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【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
一章 七つの奇跡
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ステラ・ミモザ

 実戦訓練から数週間が過ぎた。黒フードの男に動きはなく、僕たちは授業という日常の中にいた。


「星霊召喚には欠点がある。召喚を行えば星霊と契約者が独立して行動できるが、代わりに術者は星霊術の行使ができなくなるんだ。まあ、このクラスではミモザ君以外には関係ない話だがね。テストに出るから覚えておくように」


「流石はミモザさんね!」


 取り巻きの女子が、我が事のように自信満々に叫ぶ。ステラはそんな称賛が気恥ずかしいのか、顔を赤くしていた。


 ブラーエ先生は、あの森での一件以来、星霊研究部に顔を見せなくなった。そんなに忙しいのか、あるいは職務放棄だろうか。僕がそんなことを考えているのを察したのか、先生は鋭い眼光でこちらを射抜いた。


「ハウト君、レポート追加だな……」


「そんなぁ、勘弁してくださいよ」


 授業を終えた僕とステラは、部室棟へと向かった。途中でメグ先輩とも合流し、談笑しながら歩を進める。


「メグ先輩、いつも一人ですけど、もしかして友達いないんですか?」


 ステラが何気なく尋ねる。悪気はないのだろうが、随分と直球だ。


「友達ならいるじゃないか! ここに二人も!」


 胸を張るメグ先輩の目は、気のせいか少し泳いでいる。……どうやら、本当にいないらしい。


「と、友達なんて量より質だよ! そうは思わないかね、二人とも!」


 焦ったように頭を掻きながら、メグ先輩は僕たちに同意を求めてきた。


「そうですね、僕も二人の他には、アランくらいしか親友と呼べる相手はいないかもしれません」


 他のクラスメイトとは、あまり深く話した記憶がない。


「私は友達ならそれなりにいるけれど、どこか壁を感じるわね」


 ステラの場合は、どちらかというと崇拝対象として見られている節がある。


「そうだろう、そうだろう! 親友最高! 私たち三人は親友だ!」


 メグ先輩は僕たちの肩を抱き、はしゃぎながら少し目に涙を浮かべていた。そんなに『親友』と言われたのが嬉しかったのだろうか。


「あら? アスターくんじゃない」


 部室棟の前で声をかけられた。このよく通る声は、カレン先輩だ。


「こんにちは、カレン先輩」


「こんにちは。一緒にいるのはスピカさんと……」


「ステラ・ミモザです。初めまして、カレン・シリウス先輩」


「あなたがミモザさんね、お名前は伺っているわ。よろしくね」


 二人が丁寧に挨拶を交わす中、突然メグ先輩が声を荒らげた。


「カレンくん! 私はスピカと呼ばれるのが大嫌いなんだ、知っているだろう!」


「そうだったわね……ごめんなさい、マーガレットさん」


「メグだ!」


 鬼気迫る勢いで言い放つメグ先輩に、カレン先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい、メグ」


「……頭を下げなくていいよ、カレンくんが悪いわけじゃない。私の方こそ、取り乱してすまなかった」


 二人の間に流れる空気は尋常ではない。僕とステラは、ただ固まって見守ることしかできなかった。


「私、先に部室へ行くよ……」


 逃げるように走り去るメグ先輩。


「迂闊だったわ、彼女と話すのは久しぶりだったから……」


 カレン先輩が独り言のように呟く。


「先輩たちの間に、何があったんですか?」


 僕はたまらず尋ねた。


「ごめんなさい、私の口からは言えないわ……」


 やはり、答えてはもらえないか。


「……ミモザさんも、ミモザって呼ばれるのは嫌だったかしら?」


 ハッとして、ステラが我に返る。


「いえ! ミモザを継承したことは私の誇りですから」


 ステラは愛おしそうに胸に手を当てて答えた。だが、すぐに頬を膨らませる。


「でも、ちょっとズルいわ」


「ズルいって?」


「二人とも名前で呼び合ってズルい! 私もシリウス先輩みたいな美人と名前で呼び合いたいわ! アスターなんか、鼻の下を伸ばしちゃって!」


 鼻の下なんて伸びてないぞ、断じて! 伸びてないよね?


「あらあら、じゃあ私のことはカレンでいいわよ。よろしくね、ステラさん」


「よろしくお願いします、カレン先輩!」


 ステラは満足げだ。


「『カレンお姉ちゃん』って呼んでもいいのよ?」


「いえ、私には心に決めたお姉ちゃんがいるので」


「あら、フラれちゃったわ」


 カレン先輩の提案を即答で断るステラ。心に決めたお姉ちゃんって何だよ!


