アストロ帝国への潜入
僕たちは魔人国から王国に帰ろうとしていた。
「私は事後処理のため、一週間ほどしてから学園に戻るよ」
ブラーエ先生は、一応は魔人王だ。様々な調整案件があるのだろう。
「元気でな!」
「いい経験になりましたよ」
「じゃあねー、みんなー」
「旅の安全をお祈りします」
「ありがとうございました! 師匠!」
四人の魔将と弟子のステラたちが思い思いに別れを告げる。別れを惜しみながら、その場を去ろうとした、その時だった。
「陛下! 緊急事態です!」
一人の魔人が、空気を一変させた。尋常ではない慌てように、僕たちは固唾をのんで見守る。
「どうした?」
「アストロ帝国が、我が国と王国に宣戦布告! 王国の国境警備隊は帝国の新兵器によって、一瞬で壊滅させられたようです!」
魔人国と帝国は、王国を挟んだ位置にある。王国が耐えている間は魔人国には被害が及ばないが、厳重な国境警備隊を一瞬で壊滅させるほどの新兵器だ。何もしなければ、王国の降伏は時間の問題だろう。
「ふむ。四大魔将よ、今から私とともに王国へ来てもらう。同盟を組み、この事態に対処しなければ、魔人国に明日はない」
先生は魔将たちに号令をかける。だが、魔将たちの顔は不安に満ちていた。
「十年前の遺恨が残っているのに、俺たちを信用してくれるのか、ブラーエ?」
マーズが俯いたまま、先生に問いかける。
「もっともな意見だ。だが、この非常事態だからこそ、信頼が芽生えるかもしれない。私の生徒たちとも信頼し合えたじゃないか」
先生の答えに、魔将たちはハッと顔を見合わせる。
「……!? そうだな、俺たちから歩み寄らなきゃ、始まんねぇな!」
四人の魔将は、さっきまでの不安そうな顔が嘘のように晴れやかだ。
「フォーマルハウト君、君たちは帝国に潜入し、新兵器の情報を集めてきてほしい。危険な任務だが、やれるな?」
先生の期待には応えたい。だが、ステラたちを危険に晒すことが怖かった。僕は恐る恐る、彼女たちの方を見つめた。
「アスター、私たちなら大丈夫! 師匠に鍛えてもらったのよ、足手まといにはならないわ!」
みんなは自信に満ちあふれた表情で、力強く頷いた。
そうだ、彼女たちは僕が守ってあげるだけの存在じゃない。肩を並べて戦えるほどの仲間なんだ。
僕は先生を真っ直ぐ見つめ、自信をもって答えた。
「わかりました。この任務、必ず成功させます!」
先生は僕の表情を見て、優しく微笑んだ。
***
魔人国を出発し、王国に到着した後、先生と魔将たちは王城へ向かった。僕たちは帝国との国境線近くまで来ていた。
帝国は新兵器のテストだけして、特に王国へ侵攻しているわけではなかった。それなのに、国境線はもぬけの殻といってもいいほどに人影がない。
帝国の考えがわからず、国境線を越えられずにいた、その時だった。
「バケモノオンナ……カクゴシロ……」
僕たちの前に、黒装束を身に纏った男が急に現れた。
男はそのまま、手に持ったダガーで美香に襲い掛かる。
あまりにも気配がなかったので、僕たちの反応が一瞬遅れた。
「来ないで!」
美香の左手が光を放ち、黒装束の男が光に包まれる。
これは、疑似奇跡――!?
「グアアアアああああ!」
男が苦しみ出し、黒いモヤのようなものが男の身体から出て行った。
「俺は……一体……?」
男は正気を取り戻したのか、辺りを見回した後、持っていたダガーを捨てて両手を上げた。
「お前たちは、ギルドカードシステムを破壊した連中だな……」
黒装束のダガー使い、そして美香を「化け物女」と呼んだこの男。間違いなく世界樹の時の暗殺者だ。そして『ギルドカードシステム』、この男は帝国の手の者だろう。
「お前の目的はなんだ?」
美香の暗殺なら容赦できない。僕は声を低くして男に問いかける。
「……頼む、皇帝を救ってくれ……っ!」
男が声を絞り出す。あまりにも真剣な表情と、悲痛な叫びに、僕たちは動揺を隠せなかった。
「どういう意味だ?」
救う? 侵略者である皇帝を、何故僕たちが救わなければならないんだ?
「今の皇帝は、デミウルゴスに精神を支配された傀儡だ……。正気に戻れば、この戦争は終わる」
デミウルゴス。ウラヌスや皇帝を操り、ギルドカードシステムやクーデターが失敗したから、今度は帝国の武力で支配をしようとしているのか。
「カレン、どう思う?」
僕はカレンの意見を求めた。一番の適任者だからだ。
「確かにデミウルゴスならやりかねませんね。罠……の可能性もありますが、この男が正気を失っていたこと、わたしたちと偶然出会うことなどを考慮すると、その可能性は低いと思いますわ」
確かに、あのデミウルゴスがこんな回りくどいことはしないだろう。
「わかった、お前のことを信じるよ。妙なマネをすれば、タダじゃおかないから」
僕は一応、脅しをかけておいた。
「それでいい。俺は皇帝が正気を取り戻すまで、協力を惜しまない。よろしく頼む」
男は深々と頭を下げた後、僕たちを案内した。
「こっちだ。帝都に通じる隠し通路がある。そこを通れば『アルテミス』の攻撃を受けることはない」
男の言う『アルテミス』が帝国の新兵器なのだろう。僕たちは男に先導され、帝都への道を急ぐのだった。




