実戦訓練
翌日。実戦訓練のため、星霊術士クラスの一年生全員が王都近郊の森に集められていた。クラスメイトの数は僕を含めて三十人、これでも今年は多い方らしい。
「では、これより魔物を相手に実戦訓練を行う。三人一組で班になりなさい……」
ブラーエ先生の指示に従い、僕はステラとアランに声をかける。
「二人とも、良かったら一緒にどう?」
「いいわよ、私もそう思っていたところなの」
「いいぜ、俺もアスターと組んでみたいからな!」
二人とも二つ返事で了承してくれた。
「きぃー、ステラさんと組みたかったのにー!」
あの時の取り巻きの女子が叫んだ。ふっ、悪いな、取り巻きの女子さん。
しばらくして、各々が三人一組に分かれていく。その様子を先生は注意深く観察しているようだった。
「ふむ、多少戦力に偏りはあるが、許容範囲内だろう。さて、この森には低位の魔物しか出現しない。君たちの力なら十分に倒せるはずだ。なので今回は『連携』に重点を置いて戦ってほしい。倒した魔物の素材回収も忘れないように……そうだな、各班で三体倒せば訓練は終了だ」
先生が実戦訓練の説明を締めくくる。つまり連携の確認をしつつ、三体の魔物を倒せばいいわけだ。
「結構簡単そうだな、もっと派手に戦うのかと思ってたぜ」
アランが軽口をたたく。
「油断大敵よ。窮鼠猫を噛むともいうわ」
ステラが釘を刺した。
「きゅ、キューソって何だ?」
僕とステラは思わずため息をつく。アラン、もう少し頑張りましょう、だな。
「もしも非常事態が起きた場合は、光の星霊術を頭上に放つように……」
非常事態か……。そんなことが起きないようにと、僕は心の中で念じた。
「では各班、訓練開始!」
先生の号令で、僕たちは一斉に森の奥へと進んでいく。最初のうちは他の班とまとまっていたが、次第に距離が開き、森のあちこちから星霊術の放たれる音が響き始めた。
「それぞれのポジションはどうする? 俺は前衛がいいぜ! 直接殴り合う方が俺には向いてるからよ!」
アランが真っ先に希望を口にする。確かに、彼の身体能力なら前衛が適任だ。
「僕は前衛でも後衛でもいいけど、ステラはどうする?」
「私の得意な火系統の星霊術は前衛向きなのよね。それに、私も前で戦う方が性に合っているわ」
「じゃあ二人が前衛、僕が後衛でサポートするよ」
「決まりだな!」
「よろしく頼むわね!」
布陣が決まったところで、まずは索敵だ。僕は星霊術を使い、周囲の気配を探る。
「このまま真っ直ぐ進めば、三体の魔物がいる。同時に相手をすることになるけど、どうする?」
「「魔物三体なんて余裕!」」
予想通りの答えが二人から返ってきた。
「まず、僕が二人に補助の星霊術をかける。そのあと二人が魔物を引き付けて、僕が星霊術で仕留める……こんな感じの作戦でいいかな?」
あくまで今回の目的は連携の確認だ。二人なら個々の力で押し切れるだろうが、それでは訓練にならない。
「なあ、俺一人で倒しちゃダメかー?」
不満げに頬を膨らませるアラン。
「ダメに決まってるじゃない。連携の確認が目的なのよ、先生に怒られるわよ!」
ステラに一喝されると、アランは先日のトラウマでも刺激されたのか、急に真剣な表情に戻った。
「よし! じゃあ早速行こうぜ!」
魔物の気配に近づき、視認する。そこには角の生えた兎が三羽いた。
「ホーンラビットか……いや、デカすぎる。変異個体か?」
アランがこちらを伺い、視線で「どうする?」と訴えてくる。本来なら愛らしいはずのウサギの目は血走っており、その巨体からは歪な魔力が立ち上がっていた。
「大きくてもホーンラビットはホーンラビットよ。一気に畳みかけるわよ!」
ステラは引く気はないようだ。作戦通り、二人に補助の星霊術を付与し、僕たちは奇襲を仕掛けた。
手前に二羽、奥に一羽。奇襲を受けた手前の二羽は、反撃の間もなくあっさりと沈んだ。
「これだけ弱いと連携の確認にもならないな」
アランが鼻で笑った。その時だ。
奥にいた三羽目のホーンラビットの喉元に、どこからか飛来したナイフが突き刺さった。悲鳴を上げて絶命するホーンラビット。同時に、僕たちの足元に禍々しい魔法陣が浮かび上がる。
「みんな離れて! 嫌な予感がする!」
叫んだ瞬間、僕たちを閉じ込めるようにドーム状の結界が展開された。さらに、僕と二人の間にも薄透明な壁が立ち塞がる。
「これは……結界か!?」
「出でよ……」
謎の声が響くと同時に、二人の方に地龍が召喚された。
「ふん、想定より小さい個体か。変異ホーンラビットでもこれが限界か……」
「誰だ!?」
声の主を探し、僕は叫んだ。
「お前はただ黙って殺されればいいんだよ」
そこには黒いフードを被った男が立っていた。男が纏う気配は、僕たちが知る力とは異質なものだと本能が告げていた。
「もしかして……魔人なのか?」
男の口元が吊り上がる。
「ご名答。だが分かったところで、お前の運命は変わらん」
男の手から火魔法が放たれた。間一髪で回避する。背後の結界に直撃した魔法が轟音を上げ、熱波が辺りを包み込む。強固な結界は微動だにしない。
星霊術ではない、こいつは本物の『魔人』だ。結界で僕たちを分断し、各個撃破するつもりか!
