33話 アメシストのダンジョン04
「レッドクロウを飛ばせ!」
ショメ国の王宮――玉座の間にて、国王が声を張り上げる。
それを聞いた一人が、焦った表情で玉座の間を出ていく。
レッドクロウ。
赤いカラス。
貴族以上の人間は、立場もあって他国への行き来が制限される。
王族ともなればなおさらである。
そんな彼らが他国の人間と連絡を取る場合、三つの手段がある。
一つ目は、ハンターを雇って、手紙を届けさせること。
最も安価だが、時間もかかり、配達中に盗賊へ襲われるリスクもある。
裕福ではない下級貴族が好んで使う方法だ。
二つ目は、ブラッククロウ――黒いカラスに手紙を届けさせること。
強い帰省本能と、雲よりも高い位置を飛ぶという性質をもつので、盗賊の手の届かないルートで安全に届けることができる。
ただし、王族の管理下にあるため、安くはない寄付が必要となる。
三つめは、レッドクロウ――赤いカラスに手紙を届けさせること。
ブラッククロウと同様の本能をもち、なおかつブラッククロウの倍以上速い飛行速度を誇る。
基本的に、王族のみが使用できる。
また、レッドクロウに限り、各国共通のルールが存在する。
即手続きや検閲を無視して、本人へ直接手紙を届けるというルールが。
当然、滅多なことでは使うことが許されない。
使ってよいのは、八つの国全体にとっての緊急時。
魔物が一体出現した。
それを国王は、厄災の前兆と考え、レッドクロウを飛ばすに十分な理由だと判断した。
「それで、今わかっていることは?」
「はっ! 未だ推測の域を出ませんが、魔物の現れた方角から、アメジストのダンジョンから魔物が放たれたのではないかと考えております。そのうえ、本日はハンターギルド、ブリリアントが討伐に経った日。ダンジョンの試練によるものではないかと」
「……ダンジョンの、試練か」
「現在、探索隊を組織し、アメシストのダンジョンの状況を確認に向かわせております」
「わかった」
もしもダンジョンの試練であれば、どうしようもない。
あれは自然災害そのもの。
ダンジョンが討伐されるか、ブリリアントが全滅するまで、魔物の出現は止められないと考えた。
どちらにせよ、国への被害は多かれ少なかれ出る。
責任の所在はまず後に回し、次に起こりうることへの対策を。
国王は、口を開く。
「国民全体に、町から出ないように伝えよ。理由は……そうだな。獣の群れが近づいている、とでもしておくように。町には、魔物の襲来に備え、兵を配置せよ。国内のハンターにも、協力を仰げ」
適度な虚偽を含めて、淡々とやるべきことを告げていく。
国を混乱させないことも、また王族の務め。
兵たちはあわただしく動き始める。
数時間後の、魔物の襲来に備えて。
レッドクロウが届くより少し早く、一匹の魔物が――スピードバットが、ハリーウィンス国に到着する。
国境を守る兵たちは、突然の魔物の襲来に驚きはしたものの、速やかに魔物を討伐するために動いた。
国境を守る兵たちは、国への侵入者を止めるために、日夜訓練を積んでいる。
対人訓練を主としてはいるが、万が一に備えての対魔物の訓練も行っている。
訓練通りに動き、一人の負傷者もなく、スピードバットを即座に撃ちとる。
だが、これでひと段落、というわけにはいかない。
魔物の出現は、厄災の前兆の可能性もある。
厄災の場合、先ほどの一体のスピードバットは前座でしかなく、後々に大量のスピードバットが、否、スピードバットとは比べ物にならないほどの強さを持つ大量の魔物が押し寄せてくることが、想像に難くない。
兵たちは急いで王宮へと向かう。
魔物の出現を、速やかにハリーウィンス国の国王へ元へと届けるために。
「魔物が現れたと?」
「はっ!」
ハリーウィンス国の王宮、玉座の間にて、ハリーウィンス国の国王であるファイブ・ハリーウィンスは、兵の報告を聞いていた。
王族という地位に加え、金色の短髪と金色の瞳に芸術とさえ思えるほどに端正な顔立ち。