 ***


 部室に入ると、メグ先輩はいつもの調子に戻っていた。しかし、とても事情を聞き出せる雰囲気ではない。


「つまり、ドゥーちゃんは最強ですのー!」


「でも、私のミモザの力には勝てなかったじゃない」


「ムムム! ご主人サマ、赤い小娘がいじめるですのー!」


 こんな他愛もないやり取りが、星霊研究部の日常になっていた。


 窓の外を見ると、いつの間にか陽が落ち、辺りは暗くなっている。


「おおっと、もうこんな時間か! 寮の門限ギリギリだぞ!」


 メグ先輩の焦りようからして、門限破りの罰は相当厳しいらしい。僕たちは急いで寮へと向かった。


 だが、校庭を通りかかった瞬間、突如として結界が展開された。


「この結界は……まさか!」


 校庭の中央に魔法陣が浮かび上がり、その傍らには、あの黒フードの男が立っていた。


「今回は趣向を凝らそう。その闇を解放しろ!」


 魔法陣から放たれた黒い霧が僕たちを襲う。僕とメグ先輩は回避したが、ステラだけは逃げ遅れてしまった。


「ステラ、大丈夫か!?」


 ステラからどす黒いオーラが溢れ出す。彼女は正気を失った目で、僕たちに星霊術を放った。決闘の時とは比較にならない高威力の火の中位星霊術。その威力は、並の術士の上位星霊術にすら匹敵する。


「ステラ、正気に戻ってくれ!」


 防戦一方で反撃もできず、僕たちは避けるのが精一杯だった。黒フードの男は何かを詠唱している。嫌な予感がする。


「時間を稼いでくれ! 星詠みの力で解決策を探る!」


 メグ先輩の叫びに、僕は頷いた。


「来い、フォーマルハウト!」


 星霊を召喚すれば普通は術を使えなくなるが、僕にはドゥーちゃんもいる。


「アスター? この状況は?」


「あまり説明している暇はない! フォーマルハウト、あの男を妨害してくれ!」


「オッケー、任せて!」


 一等星霊である彼女が放つ雷の上位星霊術が連発され、炸裂する。黒フードの男は詠唱を中断し、回避に専念せざるを得なくなった。


 これが、一等星霊本来の力……!? 星霊術士では不可能な芸当を軽々とやってのける。


「ステラ! こっちだ!」


 僕はわざと挑発し、彼女の注意をメグ先輩から逸らす。


「イヤ……捨てないで……お姉ちゃん、どこ……」


 ステラがうわ言のように呟く。


「どうせ捨てられるなら、全部壊して、逃げられないようにすればいい……!」


 放たれる火の上位星霊術。僕は水の中位星霊術を連発して対抗するが、勢いを殺しきれない。


「来てくれ、ドゥーちゃん!」


「待ってましたの!」


 ドゥーちゃんが放つ水の上位星霊術が、ステラの炎を一瞬で消し飛ばした。


「見えたぞアスターくん! ステラくんにキスしたまえ!」


「……は? キス? ふざけてる場合ですか!」


「ふざけていない、キスだ! チューするんだ!」


「眠れる美女には王子様のチューですの!」


 やるしかないのか……!


 僕は星霊術を使おうとしたステラとの距離を一気に詰めた。


「ごめんステラ! あとでちゃんと謝るから!」


 触れ合うだけの、軽いキス。


 僕の、そして彼女の、初めての体温が交わった瞬間、ステラの体を包んでいた黒いオーラが霧散した。


「くっ、これまでのようですね。また会いましょう」


 結界が解け、黒フードの男は逃走した。深追いは危険だと判断し、僕は追おうとしたフォーマルハウトを制止する。


「私、なんてことを……どうして……」


 動揺して震えるステラを、僕はそっと抱きしめた。


「大丈夫だ、落ち着いて」


 しばらくして、ステラが真っ赤な顔で僕を見上げた。


「キス……したわよね」


「……ああ、そうするしかなかったんだ。ごめん……」


「謝らないでよ……」


 ステラは不満げに口を尖らせたかと思うと、今度は彼女の方から、僕の唇に自分のそれを重ねてきた。


「これでお相子! それに、ファーストキスを嫌な思い出にしたくないからね」


 悪戯っぽく、だけどこれ以上ない最高の笑顔を見せる彼女に、僕は胸の奥が熱くなるのを感じて――覚悟を決めた。


「……ちゃんと、責任取るから」


「責任って……アスター、もしかして重いの?」


「重くてもいいだろ!」


 僕が少し拗ねてみせると、彼女は「ふふ、でも、嬉しいわ」と、愛おしそうに微笑んだ。


 ***


「やーん、青春ねえ、良いものがみれたわー!」


 これがアスターくんの星霊、フォーマルハウトか……。


「あの間には割り込めないですのー」


 私だけを……。


「どうしたんですのー? 黄色い小娘?」


「何でもないさ! いやーアツアツだね!」


 私の胸がチクチク痛む。


 ただそれだけさ。そう、ただそれだけ。

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