王都へ
星霊の継承から数ヵ月。その間、僕は父さんから星霊術の使い方をみっちりと叩き込まれた。
父さんは二等星霊を操り、僕はドゥーちゃんの力をメインに据えて訓練に励んだ。一等星霊であるフォーマルハウトの力はあまりに強大すぎるため、実戦形式の練習には向かないからだ。しかし訓練の甲斐あって、僕の星霊術の精度は格段に向上していった。
「明日から王都の学園に向かってもらうぞ、アスター」
夕食後、父さんが唐突に切り出した。
「急な話だね、父さん」
「急ではない。お前の将来を考えてのことだ。戦闘技術だけなら俺が教えられるが、見識を広めることや、一生ものの学友を見つけることもまた、お前にとって必要な財産になるからな」
「……そうだね、分かったよ」
転生する前は、学校に通うことすら叶わなかった。正直なところ、楽しみで仕方がない。
「この方が、アスター様ですか?」
背後から不意に声をかけられ、僕は勢いよく振り返った。そこには端正な顔立ちをした、中性的な人物が立っていた。
「急に現れるからアスターが驚いているじゃないか。相変わらず気配を消すのが上手いな、ライラ」
「すみません、性分なもので」
全く気付かなかった……。
「ドゥーちゃんは気付いてましたの!」
本当だろうか? というかドゥーちゃん、君はいつからそこにいたんだ。
「申し遅れました。私はライラ・ベガと申します」
ベガ――一等星霊の使い手か。
ジオアントス王国では、一等星霊の継承者はその星霊の名を名乗る決まりがある。我が家は男爵家だが、『四星』と呼ばれる一等星霊を世襲する家系の一つだ。
王家のアルタイルの他にシリウス、レグルス、そしてフォーマルハウト、この三家は戦時には、王家に次ぐ影響力を持つという。
「アスター・フォーマルハウトです。よろしくお願いします」
「よろしく、アスターさん」
「ところで、ベガさんは何のために我が家へ?」
一等星霊の継承者がこんな辺鄙な所に来る理由が気になり、僕は尋ねた。
「護衛だ。我が領地のな」
「護衛が必要なの?」
「アスター、フォーマルハウトと契約した泉の祠を覚えているだろう。あそこはこの国の最重要拠点の一つ、国家機密なんだ。まあ、それにしても護衛を寄越すなんて、アイツも心配性だな……」
父さんが遠い目をして呟いた。『アイツ』とは一体誰のことだろう?
「そういう事です。サロス様の力が低下したため、私が派遣されました」
フォーマルハウトの力を僕が継承したから、祠の守りが薄くなったということか。
「あのオバサンは、ドゥーちゃんと違って祠から動けないですの。祠を壊されないための護衛ですの?」
ドゥーちゃんの直球な質問に、父さんが頷く。
「そういうことだ」
ベガさんはドゥーちゃんを興味深そうに見つめた。
「ところで、この小動物は何でしょうか? 会話もできるとは」
「小動物じゃないですのー! 最強の星霊ですのー!」
最強って……ホラを吹くにも程があるぞ。
「祠に宿らない星霊、珍しいというより、世界初では? 弟が知ったら……」
ポーカーフェイスなベガさんだが、その言葉には明らかに驚愕の色が混じっていた。
「えっへん! ですのー」
何故か満足気なドゥーちゃんだ。
「サロス、アスター、明日のことなんだけど……」
母さんが部屋に入ってきた。
「あら?」
「あなたは……ソフィア様!? なぜここに!?」
ベガさんが声を上げた瞬間、母さんが素早くその口を押さえた。
「少し、向こうで話しましょうか」
二人はそのまま部屋を出ていってしまった。
「どういうこと、父さん?」
「俺の口からは何とも……まあ気にするな! アイツ、説明してなかったんだな……」
また『アイツ』母さんの正体についても、何か深い事情がありそうだ。
***
翌日、いよいよ王都へ出発する時が来た。
「気をつけるのよ、アスター。これ、お守りよ」
「ありがとう、母さん」
「楽しんでこい、アスター!」
「二人の護衛はお任せください」
見送る三人に別れを告げ、僕は馬車に乗り込んだ。
「王都までの道中は私にお任せを、お坊ちゃま」
「やめてよ、フィリップおじさん」
父の親友で領地の騎士団長を務めるフィリップおじさんは、飄々としているが非常に頼りになる。彼と四人の騎士が僕の護衛だ。
***
馬車に揺られること三日。街道沿いは平和で、旅は順調そのものだった。
しかし、突如として馬車が激しく停止した。
「賊に囲まれています!」
騎士の鋭い声が飛ぶ。
「アスターは馬車の中にいろ、俺が片付けてくる」
フィリップさんはそう言い残し、外へ飛び出した。
僕はすぐさま星霊術で味方の能力を強化し、索敵を開始した。すると、遠方で大規模な術を行使しようとしている賊の姿を捉えた。
まずい、このままじゃ皆がやられる!
