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最終話 「偉大なるかな皇帝陛下!」(後編)

「世界は――確実に『良くなっている』。

 それが吾輩の出した結論だ」

「そんな……まさか。とても信じられませんが……」


 半信半疑の様子を見ても、「皇帝陛下」は顔色変えず、むしろ微笑み浮かべてる。

 今まで散々、見てきたのだろう。僕とおんなじ反応を――悲観の沼から抜け出せない、そんな人たち何百人も。


「人は問題が起きた時、すぐに解決したいと願いがちだが……ゆっくり、じっくりでいいのだよ。

 『急がば回れ』というであろう? 問題解決に近道はない事を、吾輩は思い知った」

「そういうもの、ですかね……」


「人々は口をそろえて言う。

 『社会が悪い、政治が悪い。環境汚染も進んでいる』

 『富める者が貧しい者を搾取し、その格差は広がっている』

 『昔は良かった。今時の若者はマナーがなっていない』

 『我が街の出生率は下がっている。将来の働き手がいなくなる』

 『これらの問題に早急に対処せねば、我らに未来はない』……などとな。

 だがこういった主張は、全て間違いだ」

「……ど、どうしてそこまで言い切れるんですか?」


「吾輩はただ『新聞屋』に投書していた訳ではない。

 人々からの寄付のお陰で、エドウッドの街のみならず、世界各地を巡って『事実を知る』機会に恵まれたのだ。

 そして数字やデータは、それ単体ではなく――過去と比較して状況を判断するべきだと学んだ」

「過去と比較、ですか……」


「その結果、分かった事は。

 人々の暮らしぶりは三十年前に比べ各段に良くなり、大人になれぬまま死ぬ子供の数も減った。

 広がっているという格差とやらも、実は逆に縮まっている。

 貧困にあえぐ悲惨な人々の割合も昔に比べれば少なくなった」


 「陛下」はいったん言葉を切り、今度は逆に僕に尋ねた。


「――ときにジャック。『犬賢者』の事は覚えているかね?」

「ええ、もちろんです」


「吾輩も彼の講義を聞きに行った事がある。生物の産む子供の数についての話だ。

 『死の危険が大きい、弱い生き物ほど、数多くの子供を産む』と教えてくれた。

 これは我々、人間にも当てはまるものだ……貧しい者ほど、多くの働き手が必要になり、子を沢山産まねばならない。

 すなわち、我が街の生まれる子供が減っているのは――人々が豊かになり、沢山の子供を産まなくてもよくなったからなのだ。

 『新聞屋』や知識人はたびたび問題にしたがるが、出生率の低下は必ずしも、悪い兆候とは言い切れぬのだよ」


 「陛下」は淡々語れども、僕は少々納得いかず、湧いた疑問を口にする。


「しかし未だに世界では、疫病や災害、犯罪や紛争のニュースを耳にしますが……」

「その通り。確かに問題は存在し、根絶された訳ではない。吾輩は決して、それらを無視して楽観視せよ、と言っているのではないぞ。

 ただ、データを過去と比較してみれば――それらの悲惨は確実に『減ってきている』、という事を言いたいのだ」


 聡明なるかな「皇帝陛下」、発する言葉は理路整然で、しかもとっても分かりやすい。


「例えばこの前、我が街で起きた自然災害。確かに家屋は倒壊し、少なからぬ死傷者が出た。

 彼らの死や悲しみは悼むべきであるし、決して軽んじるべきものではない。

 しかしながら――犠牲者の数は十年前に比べ、各段に減っている。

 街の人々が、国王が。対策を立て的確に動いている何よりの証拠よ」


 そう語る、「陛下」の顔は誇らしげ。

 イキイキしすぎて、もうすぐ死ぬとは思えないほど。


「聞く所によれば国防軍が、救助活動に当たっていたそうだな。実に的確な対処法だ。

 軍隊というのはもともと、何のインフラも整っていない場所でも、あらゆる活動が可能なように訓練された集団。

 故にインフラの破壊された被災地で、彼らを救助に動員するのは平和的で、理に適った運用方法と言える。

 戦乱の世にあった三十年前では、恐らく誰も思いつきもしなかった、画期的なものだ。

 『人を殺めるのではなく、人を救う事ができる』――軍に身を置く彼らも、我らと同じ人間だ。きっと救われたに違いあるまい」

「そう、ですね……僕も、そう思う……いえ、思いたいです」


 思い返せば「大剣豪」も、おんなじ気持ちだったのかなあ?


