20話 ベリドットのダンジョン04
第十一階層。
何かがバサバサと跳び回る音や、床を這いずる音が響いている。
ヒートバット。
全身が熱に覆われているバット。
体毛は百度、牙にいたっては数百度の熱を持っている。
融点の低い鉱物であれば、噛みつき、ドロドロに溶かし、吸ってしまう。
アイアンバット。
全身が鉄のように硬いバット。
羽ばたく翼で殴打し、牙で突き刺す。
稀に牙がドリルのように回転する個体も存在する。
マッドスライム。
意志を持った泥水、と形容されるスライム。
特筆する攻撃力はないが、自身の一部を投げつけることで視界を奪ったり、地面に寝そべることで足をとったり、戦闘の邪魔をしてくる。
もちろん、すべての魔物は、番いで行動をしている。
第十一階層に降りてきたゴーレムに対し、ヒートバットがその体表を溶かそうと噛みつき、アイアンバットがその体表を削ろうと噛みつく。
「無駄じゃ無駄じゃ!」
だが、足りない。
ヒートバットの熱ではとかせない。
アイアンバットの硬さでは数ミリメートルのへこみができる程度で、貫通するには至らない。
バットを張り付けたまま、ゴーレムは前進する。
「ぬははは! 無駄な努力じゃのう。おっと、分かれ道か。オーバル、どっちじゃ?」
「左だ」
「よし! 左へ左折じゃ!」
第十一階層、突破。
第十二階層、突破。
第十三階層、突破。
第十四階層、突破。
第十五階層、突破。
第十六階層、突入。
下層になるにつれて、バットやスライムの数が増えてくる。
だが、お構いなしにゴーレムは進む。
壁に体をこすりつけながら、足で床とマッドスライムを踏み抜きながら、豪快に進む。
そして、突然バランスを崩して、その場に転倒した。
「ぬおお!?なんじゃぁ!?」
マーキーズの操作に、ミスはなかった。
走っているゴーレムがバランスを崩してこけるなど、ゴーレム召喚士にとっては初歩的なミス以外の何物でもない。
ゴーレムの中の部屋が傾き、人が、机が、椅子が、ガタガタと音を立ててひっくり返る。
「……マーキーズ」
「ぬお!? ち、違うぞ、マスター! 吾輩は操作ミスなどしておらん。なぜか足が一本、動かなくての!」
ゴーレム召喚士の欠点として、ゴーレムの状態を正確に把握できないというものがある。
ゴーレムは意思も感覚も持たないため、体の異常を感じ取って、それをゴーレム召喚士に伝えることができない。
ゴーレムの中に入った場合、ゴーレムとゴーレム召喚士が視界を共有して、外の様子を探る、ということもできない。
せいぜい、ゴーレムに物理的に窓を作って、外を覗いて確認するのが精いっぱいだ。
だから気づけなかった。
「ぬおお、なんじゃこりゃ!! 足に泥がつまっておる!! いや、これはマッドスライムか!?」
ゴーレムに張り付いているバットを力任せに吹き飛ばし、足の状態を確認したマーキーズは、その光景に叫んだ。
マッドスライムは、液状の魔物であり、ゴーレムで踏みつけた程度では死にはしない。
むしろ、泥の粘着性をもち、踏みつけた足にへばりつき、そのまま足を這いずることができる。
足を這いずり回ったマッドスライムは、ゆっくり上へと昇っていき、ゴーレムの足の関節部分に集まり、結果その足を動かせなくしたのだ。
マッドスライムと戦闘経験があれば、あるいは類似の魔物と戦闘経験があれば、気づけたかもしれない。
「勉強になったな」
「うぬぬ」
悔しそうな表情を浮かべるマーキーズに、ラウンドが声をかける。
そして、ラウンドが水魔法で関節部分のマッドスライムを一掃する。
「ハート」
「はぁい(はぁと)」
次にハートが、ゴーレム全体に水の膜を張る。
水の膜には流れがあり、張り付いたマッドスライムは、次々と流され、形を保てなくなって消滅していった。
ハートの防御魔法、水膜。
火の魔法を防いだり、熱を防いだり、お風呂に入らずとも体をきれいにしたりと、様々な使い方ができる。
マーキーズがゴーレムを起こし、再びダンジョンの奥に向かって前進を始める。
バットを撥ね飛ばし、スライムを流し消し。
「お茶が入りました~(はぁと)」
ゴーレムの中では、再び机と椅子を置きなおし、ティータイムが始まった。
第十六階層、突破。
第十七階層、突破。
第十八階層、突破。
第十九階層、突破。
フロアボス――ジャイアントマッドスライム、討伐。
第二十階層、突破。
第三十階層、突破。
一方、ステップたちも順調に歩を進めていた。
マーキーズのゴーレムが速さを重視して進んでいるため、かなりの数のバットが放置され、ステップの面々に襲い掛かる。
とはいえ、ステップのメンバーは精鋭ぞろいである。
対空中戦を得意とする魔法使いや射手を中心に、次々と討伐を進めていく。
「吸え」
「召喚!」
それに加えて、バゲットのエネルギー吸収とスクウェアステップのゾンビ召喚。
苦戦することなく、第ニ十階層へ到着していた。
本来はフロアボスが存在する階層ではあるが、ラウンドたちによって討伐されていたため、素通りである。
「まだ追いつけないか。急がないと……!」
バゲットは、いらいらとした表情で。空っぽのフロアを眺める。
ラウンドたちを乗せたゴーレムの音が聞こえなくなってから、長い時間が経過した。
そして音に近づいている気配もない。
おそらくは、自分たちよりもはるかに先を進んでいるのだろう。
ゴーレムによる強引な突破。
四人という少人数。
そして、エメラルドから聞いた、回復魔法によるノンストップでの攻略方法。
百人という大所帯で、休憩を取りつつ進んでいる自分たちが追い付けないのは、もはや自明である。
しかし、諦めることもできない。
ラウンドが先に最終階層へ着くことはつまり、ベリドットのダンジョンが討伐される可能性をあげること。
人間とダンジョンの間に、さらなる亀裂を作ること。
ダンジョンの共存を掲げるステップにとって、なんとしても防ぎたいことである。
多少無理をしてでも、メンバーを捨ててでも、急ぐべきかと濁った発想が頭をよぎる。
「大丈夫よ」
そんな思考を読み取ったのか、スクウェアステップがバゲットに声をかける。
「ゴーレム召喚士の子は、ハンターレベルが四十くらいだったはずよ。つまり、この快進撃が続くのは、第四十階層まで。残りの三十階層は、魔物を倒しながら進まざるを得ないはずよ。あたしたちは、そこで追いつけるわ」
「……確かにそうだな」
「あたしたちは、チームで勝つのよ。今までも、これからもね」
ステップ、しばしの休息をとった後、第二十一階層へ突入。