防御か、攻撃か。人に対して力を使うことに一瞬の躊躇いがよぎるが、皆を守るためだと自分に言い聞かせた。
「いけ……っ!」
加減をしながら放った雷の星霊術が、轟音と共に賊を貫いた。敵の術を霧散させることには成功したが、ダメージは浅かったようだ。だが、その音を聞きつけたフィリップおじさんが一気に距離を詰め、賊を制圧した。
まだ手が震えている。加減を間違えれば殺していたかもしれない。自分の持つ力の重さを、改めて実感した。
「片付いたぞ、今の音はアスターが?」
「うん、大きな術を使おうとしていたのが見えたから」
「助かった、ありがとう」
外では生き残った賊への尋問が始まっていた。フィリップおじさんが剣を突きつけると、賊は案外あっさりと口を開いた。
「俺たちの目的は、あのお方の望みを叶えること、『四星』を抹殺することだ」
僕が狙いだったのか。
「あのお方とは誰だ!」
「あのお方の名は……かはっ!」
賊は血を吐き、そのまま絶命した。
「呪いか。正体を隠すために口封じを施していたようだな」
その直後、賊の死体から不気味な魔法陣が浮かび上がり、禍々しい光の中から巨大な『地龍』が出現した。
地鳴りのような咆哮が響き渡り、空気が震える。
「地龍だと!? アスター逃げろ、ここは俺たちが食い止める!」
「僕も戦うよ! そのための力なんだ!」
「くそっ、サロスにどやされるぞ……よし、俺たちが前衛で気を引く、アスターは後方から援護してくれ!」
フィリップおじさんと騎士たちは見事な連携で地龍を翻弄する。だが地龍の強固な鱗には傷一つ付けられない。圧倒的な防御力を前に、決定打に欠けていた。
だったら、僕が活路を切り開く……!
僕は集中して星霊術の準備に入る。右手のフォーマルハウトの力、そして左手のドゥーちゃんの力。二つの相反するような星のエネルギーを、体内で一つに混ぜ合わせるようにイメージする。
凄まじい熱量が両手に収束していく。
「皆、離れて!」
合図と共に騎士たちが一斉に飛び退いた。
「貫けぇッ!」
放たれた規格外の稲妻が、地龍の巨体を真っ直ぐに直撃する。まばゆい爆炎と轟音が辺りを激しく震わせた。
やがて砂煙が収まった時、そこには物言わぬ地龍の巨体が横たわっていた。
「地龍を一撃で、か……」
フィリップさんが呆然としている。
「……凄すぎるな。サロスでもここまでは無理だぞ!」
彼は我に返ると、僕の頭を乱暴に撫で回した。
「皆を守りたくて、必死だっただけだよ」
「二回も助けられたな。本当にありがとう、アスター」
大切な人たちを守りたいというのは、僕の本当の願いだ。
僕は左手の甲に視線を落とし、改めて自分の願いを強く心に刻んだ。