ファイブ・ハリーウィンスは、全てをもって生まれてきた。
また、その才能に胡坐をかくことなく、幼いころから学問や武術にも取り組み、自身に磨きをかけてきた。
鍛え抜かれた肉体は、その努力を形にした結果である。
才能と努力の両者を持つファイブ・ハリーウィンスは、魔物と聞いても余裕の表情を崩さない。
絶対的な自分への自信ゆえ。
「厄災か?」
「まだ情報が少なくわかりかねますが、その可能性はあるかと……」
「し、失礼します!ただいま、レッドカラスが到着しました!」
会話を遮るように玉座の間の扉が開かれ、一人の兵が飛び込んできた。
手には、レッドクロウの運んできた手紙が握られている。
「どこからだ?」
「ショメ国の国王からです」
「もってこい」
ファイブ・ハリーウィンスが付き人に命令し、兵から手紙を受け取らせる。
それを手に取り、黙読する。
「はっ」
そして鼻で笑い、破り捨てる。
バラバラになった手紙が、玉座の周囲を舞う。
「……手紙には、なんと?」
「二割は、ショメ国の国内で魔物を確認、厄災の可能性がある、という忠告だ。残りの八割は、ショメ国に責任はないという言い訳の羅列だ。ははっはっ! 小心者のじじいらしい手紙だ!」
「……二つの国で魔物を確認となると、いよいよ厄災の可能性が高まってきましたな。早急に、国内のハンターを集めて」
「必要ない」
ファイブ・ハリーウィンスが、貴族の提案を拒否する。
なぜなら、ハリーウィンス国が、厄災ごときに脅かされるなど、微塵も考えていないから。
その根拠こそが、ハリーウィンス国の抱える絶対の戦力。
三大ギルドの一角にして、世界最大のハンターギルド、ミックスの存在である。
「バリオンを呼べ」
だから一言でいいのだ。
ミックスのギルドマスター、バリオンを呼ぶ一言だけで。
ハリーウィンス国の王宮の敷地には、五つの建物が存在する。
王族が仕事や寝食に使用する知の館。
王族に仕える使用人が仕事や寝食に使用する従の館。
王族に仕える兵が仕事や寝食に使用する技の館。
王族と王族以外が交流を行うための迎の館。
そして、ハンターギルド・ミックスの拠点でもある力の館。
力の館は、五階建ての建物で、ギルドとしての力を見せつける様に巨大な建物である。
また、建物の周りには広い稽古場があり、常にハンターたちが修練にいそしんでいる。
ミックスのギルドマスターであるバリオンは、五階にある自室にいた。
服も下着も身につけないまま、布団の上に大の字になって眠っていた。
服と下着は、邪魔だからと自身で投げ捨てた。
眠る直前には一応布団をかけていたのだが、眠りについてすぐに寝相で跳ねのけ、遠くの方へと押しやってしまった。
服も下着も布団も、部屋中に散乱し、強盗でも入ったような有様である。
また、散乱しているのは、物だけではない。
バリオンのいびきの中、三人の男性が、バリオンの近くで寝息を立てていた。
全員に共通しているのは、バリオン同様に服も下着も身に着けていない、裸であるということだけだ。
そんなバリオンの部屋の扉が、コンコンとノックされる。
「バリオン殿、国王様がお呼びだ」
部屋の外からかけられた声も、バリオンのいびきにかき消される。
しばらくして、ドンドンと、先ほどよりも強めのノックがされる。
が、やはりバリオンの耳には届かない。
「バリオン殿! 国王様がお呼びだ!」
ドンドンドン。
ドンドンドン。
少々のいら立ちを乗せた拳が、扉を何度もたたく。
が、やはりバリオンの耳には届かない。
「バリオン殿! 入りますぞ!」
しびれを切らし、兵が扉を開く。
鍵はかかってなく、あっさりと開いた。
扉の奥は薄暗く、中の様子がすぐにはわからない。
代わりに、部屋に充満していた独特の匂いが兵の鼻を刺激し、薄暗い中で何が行われていたか、そして今はどのような状況になっているかを、兵は嫌でも理解した。
