ステラ・ミモザ
実戦訓練から数週間が過ぎた。黒フードの男に動きはなく、僕たちは授業という日常の中にいた。
「星霊召喚には欠点がある。召喚を行えば星霊と契約者が独立して行動できるが、代わりに術者は星霊術の行使ができなくなるんだ。まあ、このクラスではミモザ君以外には関係ない話だがね。テストに出るから覚えておくように」
「流石はミモザさんね!」
取り巻きの女子が、我が事のように自信満々に叫ぶ。ステラはそんな称賛が気恥ずかしいのか、顔を赤くしていた。
ブラーエ先生は、あの森での一件以来、星霊研究部に顔を見せなくなった。そんなに忙しいのか、あるいは職務放棄だろうか。僕がそんなことを考えているのを察したのか、先生は鋭い眼光でこちらを射抜いた。
「ハウト君、レポート追加だな……」
「そんなぁ、勘弁してくださいよ」
授業を終えた僕とステラは、部室棟へと向かった。途中でメグ先輩とも合流し、談笑しながら歩を進める。
「メグ先輩、いつも一人ですけど、もしかして友達いないんですか?」
ステラが何気なく尋ねる。悪気はないのだろうが、随分と直球だ。
「友達ならいるじゃないか! ここに二人も!」
胸を張るメグ先輩の目は、気のせいか少し泳いでいる。……どうやら、本当にいないらしい。
「と、友達なんて量より質だよ! そうは思わないかね、二人とも!」
焦ったように頭を掻きながら、メグ先輩は僕たちに同意を求めてきた。
「そうですね、僕も二人の他には、アランくらいしか親友と呼べる相手はいないかもしれません」
他のクラスメイトとは、あまり深く話した記憶がない。
「私は友達ならそれなりにいるけれど、どこか壁を感じるわね」
ステラの場合は、どちらかというと崇拝対象として見られている節がある。
「そうだろう、そうだろう! 親友最高! 私たち三人は親友だ!」
メグ先輩は僕たちの肩を抱き、はしゃぎながら少し目に涙を浮かべていた。そんなに『親友』と言われたのが嬉しかったのだろうか。
「あら? アスターくんじゃない」
部室棟の前で声をかけられた。このよく通る声は、カレン先輩だ。
「こんにちは、カレン先輩」
「こんにちは。一緒にいるのはスピカさんと……」
「ステラ・ミモザです。初めまして、カレン・シリウス先輩」
「あなたがミモザさんね、お名前は伺っているわ。よろしくね」
二人が丁寧に挨拶を交わす中、突然メグ先輩が声を荒らげた。
「カレンくん! 私はスピカと呼ばれるのが大嫌いなんだ、知っているだろう!」
「そうだったわね……ごめんなさい、マーガレットさん」
「メグだ!」
鬼気迫る勢いで言い放つメグ先輩に、カレン先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、メグ」
「……頭を下げなくていいよ、カレンくんが悪いわけじゃない。私の方こそ、取り乱してすまなかった」
二人の間に流れる空気は尋常ではない。僕とステラは、ただ固まって見守ることしかできなかった。
「私、先に部室へ行くよ……」
逃げるように走り去るメグ先輩。
「迂闊だったわ、彼女と話すのは久しぶりだったから……」
カレン先輩が独り言のように呟く。
「先輩たちの間に、何があったんですか?」
僕はたまらず尋ねた。
「ごめんなさい、私の口からは言えないわ……」
やはり、答えてはもらえないか。
「……ミモザさんも、ミモザって呼ばれるのは嫌だったかしら?」
ハッとして、ステラが我に返る。
「いえ! ミモザを継承したことは私の誇りですから」
ステラは愛おしそうに胸に手を当てて答えた。だが、すぐに頬を膨らませる。
「でも、ちょっとズルいわ」
「ズルいって?」
「二人とも名前で呼び合ってズルい! 私もシリウス先輩みたいな美人と名前で呼び合いたいわ! アスターなんか、鼻の下を伸ばしちゃって!」
鼻の下なんて伸びてないぞ、断じて! 伸びてないよね?
「あらあら、じゃあ私のことはカレンでいいわよ。よろしくね、ステラさん」
「よろしくお願いします、カレン先輩!」
ステラは満足げだ。
「『カレンお姉ちゃん』って呼んでもいいのよ?」
「いえ、私には心に決めたお姉ちゃんがいるので」
「あら、フラれちゃったわ」
カレン先輩の提案を即答で断るステラ。心に決めたお姉ちゃんって何だよ!