「身近なところでは、我が飼い犬も『良いニュース』の恩恵に預かっている」

「え? そうなんですか?」


 言われてひょっこり顔出すは、「陛下」が飼ってる犬二頭。ぶさ可愛くてニンマリしちゃうね。


「吾輩が最初に飼った犬は、わずか三年で亡くなった。

 だが今は、犬が食べるエサも改良され――十年、二十年と生きられるようになっている。

 死の床に就く今際(いまわ)の際に、彼らと一緒にいられるのも、人々の努力と進歩のお陰よ」


 熱く語った「皇帝陛下」、一旦ここで言葉を切り――お疲れなのか、大きく息を吐き出した。


「だ、大丈夫ですか? 少し休みます?」

「いや、いい。少々息が切れただけだ……筆記を続けてくれ。

 世の中には、実は沢山の良いニュースがある。悪いニュースを必要以上に深刻に受け止めず、良いニュースを意識的に探す。

 それだけで悲観主義も大分変わってくるハズだが……今しばらくの時間がかかるだろう」


 確かに今の世の中は、悲惨な言葉が渦巻いてる。

 政治家、金持ち、知識人。世界を動かす人たちほど、訳知り顔で言う事にゃ「世界は残酷、もうオシマイ」!


「どうしてなんでしょうね。どうして僕らは、良いニュースを受け入れにくいんでしょう?」

「……それはな。百年前までは、彼らの言う『世界は残酷』というフレーズが、事実以外の何物でもなかったからだ。

 『賢者は歴史に学ぶ』というが、歴史を深く学んだ知識人ほど、悲観主義者になりやすい。

 ある意味、当然のことだ。何故ならこれまでの人の歴史は、悲惨や死の繰り返しだったのだから」


 「昔は良かった」。老人たちは言うけれど、実はそうでもないらしい。

 時間が経つと思い出は、自然と美化するものなんだって。


「百年前までの世界が何故、残酷だったか? 答えは簡単だ。人々に余裕がなかったからだ。

 貧しく、飢え、少ない土地や食料、資源を奪い合う……そんな状況で、人に優しくできる心の余裕など、生まれようハズもない。

 それは人間の本性だの、醜い一面などでは決してない。必死で生き抜こうとする、ごくごく自然な意思なのだよ」


 静かに語る「陛下」の横顔。実に冷静、実に穏やか。

 僕は思った。「陛下」はホントに慈悲深く、そして誰より賢いと。


「だがもし、人々が過去だけでなく、『現在の事実』にも目を向ける力を身に着ければ……いずれ気づくであろう。

 未来に希望がある事に。『世界は良くなっている。そんなに捨てたものじゃない』とな」


 「皇帝陛下」の遺言は、僕がこれまで見聞きした、どんな事より優しくて。説得力と希望にあふれ、僕の心を動かした。


「でも『陛下』――どうしてそこまで、明るく振る舞えるんですか?

 あなたの言うように、世界が良くなっているのだとしても。

 『陛下』はもうすぐ病気で死ぬから、僕をここに呼んだんでしょう? 絶望してても、おかしくないのに」

「勘違いするなジャック。吾輩は決して、現実逃避をしている訳ではない。

 それにこの考えは、吾輩ひとりだけでは決して辿り着けなかった。皆のお陰なのだ」


 そう言って、「陛下」の口から出た言葉。数え切れない感謝の意。

 彼と関わり、彼と交わり。お世話になった人たちへの、深く尊い愛情だった。


「エドウッドの国王は大変よくやってくれている。それはジャック。お主もよく分かっておろう?