匂いと想像できる状況に顔をしかめながらも、部屋の中に踏み込み、カーテンを開き、窓を開ける。
部屋の中に差し込まれた光が、部屋の惨状を明々と照らす。
兵は、一人の女性と三人の男性を確認し、女性へと近づき、耳に口を近づける。
「バリオン殿!! 国王様が!! お呼びだ!!」
「んあ??」
耳元で叫ばれたことで、バリオンは目を覚ます。
眠そうにゆっくりと目を開け、耳元で叫んだだろう人間の影をぼんやりととらえる。
そして、その影に向かって、全力で拳を振るう。
拳は、その影の――兵の脛を的確にとらえる。
「んぎゃあああああああああ!?」
突然の攻撃に、兵は脛を抑えてうずくまり、バリオンを睨みつける。
「何を」
うずくまって、低くなった顔に向かい、バリオンは二発目の拳を撃ちこむ。
目と目の間をきれいに撃ち抜いた拳は、その一発で兵の意識を九割かりとった。
兵はそのまま後ろに倒れ、朦朧とした意識のまま仰向けになった。
「あー!! よく寝た!!」
目が完全に開いたバリオンは、ぐっと腕を伸ばして体をほぐし、立ち上がる。
そして、先程殴ったものが何かを確認するために部屋を見渡し、仰向けの兵を見つける。
「なんだお前?? 誰の使いだ??」
兵を見下ろしたまま、バリオンは問いかける。
ここはバリオンの寝室であり、通常は自分の許可した人間以外が入ってくることはない場所だ。
にも拘らず寝室にいる人間ということは、バリオンよりも上の地位の人間の使いだろうと考えた。
そして、バリオンよりも上の地位ということは、王族と一部の貴族に限られる。
バリオンの頭には、三人の人間が浮かんでいた。
「……国王様からの……使いだ!」
鼻血の流れる鼻をおさえながら、兵は答えた。
それから十分もしないうちに、彼女は来た。
「待て! 止まれ! 貴様、そんな恰好で……!!」
「場をわきまえろ! この先には国王様が……待て! 止まれ!!」
兵たちの絶叫に囲まれて。
玉座の間の扉が、乱暴に開かれる。
「魔物が出たんだって? ファイブ」
国王を呼び捨てにしたその女性は、ギラギラとした眼光と共に足を踏み入れた。
腰まで伸びるパーマのかかった金髪は、高貴ささえ感じさせるが、その服装はスラム街に住まう者たちのそれだった。
使い古され、動きやすさに特化された穴だらけのシャツと短パンからは、素肌がチラチラと覗いている。
数人の兵士が思わず目を背け、同席していた貴族たちが露骨に顔をしかめる。
中には、恐怖に顔が引きつっている者もいた。
当然である。
本来であれば、国王を呼び捨てした者の末路は、不敬罪による死罪である。
だが、ファイブ・ハリーウィンスは気にした様子もない。
彼がバリオンに求めるのは、礼儀でも常識でもなく、実力のみ。
「ああ。早急に対処しろ」
「だが、一体だけだろ? それも、スピードバット……第ニ十階層未満の魔物じゃねえか。やる気がでねえよ。てめぇらで勝手に対処しろよ」
「もしかすると、厄災の可能性がある。そうであれば、第六十階層以降の魔物が出てきた前例がある。どうだ、これでもやる気が」
ファイブ・ハリーウィンスの問いかけに、バリオンは笑顔をもって答えた。
思わず、周囲がどよめくような、凶悪な笑顔。
バリオンはそのまま身体を翻し、玉座の間を出ていった。
ファイブ・ハリーウィンスが話している途中だったことから、兵たちが焦って止めようとしたが、首をつかまれ、そのまま床にたたきつけられた。
兵はあっさりと意識を手放す。
時間が惜しいのだ。
バリオンの興味は、既に向かってくるであろう魔物を返り討ちにすることにしか向いてなかった。
「魔物の問題は片付いたな。次の議題は何だ」
ファイブ・ハリーウィンスもまた、魔物の存在から興味を手放した。
「喜べ、カスども!! 楽しい楽しい殺戮だ!! 魔物だから殺し放題!! 存分に殺すぞ!!」
バリオンは、ギルドに戻った瞬間、高らかに笑った。




