↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第7話 雨の日、剣を抜かない人

朝から、雨だった。


窓を叩く音で目を覚ました俺は、ベッドの中でしばらく天井を見ていた。


『雨の日は剣を抜かない。理由は誰にも話していない。』


昨日の夕暮れ、空を見上げたアルベルトの横顔を思い出す。「明日は、降るな」と言ったときの、少しだけ低くなった声。


(……考えるな。俺には関係ない)


関係ない。そう決めたはずだ。推敲方針、その三。もう二重線だらけで読めないけど。


「リュカ様、本日の予定ですが」


トマが、ぬるめの紅茶と一緒に羊皮紙を差し出してきた。


「午前中に、二年の委員推薦の件で三名とお約束を。昼食はロシェ伯爵家のご子息と。午後は騎士科との合同剣術授業がございます」


「合同授業……」


二年の剣術は、三年の騎士科と合同で行われる。本文では、リュカがミシェルの木剣に細工をする場面に使った授業だ。もちろん、今回はやらない。


「雨天ですので、屋根付きの演武場で行われるそうです」


「わかった」


午前中の根回しは、拍子抜けするほど順調だった。


収穫祭の準備委員に、ミシェル・ローランを推す。そう言っただけで、取り巻きたちは目を丸くして、それから競うようにうなずいた。


「リュカ様が、あの特待生を……?」


「何か問題が?」


「い、いえ! まったく!」


悪役令息の人望は、こういうときに便利だ。中身は恐怖政治だけど。


そして、午後。


屋根付きの演武場には、雨の湿った匂いが満ちていた。高い天井に雨音が反響して、木剣の打ち合う音をくぐもらせている。


二年と三年が組になって、型の確認をする。俺の相手は、騎士科の名前も知らない三年生だった。たぶん、余白の住人だ。


型をなぞりながら、俺の目は、無意識に演武場の端を探していた。


いた。


アルベルトは、壁際の柱にもたれて立っていた。木剣は、足元に置いたまま。教官も何も言わない。


「グランツ様、また見学か」


「雨の日はいつもだよな。体調が悪いって話だけど」


「首席様は気分屋なんだよ」


周りの生徒たちが、小声でささやき合っている。


知らないのだ。誰も。


アルベルト自身が、誰にも話していないから。


そのとき、演武場の中央から、わざとらしいほど大きな声が響いた。


「グランツ! 見学ばかりでは退屈だろう。一本、手合わせ願おうか」


ヴィクトル・ラング。伯爵家の嫡男で、騎士科の次席。


本文では、アルベルトに一方的に対抗心を燃やす小物として、二巻で少しだけ登場させた。剣術大会でアルベルトに負けて、捨て台詞を吐いて退場する役だ。


演武場が、しんと静まった。


アルベルトは柱から背を離さないまま、静かに答えた。


「断る」


「なぜだ? 雨の日だけ剣を抜かないのは、何か理由があるのか?」


ヴィクトルは、にやにやと笑いながら近づいていく。


「それとも、雨が怖いのか。首席様ともあろう方が」


周りから、くすくすと笑い声が漏れた。


アルベルトの表情は、変わらない。何ひとつ、変わらない。


でも、俺には見えた。


足元の木剣の横で、彼の左手が、きつく握りしめられているのが。


指の関節が、白くなるほどに。


――気づいたときには、体が動いていた。


「ラング先輩」


ヴィクトルが振り返る。俺の顔を見て、意外そうに眉を上げた。


「ベルナールか。なんだ、お前もグランツを笑いに来たか?」


「いいえ」


俺は、にっこりと笑ってみせた。


本文で何百回も書いた、リュカ・ベルナールの、一番感じの悪い笑顔を。


「先輩の今の発言、ベルナール侯爵家の名前で、教官に正式に記録していただきましょうか。授業中に見学者へ私闘を強要した、と」


「なっ……」


「次席の方が、首席に私闘を挑んで断られた。そういう記録が残ったら、卒業後の騎士団の配属に響くかもしれませんね。お気の毒に」


ヴィクトルの顔が、みるみる赤くなった。


悪役令息の脅しは、本文で書き慣れている。こういうときに使うために書いたわけじゃないけど。


「……ちっ。冗談の通じない奴らだ」


捨て台詞を吐いて、ヴィクトルは去っていった。二巻と同じ退場の仕方だった。


演武場に、ざわめきが戻る。


俺は小さく息を吐いて、振り返った。


アルベルトが、こちらを見ていた。


「……礼を言う」


「いえ。別に、グランツ様のためじゃないです。ああいうのが嫌いなだけで」


半分は本当だった。もう半分は、自分でもよくわからない。


アルベルトの左手は、まだ握りしめられたままだった。


雨音が、演武場の屋根を叩き続けている。


その音を聞きながら、俺は、設定資料の一文を思い出していた。


九歳の雨の日。彼の乳兄弟だった少年のこと。


本文に書けなかった、この人の一番深いところ。


だから、たぶん、気がゆるんでいたのだ。


「……怖いからじゃないのは、わかってますから」


ぽつりと、口からこぼれた。


「守れなかった人のことを、思い出すからでしょう」


言ってから、凍りついた。


演武場の雨音が、急に遠くなる。


アルベルトの顔から、すべての表情が消えていた。


次の瞬間、手首をつかまれた。


強い力だった。痛いくらいに。


「ベルナール」


低い声。初めて聞く声だった。本文のどこにも、書いたことのない声。


青い瞳が、すぐ目の前で、俺を射抜いている。


「お前、なぜそれを知っている」


――書いたからです。


とは、言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。