54話 ジルコンのダンジョン11
ウロボロスは眺める。
第七十階層に足を踏み入れた二人を。
循環する世界の外から。
唯一、二人で取り残された循環する世界を。
銃で発砲するという行動を契機に、循環する世界は作り出された。
循環する世界は、ペアシェイプ一人を飲み込み、作り出されるはずだった。
が、銃で発砲する瞬間、ラウンドがペアシェイプの手を掴んだことにより、二人が繋がったことにより、二人が同じ循環する世界に飲み込まれた。
「どうすっかな」
「どうしましょうね」
特定の地点でループをしていると仮定を立てたラウンドたちは、検証を開始する。
銃弾と魔法を、一発ずつウロボロスへと撃ちこんだところ、最初の銃弾と同様にウロボロスへ接近していき、しかし決して到達することはなかった。
次に、銃を床へと撃ちこんだところ、銃弾は床に到達することはなかった。
次に、銃をウロボロスとは真逆の方向へと撃ち込んだ。
「五キロメートル先で、銃弾の落下を確認しました、マスター」
銃弾は大きな放物線を描いて、そのまま床へと落下した。
「ループするのは、何かにあたる時だけみたいだな」
確認した事象から、ウロボロスの能力を仮定する。
とはいえ、攻略にはつながらない。
ウロボロスへの攻撃が届かない以上、ウロボロスを倒せない。
ウロボロスが倒せない以上、ウロボロスの能力も解かれない。
循環する世界から出ることはできない。
「ペアシェイプ、未来眼でウロボロスを見張り続けろ。少しでも違和感を感じたら言え」
「承知しました、マスター」
ペアシェイプの未来眼が発動する。
ラウンドの魔法が発動する。
岩の魔法で次々と鋭利な岩のかけらを作り出し、ウロボロスへの攻撃とならない方向へ放ち続ける。
周囲の床へ岩のかけらが突き刺さる。
無限に続く空間へ、岩のかけらが等速直線運動をする。
ウロボロスの瞳が、僅かに動く。
二人を視界にとらえたままに、岩の行く手を目で追う。
が、すぐに二人へと戻す。
ラウンドの行動の意図こそわからないが、自身に危害が及ぶものではないと判断し、放置した。
対象を見続けることで、この循環する世界は維持される。
その制約に、ウロボロスの思考が奪われたことも、放置した一因であろう。
ラウンドが四方八方へ岩の放出し始めて数分、あるいは数十分、あるいは数時間。
ペアシェイプが岩のかけらを視界にとらえる。
ウロボロスが気づかないほどのはるか上空で、二人の視線を横切った。
「マスター、岩のかけらが通過しました。七百十二と彫られています」
「わかった」
さらに数分、あるいは数十分、あるいは数時間。
「二千二十番が通過しました」
「ああ」
岩のかけらが一つ、ラウンドの足元の床へと刺さった。
「千百二十番が通過しました」
「ああ。俺も見えた」
空間の果てに放った岩のかけらが、あり得ない方向から現れたのを確認した。
ラウンドは、岩に刻んだ番号と、それを放った方向を記憶の底から漁りだし、頭の中で計算する。
循環する世界が、空間がループする世界が、どうねじれているのかを。
どこに放てば、どこに到達するのかを。
「わかった」
魔力をさらに強める。
槍のように巨大で鋭利な岩を持ち、大きく振りかぶって投げる。
ウロボロスのいない方向へと。
循環する世界は、開始された行動を、結末にたどり着かせなくする能力である。
ウロボロスに向けた攻撃は、開始と終了の狭間を循環し、決してウロボロスにあたることはない。
では、ウロボロスに向けていない攻撃はどうか。
それは攻撃を開始したという契機を満たすと言うだろうか。
床に向けて放っていない岩のかけらが、床に刺さった。
それが答えだろう。
数分、あるいは数十分、あるいは数時間。
ラウンドの放った岩の槍が、どこからともなく現れ、ウロボロスの瞳を貫いた。
「ギシャアアアアアアアアア!!??」
ウロボロスが叫ぶ。
痛みのあまり、口を大きく開き、咥えていた尾を放してしまう。
自身を循環し続けることで、この循環する世界は維持される。
尾が放され、ウロボロスの体が循環する円から循環しない曲線へと変わる。
循環する世界は崩壊する。
「素晴らしい狙撃です、マスター」
「ああ」
ダンジョンが崩れる時のように、空間にひびが入り、循環する世界が崩壊する。
そして、第七十階層のフロアが、ミックスの隊員たちがいる本物のフロアが出現する。
そして、フロアの中心では、目に岩の槍を受け、もだえ苦しむウロボロスの姿があった。
苦しそうな表情のまま、頭と尾を動かし、必死に尾を噛もうとしている。
「走れ、ペアシェイプ」
「はい、マスター」
ミックスの隊員には目もくれず、ラウンドとペアシェイプは走る。
今ならば攻撃が届くと、理由はないが確信があった。
「はっはああ!! よくわからんが、蛇が寝てやがる!!」
同時にもう一つ、走り始めた影があった。
ミックスのリーダー、バリオンが走る。
三人が並ぶ。
「ああ!? てめえ誰だ??」
バリオンは、ラウンドを知らない。
戦闘以外に興味がなく、三大ギルドという言葉さえも記憶の片隅にしかない。
「…………」
ラウンドは、バリオンを知っている。
ミックスのリーダーであるということも、この場面であっても下手な返答をしようものなら斬りかかってくる気性の持ち主であるということも。
ゆえに、沈黙を貫いた。
「まあ、誰でもいいか!!」
バリオンはすぐに興味をなくし、視線を前方へ、ウロボロスへと向ける。
「すげえ!! 近づけるぞ!!」
先程まで、どれだけ近づこうとしても近づけなかったウロボロスに、走れば走るほど近づいている事実に、バリオンは歓喜の声をあげる。
喜びのまま、剣に手を伸ばす。
「シャアアアアア!!!!」
ウロボロスが叫ぶ。
「おっらあ!!」
同時に、バリオンの剣が振り下ろされる。
ウロボロスの首が斬り落とされる。
必死に動いていた首と尾が動きを止め、力なく床へ落ちる。
そのまま、消滅していく。
下層への階段が出現する。
「降りるぞ」
「はい」
ウロボロスを完全に無視し、ラウンドとペアシェイプは出現した階段に踏み込む。
「いくぞカスども!!」
バリオンも階段の出現を確認し、踏み込む。
第七十階層、突破。
多くのミックスのメンバーを残して、だが。
未だにほとんどのミックスのメンバーは、意識がもうろうとしていた。
時間感覚を奪われてから、およそ二日間。
食事も睡眠もとることを忘れ、気づいたときには体が動かず、意識が途切れた隊員が大半だった。
もっとも、ダンジョンにおいて、体調は関係ない。
無限の試練は、その性質に従って、ウロボロスを再生させる。
「いかん!」
フランダースが気づき、転移の魔法で隊を階段の付近まで移動させる。
既に隊員たちに、ウロボロスの作る循環する世界を耐える気力がないことはわかっていた。
フロアボスの能力は、フロア内でしか効力を発揮しない。
階段にさえ踏み入れてしまえば、ウロボロスの能力を回避できると、急いで階段へと落とす。
ウロボロスが再生する。
そして再び、循環する世界を作り出す。
再び、飲み込まれる。
循環する世界へと。