***
部室に入ると、メグ先輩はいつもの調子に戻っていた。しかし、とても事情を聞き出せる雰囲気ではない。
「つまり、ドゥーちゃんは最強ですのー!」
「でも、私のミモザの力には勝てなかったじゃない」
「ムムム! ご主人サマ、赤い小娘がいじめるですのー!」
こんな他愛もないやり取りが、星霊研究部の日常になっていた。
窓の外を見ると、いつの間にか陽が落ち、辺りは暗くなっている。
「おおっと、もうこんな時間か! 寮の門限ギリギリだぞ!」
メグ先輩の焦りようからして、門限破りの罰は相当厳しいらしい。僕たちは急いで寮へと向かった。
だが、校庭を通りかかった瞬間、突如として結界が展開された。
「この結界は……まさか!」
校庭の中央に魔法陣が浮かび上がり、その傍らには、あの黒フードの男が立っていた。
「今回は趣向を凝らそう。その闇を解放しろ!」
魔法陣から放たれた黒い霧が僕たちを襲う。僕とメグ先輩は回避したが、ステラだけは逃げ遅れてしまった。
「ステラ、大丈夫か!?」
ステラからどす黒いオーラが溢れ出す。彼女は正気を失った目で、僕たちに星霊術を放った。決闘の時とは比較にならない高威力の火の中位星霊術。その威力は、並の術士の上位星霊術にすら匹敵する。
「ステラ、正気に戻ってくれ!」
防戦一方で反撃もできず、僕たちは避けるのが精一杯だった。黒フードの男は何かを詠唱している。嫌な予感がする。
「時間を稼いでくれ! 星詠みの力で解決策を探る!」
メグ先輩の叫びに、僕は頷いた。
「来い、フォーマルハウト!」
星霊を召喚すれば普通は術を使えなくなるが、僕にはドゥーちゃんもいる。
「アスター? この状況は?」
「あまり説明している暇はない! フォーマルハウト、あの男を妨害してくれ!」
「オッケー、任せて!」
一等星霊である彼女が放つ雷の上位星霊術が連発され、炸裂する。黒フードの男は詠唱を中断し、回避に専念せざるを得なくなった。
これが、一等星霊本来の力……!? 星霊術士では不可能な芸当を軽々とやってのける。
「ステラ! こっちだ!」
僕はわざと挑発し、彼女の注意をメグ先輩から逸らす。
「イヤ……捨てないで……お姉ちゃん、どこ……」
ステラがうわ言のように呟く。
「どうせ捨てられるなら、全部壊して、逃げられないようにすればいい……!」
放たれる火の上位星霊術。僕は水の中位星霊術を連発して対抗するが、勢いを殺しきれない。
「来てくれ、ドゥーちゃん!」
「待ってましたの!」
ドゥーちゃんが放つ水の上位星霊術が、ステラの炎を一瞬で消し飛ばした。
「見えたぞアスターくん! ステラくんにキスしたまえ!」
「……は? キス? ふざけてる場合ですか!」
「ふざけていない、キスだ! チューするんだ!」
「眠れる美女には王子様のチューですの!」
やるしかないのか……!
僕は星霊術を使おうとしたステラとの距離を一気に詰めた。
「ごめんステラ! あとでちゃんと謝るから!」
触れ合うだけの、軽いキス。
僕の、そして彼女の、初めての体温が交わった瞬間、ステラの体を包んでいた黒いオーラが霧散した。
「くっ、これまでのようですね。また会いましょう」
結界が解け、黒フードの男は逃走した。深追いは危険だと判断し、僕は追おうとしたフォーマルハウトを制止する。
「私、なんてことを……どうして……」
動揺して震えるステラを、僕はそっと抱きしめた。
「大丈夫だ、落ち着いて」
しばらくして、ステラが真っ赤な顔で僕を見上げた。
「キス……したわよね」
「……ああ、そうするしかなかったんだ。ごめん……」
「謝らないでよ……」
ステラは不満げに口を尖らせたかと思うと、今度は彼女の方から、僕の唇に自分のそれを重ねてきた。
「これでお相子! それに、ファーストキスを嫌な思い出にしたくないからね」
悪戯っぽく、だけどこれ以上ない最高の笑顔を見せる彼女に、僕は胸の奥が熱くなるのを感じて――覚悟を決めた。
「……ちゃんと、責任取るから」
「責任って……アスター、もしかして重いの?」
「重くてもいいだろ!」
僕が少し拗ねてみせると、彼女は「ふふ、でも、嬉しいわ」と、愛おしそうに微笑んだ。
***
「やーん、青春ねえ、良いものがみれたわー!」
これがアスターくんの星霊、フォーマルハウトか……。
「あの間には割り込めないですのー」
私だけを……。
「どうしたんですのー? 黄色い小娘?」
「何でもないさ! いやーアツアツだね!」
私の胸がチクチク痛む。
ただそれだけさ。そう、ただそれだけ。




