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打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します  作者: 春野ケイ


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3/8

第3話 甘党の騎士様

翌日の放課後、俺は学院の図書館にいた。


理由は二つある。


ひとつ。図書館は、本文で一度も舞台にしなかった場所だ。つまり、原作のイベントが起きない。アルベルトもミシェルも、ここには来ない。避難所としては完璧だった。


ふたつ。純粋に、気になったのだ。


俺は窓際の席で、棚から適当に抜いた一冊を開いた。『セレスタ王国風土記』。本文では、背景の小道具として名前だけ出した本だ。


中身なんて、考えたこともない。


ページをめくる。


――書いてあった。


北部の気候。南部の葡萄畑。王都の水路の歴史。整った活字が、びっしりと並んでいる。


俺の書いていない文章だった。


(余白が、勝手に埋まってる……)


背筋が少し寒くなる。この世界は、俺が書いたものだけでできているわけじゃない。俺が書かなかった部分を、誰かが――あるいは世界そのものが、勝手に書き足している。


本を閉じて、深く息を吐く。


考えても仕方がない。今は生き延びることだけ考えよう。


俺は鞄から小さな包みを取り出した。今朝、トマが「頭を打った方には糖分が必要です」と言って押しつけてきた、蜂蜜の焼き菓子だ。


図書館で飲食は禁止だったかな、と包みを開きかけたとき。


「ここにいたか」


心臓が止まるかと思った。


顔を上げると、テーブルの向かいにアルベルト・グランツが立っていた。


(なんで!? ここ、本文に出てこない場所なんだけど!?)


「……グランツ様。図書館に、何か御用で」


「お前に用がある」


アルベルトは向かいの椅子を引き、断りもなく腰を下ろした。長い脚を組む動作まで、いちいち絵になる。


推敲方針、その三。アルベルトには近づかない。


二日目にして、向こうから近づいてきた。


「昨日の茶会の件だ」


「何もなかったと、申し上げましたが」


「ああ。何もなかった。だから来た」


青い瞳が、まっすぐに俺を射抜く。


「お前がミシェル・ローランに嫌がらせを続けていることは、学院の誰もが知っている。昨日も、取り巻きたちは紅茶が浴びせられると思っていたそうだ。だが、お前はやめた。そのうえ、謝った」


「……」


「何を企んでいる」


ですよね。


作者の俺が一番わかっている。アルベルトは、筋の通らないことを嫌う。だからこそ、悪役の急な心変わりを見過ごせない。そういうキャラに作った。


「企んでなどいません。ただ、その……飽きたんです」


「飽きた」


「人をいじめるのに。疲れるので」


我ながら、ひどい言い訳だった。アルベルトの眉間に、深い皺が刻まれる。


沈黙。


気まずさに耐えかねて、視線を落とす。手元には、開きかけの焼き菓子の包み。蜂蜜の甘い匂いが、ふわりと立ちのぼった。


そのとき、気づいた。


アルベルトの視線が、ほんの一瞬だけ、包みに落ちたことに。


本当に一瞬だった。すぐに俺の顔に戻った。誰も気づかないくらいの、わずかな揺れ。


でも、俺は知っている。


『甘党。ただし隠している。』


(あ、これ設定資料のやつだ)


ほとんど反射だった。作者として、自分のキャラが目の前で設定通りに動いた瞬間の、どうしようもない嬉しさ。


俺は包みを、テーブルの真ん中に押し出していた。


「よかったら、どうぞ」


「……は?」


「侍従が持たせてくれたんですが、俺、甘いものは苦手で」


嘘だ。リュカは甘いものが好きだ。設定資料にそう書いた。


アルベルトは、包みと俺の顔を交互に見た。


「俺も、好んでは食べない」


「そうですか。じゃあ、捨てるしかないですね。もったいないけど」


包みを引っ込めようとした手を、アルベルトの指が止めた。


「……捨てるのは、作った者に失礼だ」


彼は焼き菓子をひとつつまみ、口に運んだ。


表情はまったく変わらない。変わらないのに、目元の険がほんの少しだけゆるんで、二つ目に手が伸びかけて――止まった。


(かわいい……)


いや待て。俺が作ったキャラだ。俺が作ったキャラに、かわいいとか言うな。親バカか。


でも、本文には書けなかった。この顔は、どの巻にも載っていない。


アルベルトは咳払いをして、手を膝に戻した。


「菓子の礼は言わない。お前を信用したわけではないからな」


「はい、承知しています」


「ミシェル・ローランに何かすれば、次は見逃さない」


「しません。本当に」


「……」


アルベルトは立ち上がった。椅子を元の位置に戻す動作まで、きっちりしている。


去り際、彼はふと足を止め、振り返らないまま言った。


「ベルナール」


「はい」


「お前は、甘いものが苦手だったか」


心臓が跳ねた。


「……苦手ですよ。昔から」


「そうか」


それだけ言って、アルベルトは書架の向こうに消えた。


俺はテーブルに突っ伏した。


推敲方針、その三。アルベルトには近づかない。


開始二日で、攻めに菓子を食べさせた。


顔を上げると、包みの中の焼き菓子は、きっちり半分に減っていた。俺が勧めたのは、ひとつだけだったはずなのに。


いつの間に。


(……隠れて食べるの、上手すぎだろ)


それも、設定資料に書いた通りだった。

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