21話 ベリドットのダンジョン05
第三十一階層。
バットとスライムの数が減り、代わりにいたのは、限りなく人間に近い容姿を持つ二対の魔物。
男性型の魔物、インキュバス。
女性型の魔物、サキュバス。
どちらも、優れた容姿だと断ずるにいささかの躊躇いもないほどの美形である。
そのうえどちらも服を着ておらず、その体は異性の性欲を掻き立てるに十分なプロポーションであった。
インキュバスとサキュバスの手首は、ラウンドたちと同様にリングでつながっており、ベリドットのダンジョンの公平性がうかがえる。
二人はラウンドたちに見せつけるかのように体を密着させ、手で舌で、お互いの体を触りあう。
「夫婦の幸福の試練。ここからが本領発揮、というわけだな」
おさらいしよう。
ベリドットのダンジョンは、夫婦の幸福の試練。
男女ペアでなければダンジョンへ入ることができない。
男女ペアは一心同体であり、仲違いをした場合は石化し、片方が死ねばもう片方も死ぬ。
魅力的な異性型の魔物が、ハンターを誘惑する。
誘惑によって、意識がペアからそれてしまうと、一心同体でなくなり、ペナルティとして石化する。
異性と番うことによって繁殖をしてきた人間の性欲を弄ぶ、その本能に訴えかける、凶悪な試練の本領発揮である。
「潰せ、マーキーズ」
「なんじゃ? 裸のやつらがいっぱいおるのう。魔物とはいえ人の姿、潰すのはちいと心が痛むのう」
ラウンド。
ダンジョン討伐に心を奪われ、人間の感情を捨てきったハンター。
マーキーズ。
思春期未経験で性欲という概念が発展途上なハンター。
ベリドットのダンジョンにとって不幸だったのは、ラウンドとマーキーズが異性の裸ごときでは心を動かされなかったこと。
紙人形のように、インキュバスとサキュバスは踏みつぶされ、消滅した。
次から次へと現れるインキュバスとサキュバス。
その容姿は、一人として同じ者はない。
格好いい、可愛い、綺麗、美しい、様々なタイプの顔が出てくる。
中肉中背、ほっそり、筋肉質、ぽっちゃり、グラマー、様々なタイプの体型が出てくる。
まるで、好みのタイプを当てるゲームでもしているように。
次から次へと現れる。
全裸で。
それを構わず潰して進む。
「ぬ、分かれ道じゃ。オーバル、次はどっち……なにをしておるのじゃ?」
振り向いたマーキーズの目には、目を塞いで、外を見ないように努めているオーバルとハートがいた。
「俺に話しかけるなあ!!」
「私のペアはオーバル(はぁと)、私のペアはオーバル(はぁと)、私のペアはオーバル(はぁと)」
オーバル。
三十五年の実績で名声を得て、適度な女遊びもしている、人並み以上の性欲を持つハンター。
ハート。
ラウンド以外の男性という条件であれば、人並みの性欲を持つハンター。
二人ともそれを知っているから、外に広がっているだろう美男美女の裸体を見れば自分のペアに対して以上の心が動くと知っているから、目を閉じたのだ。
残りをラウンドとマーキーズに託して。
「オーバル? ハート?」
「後は任せたマスター!!」
「後はお願いラウンド(はぁと)!!」
「……道を間違えたら引き返す。右だ」
「右じゃな」
オーバルの無力化により、道を誤る回数が増え、一階層当たりの攻略時間は着実に伸びていった。
それでも、戦闘の面では、ゴーレムの敵になる魔物はおらず、ダンジョンの奥へと進んでいった。
第三十一階層、突破。
第三十二階層、突破。
インキュバスとサキュバスが増えていく。
至る所から、卑猥な声が聞こえてくる。
視覚だけでなく、聴覚による性欲の掻き立て。
「羊が一匹羊が二匹羊が三匹」
「ペアはオーバルペアはオーバルペアはオーバル(はぁと)」
目を瞑り、耳を塞ぎ、必死に自分と外部を隔離しようとする。
が、片方の手は、ペアと繋がれている。
耳を塞ぎきれず、音は絶え間なく入ってくる。
両耳を塞ぐには、ペアと顔が密着するほどに近づかなくてはならない。
「いいな、ハート!」
「いいよ(はぁと)!」
そんなことにかまっている暇はない。
ハートの顔が近づけば、少なくともオーバルは意識をしてしまう。
ラウンドへ全力の女性に意識をすることほど、オーバルにとって未来のないことはないが、現在においてはむしろ感情がハートに向くことは、オーバルにとってプラスである。
オーバルは、ハートに顔を近づけた。
ハートにとっては、耳を塞げれば何でもよい。
ハートは、オーバルに耳を近づけた。
無事に、両耳を手で塞ぐことができた。
第三十三階層、突破。
第三十四階層、突破。
第三十五階層、突破。
「ああ?」
「あれは、吾輩たちか?」
第三十六階層。
美男美女に紛れて、ブリリアントの四人が立っていた。
