↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/8

第4話 主人公は攻めに興味がない

推敲方針、その二。ミシェルにきちんと謝る。


これだけは、作者として逃げられなかった。


紅茶、階段、ドレスコード事件。まだ起きていないものもあるが、この半年の間にリュカがミシェルにしてきた嫌がらせは、本文に書いた分だけでも両手で足りない。書いたのは俺だ。実行したのはリュカだ。でも今、リュカの体にいるのは俺だ。


つまり、謝るのは俺しかいない。


「リュカ様、本当にお一人で行かれるのですか」


「ついてくるなよ、トマ。大勢で押しかけたら脅しにしか見えない」


「普段のリュカ様は、大勢で押しかけて脅していらっしゃいましたが」


「だからやめるんだ」


トマを寮の前に置いて、俺は学院の裏手へ向かった。


ミシェルは放課後、温室の手入れを手伝っている。これは本文に書いた。平民の特待生である彼は、奨学金の条件として学院の雑務を引き受けているのだ。そして温室は、一巻でアルベルトと二人きりになる、大事な場面の舞台でもある。


(アルベルトがいたら、即撤退)


温室のガラス戸から、そっと中をのぞく。


ミシェルはいた。亜麻色の髪を揺らして、鉢植えに水をやっている。


そして、その隣にもう一人。


赤茶色の短髪に、騎士科の制服。肩幅の広い、無口そうな青年が、重たい肥料袋を黙々と運んでいる。


カイル・ハーヴィー。騎士科の三年で、アルベルトの剣の稽古相手だ。


本文での出番は少ない。アルベルトの隣で、腕を組んで立っているだけのキャラだった。台詞は、全三巻で十個もなかったと思う。


「カイル先輩、それ、僕が運びますから」


「いい。重い」


「でも、先輩の手が汚れちゃいます」


「洗えば落ちる」


そっけない返事。でもカイルは、ミシェルの手から如雨露まで取り上げて、黙って水やりを代わっていた。


ミシェルが、その横顔を見上げている。


頬が、赤い。


(……え?)


俺は、その顔を知っていた。


本文では見たことがない。でも、知っている。


一番最初のプロット。担当に見せる前、自分のパソコンの中だけで書いていた、ボツ原稿。その中のミシェルが、まったく同じ顔で、カイルを見上げていた。


そうだ。最初は、カイルが攻めだった。


寡黙で不器用な騎士と、ひたむきな特待生。俺が本当に書きたかったのは、その二人の話だった。


でも担当に言われたのだ。


『春日先生、攻めはもっと華がないと。公爵家の嫡男とか、どうですか? 騎士団長候補で、学院一の美形で』


それで生まれたのが、アルベルトだった。カイルは脇役になって、ミシェルの相手はアルベルトになった。


そして、ボツになったはずの気持ちだけが、余白に残っていた。


「……ベルナール様?」


気づけば、ガラス戸が開いていた。ミシェルが、驚いた顔で俺を見ている。カイルが一歩前に出て、さりげなくミシェルを背中にかばった。


ですよね。悪役令息が温室に現れたら、そうなる。


俺は両手を上げた。武器は持っていません、の姿勢だ。


「何もしない。話をしに来ただけだ」


「話、ですか」


「ああ。……今まで、悪かった」


頭を下げる。


貴族の令息が平民に頭を下げるのは、この世界ではありえないことらしい。温室の空気が、昨日の茶会と同じくらい凍りついた。


「紅茶のことも、教科書のことも、全部だ。許してくれとは言わない。ただ、もうしない。それだけ伝えたかった」


しばらく、誰も何も言わなかった。


やがて、ミシェルがカイルの背中から顔を出した。


「……顔を上げてください、ベルナール様」


おそるおそる顔を上げる。ミシェルは困ったように笑っていた。


「正直、まだ信じられません。でも、昨日の茶会で、本当にかけなかったから。それは、信じます」


「……ありがとう」


「それに僕、ちょっと安心したんです」


「安心?」


ミシェルは、少し言いにくそうに目を伏せた。


「ベルナール様が僕に意地悪するのって、僕がグランツ様に近づいてると思ってたからですよね。……でも、違うんです」


「違う?」


「グランツ様のことは、尊敬してます。でも、それだけで。皆さん、なんだか勘違いしてるみたいで、困ってて」


ミシェルの視線が、ちらりと隣のカイルに流れる。


カイルは気づいていない。黙々と如雨露の水を足している。


(いや、気づけよ)


作者として、ものすごく言いたかった。言わなかったけど。


その代わりに、俺は言った。


「ミシェル。お前、ハーヴィー先輩のことが――」


「わーっ!!」


ミシェルが、真っ赤な顔で俺の口をふさいだ。カイルが不思議そうにこちらを振り返る。


「どうした」


「な、なんでもないです! ベルナール様と、園芸の話を!」


「そうか」


カイルは素直にうなずいて、また水やりに戻った。


ミシェルが、涙目で俺をにらむ。


「……なんで、わかったんですか」


「見てればわかる」


本当は、見る前から知っていた。俺が最初に書いた二人だから。


でも、それは言えない。


「なあ、ミシェル。取引しないか」


「取引、ですか?」


「俺は、お前とハーヴィー先輩がうまくいくように協力する。その代わり、学院の連中の『ミシェルはアルベルトの想い人』っていう勘違いを、一緒に解いてほしい」


ミシェルとアルベルトが結ばれなければ、リュカが二人の仲を邪魔する理由もなくなる。断罪イベントの土台そのものが、崩れるはずだ。


ミシェルはしばらく考えて、それから小さくうなずいた。


「……よろしくお願いします、ベルナール様」


「リュカでいい」


「じゃあ、リュカ様」


差し出された手を握る。土で少し汚れた、働き者の手だった。


一巻で、俺が「汚い」と書かせた手だ。


(ごめんな)


心の中で、もう一度だけ謝った。


帰り際、カイルが温室の入り口まで見送ってくれた。相変わらずの無表情で、ぼそりと言う。


「ベルナール。ひとつ聞きたい」


「なんですか」


「最近、アルベルトが毎日図書館に通っている。あいつは本を読まない。何か知っているか」


「……」


知らない。


それは、本文にも設定資料にも、書いていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。