星霊研究部
本格的な授業が始まったのは、翌日からだった。
「星霊術の基本は、空気中にある魔力を星霊が分解し、その契約者が術として力を行使することにある。ここまでは皆、承知しているだろう」
ブラーエ先生は、星霊の基礎知識から説くつもりのようだ。
「一等星霊とその他の星霊の違いについて、分かる者はいるかね?」
先生が教室を見回しながら問いかけると、しばしの静寂の後、ステラが手を挙げて答え始めた。
「一等星霊は一人に対してのみ契約するのに対し、その他の星霊は複数の人間と契約が可能です」
彼女は淀みなく答える。だが、先生の追及は続いた。
「ふむ、確かに教科書にはそう書いてある。だが、本当にそうだと思うかね? 二等や三等の星霊にできることが、一等星霊にはできないと?」
「え、ええと……」
想定外の質問だったのか、ステラが言い淀む。確かに、言われてみればその通りだ。
「私は、一等星霊にも可能だと思っている。しかし、敢えてそれをしないのは力を集中させるためだろう。契約者が増えれば星霊の力は分散し、行使できる出力が弱まってしまうからな」
淡々とした口調ながら、先生の言葉には熱がこもっているように感じられた。
一等星霊とそれ以外の力に大きな差があるのは、そのためか。ドゥーちゃんの力が強いのも、僕一人とだけ契約しているからなのだろう。
「ところで君たちは、魔人についてどれくらい知っているかな……」
先生が急に話題を切り替えた。
魔人。僕たちの国は、十年前まで彼らと戦争状態にあった。魔将と呼ばれる強大な魔人と、レグルスの継承者が相打ちになる形で戦争は終結したが、その際に僕の両親も負傷している。
僕たちが沈黙していると、先生が解説を始めた。
「魔人は我々と違い、星霊術を使わない。彼らの使う力は『魔術』と呼ばれ、星霊を介さずに魔力を分解し行使できる。つまり、自身の力で魔力を扱えるということだ。だが、それ以外は見た目も我々と変わらない。なので……」
先生は一瞬言葉を切り、ニヤリと笑って言った。
「先生も魔人かもしれないぞ、がおー」
教室の空気が一瞬で凍り付いた。
「先生が魔人? それは無理がありますって。そんなに細い魔人、ちっとも怖くないですよ」
アランがすかさずツッコミを入れる。
「こほん……今日の授業はここまでにしよう。それとブラウン君、君は随分と魔人に詳しいようだから、明日までにレポートを書いてきなさい」
「えっ、明日!? 勘弁してくださいよ先生ー!」
アラン、それは自業自得だ。そんな顔でこっちを見ても助けないぞ。
「ああ、それと一週間以内に何かしらの部活動に入るように。チラシを黒板に貼っておくから確認したまえ」
先生が告げた瞬間、突風が巻き起こった。風に煽られた無数のチラシが、吸い寄せられるように黒板に次々と貼り付いていく。そのまま先生は足早に教室を去っていった。
星霊術にこんな使い方があるのか、かなりの精度がなければ、あんな芸当はできないはずだ。
僕とステラ、アランは並んで黒板のチラシを眺めた。
「おっ、これなんかいいんじゃないか? 『筋肉研究部』だってよ。アスター、一緒に……」
「絶対ヤダ」
あからさまに怪しい部活じゃないか。というかアラン、立ち直るのが早いな。
「ステラはどの部活にするの?」
もし彼女が筋肉研究部と言い出したらどうしよう、と少し不安になる。
「私はまだ決めてないわ。一週間あるし、見学しながらゆっくり決めようと思うの」
「そうだね。アランみたいに即決はしないよね」
見学、その手があったか。
チラシを一通り眺める中で、一つの名前が目に留まった。
「星霊研究部、か……」
ドゥーちゃんには謎が多い。王都に来てから姿を見せないし、そこなら何かわかるかもしれない。
「じゃあ、僕は見学に行ってくるよ。また明日、ステラ、アラン」
「また明日、アスター!」
「筋肉研究部に見学か?」
「違うよ!」
僕はアランの声を背に、部活棟へと向かった。
***
星霊研究部は、この辺りだろうか。
僕は部活棟の廊下にいた。周囲に人はまばらで、賑やかな勧誘の気配はない。そんな静まり返った廊下を、一人の少女がこちらへ向かって走ってきた。
「待ってたよ、アスター・フォーマルハウトくん!」
「っ!? なぜ本名を……君は一体?」
少女は金髪碧眼で、髪をツインテールに結び、なぜか白衣を羽織っている。背丈はステラより頭一つ分ほど低い。中等部……いや、初等部の生徒だろうか?
