決闘
講堂での入学式を終え、高等部一年生の星霊術士たちは専用の教室に集められていた。
この王立学園は『貴族から平民まで広く門戸を開いている』という建前を掲げているが、実態は隣国の軍事国家アストロ帝国に対抗するための人材育成機関だ。星霊術士には先天的な才能が不可欠なため、このクラスには平民の姿も多く見られた。
その中で、一際目を引く存在がいた。燃えるような赤髪の少女だ。
「あなたは昨日の……! そのっ、本当にごめんなさい!」
彼女は周囲の目も気にせず、勢いよく深々と頭を下げた。
「いいよ、気にしてないから」
少し気恥ずかしかったが、ここまで平謝りされてはそう答えるほかないだろう。
それにしても、どこかで見覚えがあるような、懐かしい感覚が胸をよぎる。
「えっと……私の顔に何かついてるかしら?」
「おっと、ごめん」
マジマジと見すぎただろうか。
「ちょっと! ステラさんに何をさせているのよ!」
突如、取り巻きらしき女子生徒が僕に詰め寄ってきた。
「いや、これには事情が――」
僕とステラさんは、慌てて彼女を宥めようとする。
「なんだか知らないけど、決闘よ! ステラさん、こんな奴やっちゃってください!」
「いや、決闘なんて私は……」
ステラさんも流石に困惑しているようだ。
「いいじゃないか。内部生と新入生の実力を見るには丁度いい……」
背後から響いた声に振り返ると、そこにはライラさんに瓜二つの人物が立っていた。
顔立ちはそっくりだが、眼鏡をかけ、顔色は少し悪く、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「私の名はブラーエ。このクラスを受け持つ教師だ……」
間違いなく、ライラさんの弟だろう。
「先生のお墨付きもいただいたことだし、早速決闘よ!」
取り巻きの彼女は一人で息巻いている。
「「どうしてこんなことに……」」
僕とステラは同時に肩を落とした。
***
クラス全員で校庭に移動し、いよいよ決闘が始まる。
目立っちゃダメなのになぁ……。でも、仕方ないか。
「はぁ……。私の名はステラ・ミモザ! 一等星霊ミモザの使い手よ! 気は進まないけれど、やるからには全力で行くわ!」
彼女は木剣を構え、凛とした声で宣言した。
一等星霊ミモザの使い手。一体どれほどの実力なのだろうか。
「僕はアスター・ハウト。星霊ドゥーベの使い手だ」
流石にフォーマルハウトの名を出すわけにはいかない。ここはドゥーちゃんの力だけで戦おう。
「ドゥーベ? 聞いたことのない星霊ね」
そうなのか? 少しの違和感を覚えつつも、目の前の戦いに集中する。
「武器は木剣のみ。術の使用は下位星霊術に限定する……。それでは、始め!」
ブラーエ先生の合図とともに、彼女は猛スピードで突っ込んできた。
目にも止まらぬ速さで、鋭い斬撃が繰り出される。
(速い……っ!)
こちらも星霊術で身体強化を行い、その一撃を必死に受け止める。凄い力だ。ミモザの力は伊達じゃないということか。
彼女の雨あられのような斬撃を受け流しながら、時折カウンターを狙う。しかし、そのすべてを彼女は華麗に捌いてみせた。
埒が明かないと判断したのか、彼女は星霊術を織り交ぜ始める。
火球の連発と斬撃の嵐。こちらも本気を出さないと、押し切られそうだ。
(いや、目立ちすぎるわけにはいかない。ここは……わざと負けるべきか?)
そんな考えを巡らせながら攻撃を凌ぎ続けていると、とうとう彼女は痺れを切らしたのか、巨大な火球を放ってきた。
(これが下位星霊術……? だが、タイミングとしては丁度いい!)
僕は防御の術を薄く展開しながら、わざとらしく火球の直撃を受けた。
瞬間、激しい爆発が起こり、僕は派手に後ろへと吹き飛んだ。
「ステラさんの勝ちよ!」
取り巻きの女子が歓喜の声を上げた。
「ふむ……勝者、ステラ・ミモザ」
ブラーエ先生が淡々と宣言する。
「いやー、負けたよ。ステラさんは強いね」
「あなた、それ……」
ん? 彼女の視線を追って地面を見る。
(おっと、いけない! 母さんから貰ったお守りを落としてる!)
