↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/8

第6話 推敲メモ

「――というわけで、作戦会議を始める」


放課後の温室。鉢植えの陰に置いた木箱を机がわりにして、俺は羊皮紙を広げた。


向かいに座ったミシェルが、ごくりと唾をのむ。


「さ、作戦会議……」


「お前とハーヴィー先輩をくっつけるための作戦だ」


「くっ……! 声が大きいです、リュカ様!」


ミシェルが真っ赤になって周りを見回す。温室には俺たち二人しかいない。カイルは今日、騎士科の演習で来ないことを確認済みだ。


俺は羊皮紙に、さらさらと項目を書いていく。


『一、二人きりになる口実を作る』


『二、ハーヴィー先輩に、ミシェルの気持ちを少しずつ意識させる』


『三、決定的な場面で、背中を押す』


ミシェルが、まじまじと紙をのぞきこんだ。


「リュカ様って……なんだか、恋愛小説みたいなこと考えますね」


「……よく言われた」


主に担当編集に。主に締め切り前に。


実を言うと、この作戦には元ネタがある。


一番最初に書いて、ボツになったプロット。カイルとミシェルの話だ。あの原稿の中で、二人が距離を縮めるきっかけは、学院の収穫祭だった。準備委員に選ばれた二人が、飾りつけのために遅くまで残って、灯りの下で初めてまともに話をする。


ボツになったはずの場面を、今度は余白で起こしてやる。


「収穫祭の準備委員に、お前とハーヴィー先輩を推薦する。委員は各学年の推薦で決まるから、根回しは俺がやる」


「そ、そんなことできるんですか」


「侯爵家の三男をなめるな。取り巻きだけはいる」


本文で書いた、リュカの数少ない長所だ。顔が広い。性格は悪いけど。


「ただ、問題がひとつある」


「問題?」


「ハーヴィー先輩の予定がわからない。騎士科は演習が多いから、委員を引き受けられる日が限られるはずだ」


カイルは脇役だった。本文にも設定資料にも、彼の予定表なんて書いていない。


そして、カイルの予定を一番よく知っている人物は、ひとりしかいない。


剣の稽古相手。同じ騎士科の友人。


(……アルベルトだ)


推敲方針、その三。アルベルトには近づかない。


俺は心の中で、その一文に三本目の二重線を引いた。


夕暮れの訓練場は、もう人がまばらだった。


アルベルトは、端の打ち込み台の前にいた。上着を脱いで、シャツの袖をまくって、黙々と木剣を振っている。


一振りごとに、空気が鳴る。


(……うわ)


本文では、何度も書いた場面だ。『アルベルトの剣は、研ぎ澄まされた氷のように美しかった』とか、なんとか。


実物は、違った。


氷なんかじゃない。汗が光って、息が上がって、腕の筋が張っている。美しいというより、生きていた。


木剣が止まる。アルベルトが、こちらを振り返った。


「……ベルナール」


「お、お疲れ様です。少し、お聞きしたいことが」


アルベルトは額の汗をぬぐい、上着を手に取った。


「歩きながらでいいか。寮に戻る」


「はい」


並んで歩くのは、初めてだった。


アルベルトは背が高い。歩幅も大きいはずなのに、気づくと俺と同じ速さで歩いていた。


カイルの予定を聞くと、アルベルトは少し考えてから答えた。


「演習がない日は、週の後半だ。ただ、あいつは委員なんて面倒な仕事は断る」


「ミシェルと一緒なら、断らないと思います」


「……」


アルベルトが、横目で俺を見た。


「ミシェル・ローランとカイルを、近づけたいのか」


「はい」


「なぜだ」


なぜ。


本当の理由は言えない。俺が最初に書いた二人だから、なんて。


「二人とも、幸せになるべきだからです」


アルベルトの足が、一瞬止まった。


「……お前は、時々そういう言い方をする」


「どういう言い方ですか」


「まるで、物語の結末を知っているような」


心臓が、嫌な音を立てた。


「それに」


アルベルトは、前を向いたまま続けた。


「お前は、話すとき、俺ではなく俺の後ろの何かを見ている」


「……え」


「最初に図書館で話したときから、ずっとだ」


言葉が出なかった。


図星だった。


俺はずっと、アルベルトを見ていたわけじゃない。アルベルトの後ろにある、設定資料を見ていた。本文の台詞を、キャラデザを、自分が作った「アルベルト・グランツ」を見ていた。


目の前で、汗をかいて、俺の歩幅に合わせて歩いている、この人じゃなくて。


「……すみません」


「謝れとは言っていない」


アルベルトは、ふっと息を吐いた。


「話すときくらい、こっちを見ろ。それだけだ」


俺は、顔を上げた。


夕日に照らされた横顔が、すぐそこにあった。銀灰色の髪が少し汗で湿って、額に張りついている。


設定資料には、書いていない顔だった。


「そういえば」


アルベルトが、ふと思い出したように言った。


「図書館で、お前が読んでいた本を読んだ」


「え?」


「『セレスタ王国風土記』。窓際の席に置いてあった」


あの日、慌てて置きっぱなしにした本だ。


「……どうでした」


「退屈だった」


真顔だった。あまりにも真顔だったので、俺は思わず噴き出してしまった。


「ふ、はは……っ、ですよね。俺も、三ページで寝そうになりました」


「なら、なぜ読んでいた」


「なんとなく、です」


笑いがおさまらない俺を、アルベルトが黙って見ていた。


なんだか、ずいぶん長く見ていた。


「……グランツ様?」


「いや」


アルベルトは視線をそらし、空を見上げた。夕焼けの端から、灰色の雲が広がりはじめている。


「明日は、降るな」


その声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。


俺は、知っている。


『雨の日は剣を抜かない。理由は誰にも話していない。』


「……そうですね。降りそうです」


それ以上は、何も言わなかった。言えなかった。


寮の前で別れたあと、俺は部屋に戻って、推敲メモの紙を広げた。


カイルの予定を書き込む。週の後半。収穫祭の委員の件は、明日から根回しを始める。


それから、少し迷って、余白の欄に書き足した。


『アルベルト:本文より、よく喋る』


『歩くのが、遅い。たぶん、合わせてくれている』


『あと、少しだけ笑う』


最後の一行を書いたところで、ペンを置いた。


窓の外では、雲がゆっくりと月を隠しはじめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。