「えっと、僕の名前はアスター・ハウトですが……」
僕は平静を装い、慎重に答えた。
「ふーん、そういうことになっているのも、お見通しだよ! 失敬失敬」
少女のテンションは妙に高く、気圧されそうになる。
「ええと……迷子かな?」
もし初等部の生徒なら、早く帰してあげないといけない。
「迷子ではない! 私の名前はマーガレット・スピカ! メグ先輩と呼びたまえ、アスターくん!」
先輩? それに『スピカ』だって? 正直、にわかには信じがたいが、ひとまず話を合わせてみるか。
「アスターくんが今日、星霊研究部に来ることは分かっていたのだよ、私は『星詠み』だからね!」
王都に凄腕の星詠みがいるという噂は聞いたことがあるが、まさか、この人がそうなのか?
「ふん、驚いて声も出せないようだね。さあ、入部するのだろう? 行こう、我が部室へ!」
「待ってください、入部するとは一言も……」
見学に来ただけなのに、強引な勧誘に困惑してしまう。
「……しょうがない、入部してくれたら、私の『初めて』をあげよう」
急に声を落とし、メグ先輩が艶っぽく囁いた。
「は、初めてとは……?」
恐る恐る聞き返すと、メグ先輩は頬を赤らめて言い放った。
「初めてのビ・ン・タ! キャッ」
「帰ります、じゃ!」
僕は即座に踵を返した。
「いやー! 帰らないで! 私の初めてをあげるって言ったのにー!」
メグ先輩は僕の腕を掴み、廊下中に響き渡るような声でとんでもない事を叫び始めた。
「わ、分かりました! 帰りませんから叫ばないでください!」
幸い、周囲に人はおらず、変な誤解を招かずに済んだ。本当に心臓に悪い。
「ビンタ、いる?」
「いりません!」
まったく、人騒がせな先輩だ。
「部室に案内するよ、ついてきて!」
僕は先輩に促されるまま、案内された部屋に入った。
「ここが部室……」
目に飛び込んできたのは、所狭しと積み上げられた本の山だった。中央には、辛うじて埋もれていない長机と椅子が一脚だけ置かれている。
「ははは……まずは片付けからかな!」
メグ先輩が小動物のような瞳でこちらを見つめる。放っておいたらまた何を言い出すか分からない。
「片付け、手伝いますよ。メグ先輩」
「いやー、悪いねアスターくん!」
メグ先輩は申し訳なさそうにしながらも、はにかんだ笑顔を見せた。
「星霊研究部には、メグ先輩の他に部員はいないんですか?」
本を整理しながら問いかける。
「いない! 幽霊部員だった二人が卒業したから、部長の私一人だよ!」
メグ先輩は自信満々に胸を張った。
「でも、アスターくんが入るから二人だね!」
まだ入るとは決めていないのだが……。
メグ先輩は意外にも手際が良く、十分ほどで部室は片付いた。本の山の下からは、さらに三脚の椅子が姿を現した。
「アスターくんは、珍しい名前の星霊を使うそうだね?」
そうだ、ドゥーちゃんのことを調べるためにここへ来たんだった。目的を見透かされたことに驚きつつ、僕は会話を続けた。
「僕の星霊『ドゥーベ』の名は、あまり知られていないみたいで」
「ふむ、確かに聞いたことがない名だ。ステラ・ミモザくんとの決闘で、わざと負けたようだが……その星霊の力は、一等星霊に勝るのか、それとも劣るのか……」
わざと負けたことまで見抜かれているのか? この人の力は、本物かもしれない。
「ちょっと待つですのー!」
突如、僕の左手が光り、ドゥーちゃんが飛び出してきた。
「黙って聞いていれば、なんですのこの小娘は! ドゥーちゃんは最強の星霊ですの!」