「後で話があるわ。談話室に来て」
そう言い残すと、彼女は風のように去っていった。
話? なんだろう。もしかして手を抜いていたのがバレたのだろうか。
「さて、今日はもう解散だ。また明日な……」
ブラーエ先生もそう告げると、そそくさと校舎へと戻っていった。
「お前、やるな!」
不意に、クラスメイトの男子に肩を叩かれた。
「俺はアラン、アラン・ブラウンだ! 一等星霊の使い手にあれだけやれるなんて、すげぇぜ!」
彼はジャックおじさんを彷彿とさせる巨体で、制服越しでも筋肉の隆起がわかる。
「そうかな? 負けちゃったけどね」
「星霊術による身体強化、見事だったぞ!」
「ありがとう。そうだ、僕も自己紹介を。アスター・ハウトだ。アスターでいいよ」
「おう! それじゃ俺もアランでいいぜ。よろしくな、アスター!」
こうして僕は決闘を終え、初めての友人を得た。
***
放課後、談話室に入ると、そこには既にステラが待っていた。他に人影はない。
「単刀直入に聞くわ。あのお守り、誰から貰ったの?」
「誰って……母さんだけど」
なぜそんなことを聞くのだろうか。
「そ、その人の名前は……?」
彼女は緊張と期待が入り混じったような、震える声で問いかけてくる。
「ソフィアだけど……って、ステラさん?」
彼女の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
「生きてた……ソフィアお姉ちゃん! お姉ちゃんは元気なのよね!?」
「母さん? 元気すぎるくらいだよ」
彼女は心底安堵した表情を浮かべ、自身が持つ何かを僕に見せた。
「これ、僕のと同じお守り……?」
随分とボロボロになっているが、確かに同じものに見える。
「……ということは、あなた『フォーマルハウト』なんでしょ?」
バ、バレた!? 不用意に母さんの名前を出したせいか。
「隠さなくてもいいわよ、何か事情があるんでしょう?」
「う、うん……」
隠しても無駄なようだ。彼女なら言いふらすこともないだろう。
「アスター・フォーマルハウト……うーん……?」
彼女は何やら唸っている。今度はどうしたんだろう。
「あーーっ!」
急に叫ぶものだから、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
「アスターって、孤児院にお姉ちゃんとよく来ていたわよね!?」
孤児院。確かに王都に住んでいた頃、母さんとよく通っていた。
「ステラさんって、あのステラか! 確かに見覚えがあると思ったんだ!」
僕たちは幼馴染だったのだ。戦争が終わってから、再会する機会を失っていたけれど。
「お姉ちゃんが生きていて、幼馴染とも再会できた。今日は最高の日ね!」
彼女はさっきまでの涙が嘘のように、上機嫌に笑った。
「僕も、ステラさんと再会できて嬉しいよ」
昨日の少し変わった再会劇には目を瞑ることにしよう。
「『ステラ』よ」
「えっ?」
「私もアスターって呼ぶから、昔みたいに『ステラ』って呼んで」
彼女は顔を赤らめながら、はにかんだ。
「改めてよろしく、ステラ」
僕が微笑みながら応えると、彼女は少し照れくさそうに口を尖らせた。
「何ニヤニヤしてるのよ、アスター!」
「ニヤニヤなんてしてないよ」
僕たちの笑い声が、放課後の談話室に響いた。
***
「それじゃまた明日、ステラ!」
「うん、また明日!」
アスターの背を見送り、ステラは談話室に一人きりになる。
お姉ちゃんが生きていた。幼馴染とも再会した。
嬉しい。嬉しいはずなのに……。
お姉ちゃんは、私を見捨てたの?
……いいえ、違う、きっと何か理由があるはず。
「お姉ちゃんは、私を捨ててない……捨ててないわ……」
ステラは自分に言い聞かせるように、小さく、静かに呟いた。




