回先へ回り込もうとしてきたが、ラウンドとペアシェイプの方が速く、下層への階段を駆け下りる。

 

 第六十階層では、煙状八岐大蛇が四方八方から首を伸ばしてくる。

 中略。

 下層への階段を駆け下りる。

 

「フロアボスを倒さなくていいとなると、攻略がはかどるな」

 

「そうですね」

 

 ラウンドとペアシェイプは、第六十九階層を駆け抜ける。

 下層への階段の場所は、第六十九階層に入った時点で、空から確認済みである。

 後は、フロア中を這いずり回る八岐大蛇を躱し、階段を降りるだけである。

 

 全方位から襲ってくる八岐大蛇に立ち向かうことはせず、ペアシェイプが八岐大蛇の目を銃で撃ち抜き、視界を奪う。

 ラウンドも同様、岩の魔法で先端の尖った岩を作り、八岐大蛇の目を撃ち抜き、視界を奪う。

 八岐大蛇は、首を斬り落とせば高速に再生してしまうが、それ以外の部位が欠損しようとも再生しない。

 ならば、首を殺さず、動きを殺せばいい。

 

 使い物にならなくなった首には、別の首が噛みつき、意図的に斬り落とすことで無理やり再生をしていた。

 が、その時間があれば十分、八岐大蛇の横を抜け、射程範囲から外れることはできる。

 

「見えてきたな」

 

「そうですね」

 

 戦闘をすることなく、下層への階段を踏む。

 

 第六十九階層、突破。

 

 第七十階層、突入。

 

 そして、下層への階段が出現していないフロアと、そのフロアに浮かぶフロアボス――神獣ウロボロスを捉えた。

 

「追いついた……のか?」

 

 ラウンドは、捉えた光景に強い違和感を感じた。

 下層への階段が出現していないということは、目の前のフロアボスをミックスはまだ倒していないということだ。

 だが、ミックスはこのフロアにも、通路内にもいなかった。

 では、果たしてミックスはどこへ行ったのか、と。

 

 考えられることは三つ。

 

 一つ。

 ミックスが第七十階層へ到着していないこと。

 ジルコンのダンジョンの通路は、通路とは名ばかりの、壁のない無限に広がる空間である。

 どこかの階層で道を誤り、気づかない間に抜かしてしまった可能性。

 とはいえ、仮にも三大ギルドの一つ。

 この程度で道に迷うとは考えにくい。

 

 二つ。

 第七十階層で全滅したということ。

 過去、ミックスが攻略したダンジョンは、六十階層が最大である。

 つまり、第七十階層のフロアボスと対峙した前例がなく、その実力の前に敗北した可能性。

 その場合、フロアにミックスの死体も血も残っていないのは不可解である。

 

 三つ。

 目の前のウロボロスの能力により、何かが起きているということ。

 ラウンドの知らない何かが。

 

 ともかく、フロアボスを目の前に、ペアシェイプが銃を抜き、ウロボロスの目へと照準を当てる。

 そして、引き金を引く。

 

 ドン。

 

 銃声と共に、魔力で作った岩の塊がウロボロスへと放たれる。

 岩の塊は、高速でウロボロスへ接近していき、しかし決して到達することはなかった。

 

 ウロボロスの視線が動き、ラウンドとペアシェイプの二人を捉えたのは、銃声と同時だった。

 瞬間、ラウンドの背中に寒気が走る。

 理由はわからない。

 何かはわからない。

 が、本能が体を動かし、咄嗟に左手でペアシェイプの右手を掴む。

 銃を持っていたペアシェイプの右手を。

 

「!? マスター?」

 

 ペアシェイプは、突然右手をつかまれたことに驚き、二発目を撃とうとしていた手を止める。

 掴まれた右手を見てからラウンドの表情を見る。

 そこには、一滴の冷汗を流し、少し焦りを見せたラウンドの表情があった。

 

「マスター、どうかなさいましたか?」

 

「いや」

 

 銃での攻撃を止めたようにもとれるラウンドの行動の理由を聞くも、ラウンドから明確な答えは出なかった。

 否、ラウンド自身も出せなかった。

 本能が、攻撃することを止め、ペアシェイプに触れなければならないと、体を動かした。

 

「わかりました」

 

 ペアシェイプは、銃を下ろす。

 ラウンドから明確な理由をもらってはいないが、ラウンドの心中を察し、その行動を理由なく信じた。

 

「手も、しばらく繋いでおきますか?」

 

「ああ」

 