「ステラ! アラン! 大丈夫か!?」
「大丈夫よ! こいつ、動きは遅いから!」
ステラは地龍の攻撃を華麗に避けながら反撃に転じている。だが、彼女の得意な火系統の星霊術と地龍は相性が悪いようだ。
「攻撃が通らないわ! でも、避けるだけなら問題ない!」
二人はまだ保ちそうだ。ならば……今がまさに『非常事態』だ。僕は光の星霊術を上空へ放った。しかし、光球はドーム状の結界に接触した瞬間に、虚しくかき消されてしまった。
外部への信号すら対策済みか!
「余所見をしていいのかな!?」
黒フードの男が火魔法を連発し、周囲が炎に包まれる。一発一発の魔力量が桁違いだ。星霊術なら中位以上の術をいとも簡単に操っている。直撃すれば無傷では済まない。
僕は火魔法を避けながら水の星霊術を使い、延焼を防ぎつつ対抗した。
(僕は……人を斬れるのか?)
目の前の男を倒さなければ状況は打破できない。だが、僕の心には躊躇いがあった。
男は僕の迷いを見抜いたのか、ニヤリと笑う。奴はステラたちの足元に魔法陣を展開した。瞬く間に、二人の周囲が火の海と化す。
「ステラ、アラン! 水の星霊術は使えるか!」
「私は苦手で……っ!」
「すまん、俺も使えねえ……!」
二人が使えないなら、僕が……!
水の星霊術を放とうとしたが、分断している結界に阻まれて届かない。
くそっ、どうすればいい!
「どうした? 私を殺さないと、大事な友達が焼け死んじゃうぞ?」
男が僕の迷いを見透かしたように、下卑た笑みを浮かべる。
吹き荒れる炎の熱風が、僕の肌をチリチリと焼いた。結界の向こうで、ステラとアランの息が確実に上がっていくのが分かる。このままでは、二人が死ぬ。
「お前、人を殺したことがないんだろう? 残念だったな、詰みだ。星霊術士が三人も……フハハハハ! あのお方のための贄となれ!」
手が震える。前世の倫理観が、平和な世界の記憶が、僕の足枷になっていた。
だけど、そんな生ぬるい感情のせいで、目の前の狂人に二人を奪われてたまるか。
──躊躇うな。覚悟を決めろ。
「大切な人たちを守る。僕の願いは、それだけだ……! だから、大切な人を守る時だけでいい! 僕に人を殺す覚悟をくれ……!」
左手に灼熱の激痛が走った。
次の瞬間。
黒フードの男の身体は、頭部から一刀両断に切り裂かれていた。
「はぁ、はぁ……っ」
魔人とはいえ、人の形をしたものを斬った。だがこれでいい。大切な人たちを守るために、避けては通れない道だったのだから。
自分にそう言い聞かせ、結界が消失したのを確認すると、僕は水の星霊術で火を消し止め、改めて光の星霊術で救援を呼んだ。
「そういえば、地龍は? どうなったの?」
男が火魔法を放った時には、まだそこにいたはずだ。
「それが、いきなり消えたのよ」
「ちょうど、アスターがあの野郎を斬った瞬間に、霧みたいにな」
ステラとアランが答える。すると、背後から急接近する足音が聞こえてきた。
「何があった……!?」
顔色を変えたブラーエ先生が駆け込んできた。事情を説明すると、先生は険しい表情で辺りを見渡した。
「なるほど……魔人に襲われたというのか。それで、その魔人の死体はどこだ?」
「死体ならそこに……あれ?」
……ない。死体が消えている。
「生きて逃げられた可能性があるな……しばらくの間、生徒を王都の外へ出すのは禁じた方がいいかもしれん……」
先生が深刻そうに考え込む。
「そういえば先生、あの男は僕たちを『あのお方のための贄にする』と言っていました」
「あのお方……贄……もしや……」
先生は心当たりがあるのか、独り言を呟きながら再び思考の海に沈んでしまった。
「先生?」
「いや、とにかく今は気を付けることだ……」
それ以上、話を聞き出すことはできなかった。
「いやー、マジで死ぬかと思ったぜ」
アランはそう言いながらも、どこか吹っ切れたような余裕を感じさせた。
「本当よ。でも、自分の苦手な分野も克服しなきゃいけないって痛感したわ」
ステラは今回の事件で、水の星霊術を使えなかった悔しさを噛み締めているようだった。
「連携の確認のはずが、分断されて散々だったね」
そう、本来の目的は果たせていない。次は分断されないように、あるいは分断されても対処できるような特訓を二人としてみようかな?
魔人……恐ろしい敵だった。けれど、僕は大切な人を守り抜く。次も、必ず。
僕は消えた死体のあった場所を見つめ、静かに、しかし強く決意した。




