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【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
一章 七つの奇跡
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入学

 ジオアントス王国の中心に位置する王都ジオアントス。ここはこの国最大の規模を誇る都市だ。


 王城のある北部、学園がそびえる南部、人々の生活が息づく西部の居住区、そして活気あふれる東部の商業区という、四つのエリアに分かれている。


 僕は東門から王都へ足を踏み入れた。衛兵による簡単な身体検査を受けたが、僕がフォーマルハウト家の者だと分かると態度は一変。驚くほどすんなりと通してくれた。


「ここが王都か……。十年ぶりだけど、あんまり変わってないな」


 どこか懐かしく、それでいて新しい生活への期待に胸が躍る。不思議な高揚感に包まれるが、感傷に浸っている場合ではない。まずは学園へ向かわなくては。


 それにしてもやはり人は多い。流石は王都だ。僕はつい観光気分であちこちをキョロキョロと見回しながら、歩みを進めた。


「まるでお上りさんだな……」


 前世の記憶によれば、都会の人は他人に無関心だったはずだ。だから僕の事など気にしてはいないのだろう。そんなことを考えているうちに、いつの間にか目的の学園に到着していた。


 いきなり学園長に会えるものだろうか。父さんは「手紙を見せれば大丈夫だ」と言っていたけれど。


「すみません、学園長に面会しに来たのですが」


 僕は守衛に父からの手紙を提示した。


「これは……! お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 守衛の案内に従い、僕は学園長室の重厚なドアを叩く。


「入りたまえ」


「失礼します」


 部屋に足を踏み入れると、そこには筋骨隆々の大男が待ち構えていた。立っているだけで圧倒されるような、凄まじい存在感だ。


「ようアスター! 久しぶりだな!」


「こんにちは、ジャック・シリウス学園長」


 彼もまた、伝説的な四星《フォースターズ》の一人だ。


「おいおい他人行儀だな。昔みたいに『ジャックおじさん』って呼んでくれよ」


「……分かったよ、ジャックおじさん。久しぶり」


 ジャックおじさんはしばらく豪快に笑った後、不意にその表情を険しくした。


「アスター、いきなりだが、これからは偽名で過ごせ」


「理由を聞いてもいい?」


 唐突な提案に、僕は疑問を投げかける。


「四星《フォースターズ》を狙う不穏な連中がいるようだ」


 ……あいつらの仲間か、例の『あのお方』というやつだろうか。


「もう狙われましたよ、ここへ来る途中で」


「何だと!? アスターがフォーマルハウトを継承したことが、もう漏れているのか?」


「そこまでは分かりません」


 あの襲撃が僕個人を狙ったものか、それともフォーマルハウト家全体を標的にしたものかは不明だ。


「ふむ……『木を隠すなら森の中』だ。やはり正体は伏せ、一学生として過ごすべきだろう」


「他の生徒を巻き込む危険はありませんか?」


「ここには俺がいる、大丈夫だ」


 王国最強と謳われる男の言葉には、揺るぎない自信と実力が裏打ちされていた。


「偽名、か……。『アスター・ハウト』なんてどうかな?」


「うむ、少し安直な気もするが、まあいいだろう」


 僕のネーミングセンスのなさが露呈したが、偽名はあっさりと決まった。


「おっと、もうこんな時間か。寮の門限が近い。場所は分かるか?」


「はい、守衛さんに教えてもらいました」


「そうか、なら急げ。門限は絶対だからな!」


 そんなに厳しいのか……?


 僕は挨拶もそこそこに、寮へと急いだ。


 ***


 ――アスターが去った後、ジャックは独り呟く。


「アスター・フォーマルハウトか……」


 見違えるほど成長した。あの途轍もない力。一体どんな鍛え方をすればあんな領域に達するのか。サロスよ……もしかしたらあいつは、俺よりも……。


「なんてな! まだまだ若いもんには負けんぞ! ガハハ!」


 ***


 高等部の寮は、校舎から見て右側が男子寮、左側が女子寮となっている。


 間違えて左に入ったら、生きては帰れなそうだな……。


 そんなドジはしないだろうと思いつつ、僕は右側の男子寮へ入った。


 寮母のような管理人は見当たらない。どうやって門限を管理しているのだろう。建物内は不気味なほど静まり返っていた。


 僕は自分の部屋に入り、シャワーを浴びる準備をする。


 星霊術で水を生成する簡易的なものだが、旅の汚れを落とすには十分だ。服を脱ぎ、術を発動しようとしたその時、突然ドアが開いた。


「疲れたわね、もうクタクタ……」


 現れたのは、燃えるような赤い瞳と髪を持つ、凛とした少女だった。


「「えっ」」


 まずい、僕は咄嗟に大事な部分を手で隠した。


「落ち着いて! 叫ばないでくれ!」


「こっ、ここは、私の部屋よ……っ!」


 彼女は震える声でそう言った。


「いや、ここは男子寮のはずだけど……」


「そんなはず……あっ!」


 彼女は何かに気づいたように顔を真っ赤にし、「ごめんなさい!」と叫んで脱兎のごとく去っていった。


 これが彼女との『衝撃の再会』になることを、この時の僕はまだ知る由もなかった。


 ***


 翌日、いよいよ入学式当日だ。僕は小走りで講堂へと向かっていたが、その途中で人だかりに遭遇した。


「カレンさん! 僕と付き合ってください!」


 衆人環視の中での告白。相手の女性は、黒髪ロングの淑やかなお嬢様だが、どこか陰のある雰囲気を纏っていた。


 彼女は周囲を一度見渡すと、なぜか僕の方へ歩み寄ってきた。そして、僕の腕を強引に絡め取る。


「ごめんなさい、私、この方と婚約していますから」


「「「「「えええええ――っ!?」」」」」


 周囲に激震が走り、告白していた男子生徒は真っ白になって固まっている。


「行きましょう」


 彼女に引きずられるようにして、僕はその場を離れた。


 連れてこられたのは、誰もいない静かな談話室だった。


「ごめんなさいね、アスター・フォーマルハウトくん」


 ……本名を知っている!?


 僕は反射的に身構え、距離を取る。


「警戒しないで。私はカレン・シリウス。三年生でジャック・シリウスの娘よ」


 ジャックおじさんの娘……。あのおじさんから、こんな美人が?


「カレン先輩……訳あって、今は『アスター・ハウト』と名乗っています。できれば、そう呼んでいただけると助かります」


「分かったわ、アスターくん」


「ところで、先ほどの『婚約』というのは……?」


 どうせ方便だろうとは思ったが、一応確認しておく。


「私の父さんとサロス様が、昔決めたそうなのよ」


 初耳だ。なんてことをしてくれたんだ、父さん。


「……先輩はいいんですか? 親が決めた相手なんて」


「ふふ、可愛い弟みたいで気に入っちゃったかも」


 彼女はいたずらっぽく微笑む。


「僕が悪い人だったらどうするんですか?」


「悪い人は自分からそんなこと言わないわよ、それに……」


 最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。


「あ! もう行かないと、入学式が!」


「呼び止めてごめんなさい。また会いましょう、アスターくん」


「はい、また!」


 彼女との会話は、どこか心地よかった。もし僕に姉がいたら、こんな感じだったのだろうか。


 ***


 一人残された談話室で、カレンはポツリと呟く。


「ふふっ、父さんから聞いていた通りね」


 真面目そうで、強い意志を宿した瞳。私の好きな瞳。


「普通の人生、か……」


 彼との会話が楽しかった分だけ、カレンの心には深い諦観が広がっていくのだった。

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