メグ先輩は目を丸くし、ドゥーちゃんを食い入るように観察し始めた。
「おお! 君がドゥーベか。こんなサイズの星霊は見たことがない。それに、星霊召喚なしに出現するとは!」
通常、星霊は祠から動けない。一等星霊であっても、契約者が『星霊召喚』を行わなければ姿を現すことはできないはずだ。
「はっ! せっかくドゥーちゃんが気を使って、ご主人サマが目立たないように隠れていましたのに! こんな小娘の安い挑発に乗ってしまいましたの……」
王都に来てから姿を見せなかったのは、ドゥーちゃんなりの配慮だったのか。
「ごめんなさいですの、ご主人サマ……」
珍しくしおらしく謝るドゥーちゃん。
「いや、大丈夫だよ。謝らなくてもいいんだ」
メグ先輩は変わった人だが、スピカの継承者だ。秘密を言いふらしたりはしない……と思いたい。
「感動の再会、といったところかね? 二人とも!」
「いや、別に」
「ちょっと、冷たくないかい!?」
メグ先輩とやり取りをしていると、廊下から強烈な気配を感じた。
「こっ、この星霊は……!?」
現れたのはブラーエ先生だった。驚愕の表情でこちらへ詰め寄ってくる。
「まさか星霊召喚か? いや、星霊召喚は一等星霊以外には不可能なはず。そもそも、こんな極小サイズの星霊など聞いたこともない。これは星霊学史に残る大発見だ、さっそく学会に……」
先生が早口で捲したてる。教室での冷淡な態度とは、まるで別人だ。
「先生、落ち着いてくださーい」
メグ先輩が本で先生の視界を遮り、なだめる。
「……失礼、あまりに珍しいものだったので、つい興奮してしまった。これは、ハウト君の星霊かね?」
先生はようやく冷静さを取り戻したようだ。
「はい、星霊ドゥーベです」
「ドゥーちゃんですの!」
ドゥーちゃんが自信たっぷりに胸を張る。
「これは……解剖して調べねばならんな……」
先生が恐ろしいことを呟いた。途端にドゥーちゃんは僕の背後に隠れ、ガタガタと震えだす。
「こ、怖いですの……ご主人サマ……」
「フッ、冗談だよ。生徒の星霊にそんな真似はしないさ」
先生はぎこちない笑みを浮かべると、背を向けた。
「新入部員が一人……あと一人、頑張りたまえ、メグ君」
そう言い残し、先生は去っていった。
先生はメグ先輩を『メグ』と呼んでいた。そんなに親しいのだろうか?
「なぜ先生がここに? それに『あと一人』って?」
「ブラーエ先生はこの部の顧問なんだ! そして、あと一人新入部員を確保しなければ、この部は廃部になってしまうのだよ!」
メグ先輩は何でもないことのように、衝撃的な事実を告げた。
「……というか、僕が入部するのはもう決定なんですね」
「当然だろう! 当然だよね……?」
メグ先輩は再び小動物のような瞳で僕を上目遣いに見つめ、ぐいぐいと距離を詰めてくる。顔が近い……くっ、そんな顔をされると弱いんだ、僕は。
「……分かりました、入部します」
少し体温が上がるのを感じながら、僕は告げた。
「やったー! これからよろしくね、アスターくん!」
メグ先輩は飛び跳ねて喜んでいる。
「よろしくお願いします、メグ先輩」
まあ、正直なところ、悪い気分ではなかった。
***
「それじゃあメグ先輩、また明日」
「うん、また明日!」
アスターくんの背中を見送る。
夢にまで見た今日という日。彼は、私の想像通りの人だった。
星詠みとして覚醒したあの日から、ずっと待ち望んでいた。この日のために、ずっと……。
「ちゃんと見ててね……私はそれだけで十分なんだから……」
メグの望みは、誰もいない部室棟に静かに木霊した。