ラウンド型とマーキーズ型、オーバル型とハート型、とでも呼ぶべきインキュバスとサキュバスのペアが。
それぞれ、手首はリングでつながっている。
もちろん全裸である。
そして、イチャイチャと見せつけるように絡む。
「潰せ、マーキーズ」
「うむ。しかし、なんというか、さすがに自分の裸を見られるのは、恥ずかしいものがあるのう」
そうマーキーズに言わしめるほど、マーキーズ型のサキュバスは、体の細部までが自分自身だったのだ。
それを潰す。
躊躇なく。
「なあ、ハート。俺じゃあだめか?」
ラウンド型のインキュバスが、ハートに向けて言葉を投げる。
大音量で、それでいてささやくような声で。
「ペアはオーバルペアはオーバル(はぁと)」
耳を塞いでいて、ハートにその声が届かなかったのは幸いだった。
それをマーキーズのゴーレムが潰す。
躊躇なく。
第三十六階層、突破。
第三十七階層、突破。
第三十八階層、突破。
第三十九階層、突破。
「皆、すまぬが、一度ゴーレムを消すぞ。第四十階層のフロアボスは、このゴーレムでは力不足じゃろうからな」
「え、ちょ?」
「きゃあ(はぁと)!?」
マーキーズの言葉が届かないまま、ゴーレムは消え、オーバルとハートは落下し、着地に失敗した。
「行くぞ」
第四十階層、突入。
フロア中央に立つは、ハイマジシャンインキュバスとハイマジシャンサキュバスである。
手に魔法の威力をあげるための杖を持ち、足元までの丈がある魔法使いのローブを身にまとっている。
もっとも、ローブの前方は大胆に開けてあるうえ、ローブの中には一切服の類を身に着けていない。
人間がこれをやれば、露出狂もしくは変態の烙印を押されて、即座につかまることだろう。
ハイマジシャンインキュバスとハイマジシャンサキュバスの目が妖艶に光る。
「……っ!?」
その目を見た瞬間、四人の視界は暗転する。
次の瞬間、ラウンドは小さな村にいた。
ティニー国にかつて存在した、小さな村に。
村の中では、お世辞にも綺麗とは言えない服をまとった子供たちが、しかしとても幸せそうな表情で鬼ごっこをして遊んでいた。
「君は、遊ばないの(はぁと)?」
それを離れた場所で座って見ていた六歳のラウンドは、六歳のハートに話しかけられた。
「……人の」
「ねぇ、一緒に遊ぼう(はぁと)?」
ハートの手が、すっとラウンドに差し出される。
「なになに?」
「君も一緒に遊ぶ?」
「こっちおいでよ!」
先程まで鬼ごっこをして遊んでいた子供たちも、いつの間にかハートの横に立ち、ラウンドへ手を伸ばす。
「ラウンド。お友達たくさんできて、よかったね」
「人の記憶に土足で入り込んでくるんじゃねえ!!!!」
ラウンドは叫んだ。
周囲の物を破壊してやろうかというほどの、大きくとがった声で叫んだ。
その背には何も背負っておらず、その左手には何も繋がっていない。
少なくとも、ラウンドの視界には映っていない。
ラウンドは、右手で何もない場所を、大剣の柄があるだろう場所を、思いっきりつかみ、振る。
瞬間、目の前の光景に亀裂が入り、村が、子供たちが、霧散する。
霧散した後には、ダンジョンが広がっていた。
第四十階層と、ラウンドを妖艶な笑みで見つめるハイマジシャンインキュバスとハイマジシャンサキュバス。
マジシャンとなったインキュバスとサキュバスは、固有魔法が使える。
相手の夢に入り込み、夢を自在に書き換える。
ハイマジシャンになるとさらに使える固有魔法が増える。
相手を強制的に眠らせ夢を見させる魔法。
「ぜぇ……ぜぇ……」
睡眠中の体を強制的に動かした代償で、ラウンドの全身がびりびりと痛む。
インキュバスとサキュバスの方を見ないように、他の三人に目を向ける。
うっすらと頬を赤めて眠るマーキーズ。
そして、緩み切った表情で眠るオーバルとハートの姿があった。
表情から、とても幸せな、興奮する夢を見ていることがうかがえる。
悪いことに、オーバルとハートの体は石化が進み、リングのつながった手は、指先から肘の近くまで石化していた。
「ちっ……」
再び夢の中に送られないよう、ラウンドは目を閉じる。
そして、左手でマーキーズ手繰り寄せ、右手でその体を抱き寄せる。
子供をあやすように抱っこする。
剣は触れないが、これでラウンドは自由に移動ができるようになった。
床を蹴り、ハイマジシャンインキュバスとハイマジシャンサキュバスに向かって走る。
二人の魔物は、これを迎え撃つように杖を向ける。
固有魔法だけではない。
通常の攻撃魔法も防御魔法も使えるのだ。
火が、水が、雷が、雨のように襲ってくる。
それを避け、時には魔法をぶつけて相殺させる。
相手の目の前に接近したところで、風の魔法を発動し、その首を切り落とした。




