日常
学園に入学して一週間が経とうとしていた。ようやくこちらの生活にも、少しずつ慣れ始めてきたところだ。
さて、今日も今日とて授業が始まる。
「星霊術は攻撃、防御、補助とその用途は多岐にわたるが、同時に最大の欠点がある。それは何か分かるかね?」
「星霊術では肉体を大きく回復させることができません。可能なのは、自己治癒力をわずかに強化する程度です」
ハキハキとした、迷いのない答え。流石はクラス一の秀才、ステラだ。
「正解だ。これまで幾度となく回復の星霊術は研究されてきたが、芳しい結果は得られていない。それは何故か? 空気中の魔力自体に問題があるからだと、私は……」
淡々と続く先生の講義を聞きながら、僕はふと両親のことを考えていた。
もし、失った部位を再生させるような高度な回復術があれば、父さんは腕を失わずに済み、母さんの顔にも傷は残らなかったのだろうか……。
「――というわけだ。今日の授業はここまでにしよう。それと、明日は王都近郊の森で実戦形式の訓練を行う。そのつもりでな」
言い終えると、先生はいつものようにそそくさと教室を去っていった。
「そういえばステラ、部活は何にするかもう決めたの?」
「うーん、いまいちピンとくるものがなくて……」
「『筋肉研究部』はどうだ?」
「それは、絶対嫌!」
即座に拒絶。アランも冗談のつもりだろうが、ステラの反応は容赦なかった。
「でもよ、一週間以内に部活決めなきゃいけない決まりだろ? そろそろマズいぜ」
「アスターは『星霊研究部』にしたのよね?」
「うん、メグ先輩に、なかば強引に誘われて……」
「メグ先輩って……もしかして、あの『スピカ』の継承者の?」
「そうだけど……」
「星霊研究部って、今は何人いるの?」
「僕とメグ先輩だけだよ」
「……随分と親しいみたいね。ふーん、『メ・グ・先・輩』、ねぇ……?」
ステラの声の温度が、あからさまに数度下がった。ジト目で睨まれて、僕は思わず身をすくめる。
「決めたわ! 私も星霊研究部に入部する!」
「えっ、いいの? 正直、あまりお勧めはしないけど……」
「い・い・の! 行くわよ、アスター!」
「……凄い気迫だ。これが『恋する乙女』ってやつか?」
背後でアランがそんなことを呟いていた気がしたが、今の僕には振り返る余裕なんてなかった。
***
部室の扉を開けるなり、メグ先輩が満面の笑みで僕たちを迎えてくれた。
「いやー、やっぱり来たね、ステラ・ミモザくん! 私のことをメグ先輩と呼ぶことを許可しよう! だから私も、君のことはステラくんと呼ばせてもらうよ!」
「メグ先輩には、負けませんから!」
「おや……なるほど、なるほど! そういうことなら受けて立とうじゃないか、ステラくん!」
ニヤニヤと楽しそうに笑うメグ先輩。二人の視線が交差する間に、バチバチと目に見えない火花が散っているように見えるのは、僕の気のせいだろうか。
「と、ところで! 星霊研究部って具体的に何をするんですか?」
「特にはない! 何をするもしないも自由だよ。かつては幽霊部員もいたくらいだ。私は自身の研究を進めているが、君たちは数合わせとして名前を置いておくだけでも構わないさ」
強気な物言いだった。けれど、その声の端には、どこか寂しげな響きが混じっている。
「数合わせだなんて言わないでください。せっかく同じ部活の仲間になったんです。僕も、メグ先輩の研究に協力します」
「私も協力するわ。数合わせなんて性分に合わないもの!」
「君たち……っ」
メグ先輩は一瞬きょとんとした後、その大きな瞳にみるみるうちに涙を溜めていった。
「「め、メグ先輩!?」」
「……泣いてないよ! 多分、ドゥーちゃんが私の目に悪戯を仕掛けてきたのさ!」
「そんなことしてませんのー!」
眩い光を放ちながらドゥーちゃんが現れ、即座に空中からツッコミを入れた。
「えっと……何、この星霊?」
「この子がドゥーベ、僕はドゥーちゃんって呼んでるんだ」
「えっへんですの!」
「可愛らしいわね、よろしくねドゥーちゃん」
「アスターくん、ステラくん、入部してくれて、本当にありがとう」
メグ先輩が、今度は茶化さずに深々と頭を下げた。
「頭を上げてください、メグ先輩。僕たちはもう、仲間なんですから」
「そうよ、そんな殊勝な態度、調子が狂っちゃうわ」
少し照れくさそうに笑うステラに、メグ先輩も屈託のない笑顔で応えた。
「二人とも、これからよろしくね!」
「これで廃部の危機は乗り越えたわけだな、メグ君」
いつの間にか、ドアの前にブラーエ先生が立っていた。
「気配を消して入ってくるのはやめてくださいよ、先生! 二人が驚いているじゃないですか」
「性分なものでな。これで、ここが『変人同好会』などと揶揄されずに済むな」
変人同好会……メグ先輩は少し強引なところがあるけれど、変人とまではいかないはず。となると、先生自身の自覚が……。
「何か失礼なことを考えていないかね、ハウト君?」
「いえ! 決して!」
僕は冷や汗をかきながら、全力で否定した。
「ミモザ君も、苦労するだろうが精進したまえ。では、二人の入部届を出しに行ってくる」
「私たちも、今日は解散にしようか!」
メグ先輩の合図で、僕たちはその場で解散となった。