 お主の『本当の素性』は、調べさせてもらった。かの『声神さま』のお守りを使ってな」

「えっ――」


「お主、あの『大罪王』が処刑される間際に逃がした、落とし(だね)だそうだな。

 下層市民に身をやつしながらも、らしからぬ教養を持っていた……その理由も合点がいく」

「……知って、いたんですか……」


「そう怖い顔をするなジャック。今更お主の素性を調べようなどという物好きは、この街にはおらんよ。

 それとも何か? まだ、復讐したいと考えているのかね?」

「いいえ――僕や妻、そして子供が、慎ましくも飢えずに暮らしていけるのは。

 多少貧乏でも、無料で本が読めて学べるのは――国王陛下の施策のお陰です。

 だからもう復讐なんて、どうでもいいです」


 豊かさは、心の余裕は。恨みつらみを無くしてくれる――僕が学んだ事だった。


「素晴らしい。それでよいのだ、ジャック。

 このエドウッドの街の人々は、とても優しく、弱者を思いやれる者たちばかりだ。

 吾輩のような破産した落伍者の言葉を、熱心に聞いてくれた。何より吾輩を愛してくれた。

 何者でもなく、ただ自称していただけだった吾輩を――本物の『皇帝』として扱ってくれた。感謝こそすれ、恨む理由など欠片もない」

「そう、ですね……僕も、街の人々には……多かれ少なかれ、とってもお世話になりました……

 このエドウッドの街は、とても素晴らしく……安らげる故郷だと、思います……」


「だがこれは、特別な事ではない。エドウッドの街の人間だけが、他と比べて優しい訳ではないぞ。

 彼らが優しい理由――何故だか分かるかね?」

「ええっと、それは……」


「それはな、ジャック。街が豊かになり、人々の心に余裕があるからだ。

 余裕のできた人間は、自然と(みな)に優しくなれる――人間とはもともと『誰かに何かをしてあげたい』と願う、心優しい生き物なのだよ」


 心の余裕。家族が暮らせる豊かさあれば、誰もが持てるものだという。

 言われてみれば、僕が出会った金持ちたちも、心の豊かさ持っていた。

 「イモ男爵」は超人見知(ひとみし)り――それでも寄付金求められたら、言い値をパッと支払ったそうな。

 「銭将軍」も言うに及ばず――お金で人を明るくする、ホントにすごい人だった。


 「豊かな」人は、金持ち限った話じゃない。

 三十年前、飢餓を救った「リンゴさん」。

 人を殺さず、活かして育てる「大剣豪」。

 僕が出会った奇妙な人々――誰もがみんな優しくて、誰もがみんな素晴らしい。


「――吾輩の言いたい事は以上だ。書き留めてくれたか?」

「ええ――バッチリですよ、『皇帝陛下』!」


 僕の返事に満足したか、「陛下」は笑って旅立った。


**********


 「皇帝陛下」が死んだ後、待っているのはお葬式。何故だか僕が取り仕切る事に。

 当初は費用が全然足りず、質素なものになるはずだった。

 ところがどっこい――これに人々やっぱり怒った。


「偉大なる我らが『陛下』に何たる不敬か!」


 てな訳で、街中(まちじゅう)色んな人たちから、寄付金うんと集まった。

 葬式当日。大金持ちも貧しい者も、老いも若きも男も女も、揃いも揃って三万人!

 参列する者いっぱい詰めかけ、超絶豪華な式典となった。


《彼は誰も殺さず、誰からも奪わず、誰も追放しなかった。

 彼と同じ称号を持つ人物で、この点で彼に勝る者は一人もいない》


 彼の墓碑にはこう刻まれた。

 全く以て素晴らしい。偉大なるかな「皇帝陛下」!


**********


 それから、かれこれ数年後のこと。


「あなた。これから先はどうするの?」

「僕らの子供も、もうすぐ一人前になる。そしたらお金も稼げるだろう。

 そうなったら、僕は『陛下』の遺志を引き継ぎ――世界をいっぱい見て回るつもりだ。

 彼の言う『事実』を確かめるために――『世界は良くなっている。そんなに捨てたものじゃない』って事を。

 言葉でなく、心で理解する為に。それをみんなに伝える為にね」


「そう――頑張ってね、あなた。

 私も、息子も――できる限りの事をするわ」

「ありがとう――じゃ、輝かしい未来の為にも。もうひと踏ん張り、しなくっちゃなぁ!」


 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。



(ジャックと街の奇妙な人々・完)

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