 離れるとまずいと告げる本能のままに。

 

 ラウンドは、ウロボロスとその周囲を見回す。

 先程ペアシェイプの放った銃弾とウロボロス以外、何もない。

 何一つない。

 ただただ、無限に続いているだろう空間が広がっているのみである。

 

「ペアシェイプ、お前の千里眼でも何も見えないか?」

 

「んー……見えませんね」

 

「そうか」

 

 ペアシェイプの千里眼をもってしても何も見えない以上、ここには何もないのだろうと、ラウンドは確信を強める。

 そう、何もないのだ。

 ミックスが滞在した形跡も、何一つないのだ。

 

 ラウンドの中にあった、ミックスの行方の三つの可能性。

 一つ目、道を誤る可能性は、自身が間違えなかった以上、ミックスも間違えないだろうという信頼の元、消える。

 二つ目、全滅した可能性は、戦闘の形跡さえない以上、消える。

 仮に、ウロボロスが跡形も形跡も残さず消滅させる攻撃ができるならばその限りではないが、ウロボロスは攻撃どころか動いてさえいない。

 残るは三つ目。

 ウロボロスの能力。

 

「幻術か、転移が」

 

 幻術であれば。何もない空間の幻を魅せられていると考えると、何もないことに頷ける。

 転移であれば、ミックス全体をどこかへ飛ばしていると考えると、何もないことに頷ける。

 

 ただし、転移であれば、ウロボロスが転移の魔法を放っていてもおかしくないが、それがない。

 

「幻術の類か?」

 

 ラウンドはそう結論付ける。

 

「マスター?」

 

「ペアシェイプ、未来眼を使え」

 

「わかりました」

 

 ペアシェイプは二つの固有魔法を使える。

 一つは千里眼。

 そしてもう一つは、未来眼だ。

 

 未来眼は、対象の未来を見ることができる能力である。

 といっても、最大で十秒後の未来ではあるが。

 しかし、ペアシェイプにとって、十秒後の未来で十分。

 千里眼で遠方の魔物を視認し、未来眼で銃弾が到達した時点の魔物の位置を把握し、そこへ銃弾を叩き込む。

 この二つの能力により、ペアシェイプの銃撃は不可避となり、ガンナーとしての知名度を高めていった。

 

 そしてこの未来眼、対象が幻であれば、そもそも未来が存在しないため、未来を見ることができない。

 逆を言えば、未来が見えない物は幻の可能性が高い、ということだ。

 

 ペアシェイプは、未来眼により、この場の全ての未来を見通す。

 空間は変わらない。

 もともと、床は動かないから当然といえば当然だ。

 ウロボロスも変わらない。

 幻の可能性もあるが、突入からずっと微動だにしていないため、確信はない。

 ペアシェイプが最も気になったのは、先ほど放った銃弾である。

 

「マスター、銃弾が、妙な未来を指しています」

 

「妙な未来?」

 

「現在の地点よりも前にいる時があれば、後ろにいる時もあります」

 

「確かに妙だな」

 

 前方に進み続ける銃弾が、未来で現在より後方にいるという事実が、未来眼により見通される。

 未来眼で未来が見えるということは、少なくとも銃弾自体は幻ではない。

 が、その動きは幻と言っても差し支えないほどに妙である。

 

「ペアシェイプ、後何発か撃ってみてくれ」

 

「はい」

 

 さらに三発の銃弾が放たれる。

 

「どうだ?」

 

「同じです。放った直後は、常に前へ進んでいましたが、ある地点から後ろに戻っているようでした」

 

「空間がループでもしてるのかもな。近づくなよ」

 

 ラウンドの推測は、おおむね正しい。

 ウロボロスの能力は、循環。

 開始された行動を循環させ、決して結末にたどり着かせない能力である。

 契機は、行動を開始すること。

 近づくという行動を開始すれば、決して近づくという結末にたどり着けない。

 魔法や銃弾を放てば、それは決してウロボロスを撃ち抜くという結末に届かない。

 さらに、終わりにたどり着かせないということは、結末が訪れないだけでなく、中断することもできない。

 一度近づこうとしたが最後、近づくことは当然、逆に離れることもできなくなり、たった一人、循環する世界に取り残される。

 

 そしてウロボロスは、ただ待つだけだ。

 進むことも引くこともできなくなった世界で、人間が狂い、自壊していくのを。

 

 ウロボロスは眺める。

 第七十階層に足を踏み入れた全員を。

 循環する世界の外から。

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