魔人王暗殺
現在の王都は混乱を極めていた。ギルドカードシステムが消失したことで、国民の間には禁断症状を起こす者が続出し、行政はその対応に追われる日々が続いていた。
王国の貴族たちは、この未曾有の危機を招いた元凶として、ポラリス教団を取り潰すことを国王に進言する。
だが、その動きに反発する国民も少なくなかった。アマツさんの双子の片割れであるミカボシ――『美香』を、再び聖女として擁立しようとする勢力まで現れ始めたのだ。
帝国との関係が悪化している今、これ以上の国内の混乱は避けたい。そう判断した国王は、ポラリス教団を国教として定める代わりに、教団を国の厳重な管理下に置くという決定を下した。美香を聖女としては認定しないことは絶対条件だった。
しかし、この決定は僕たちにとって、逆に幸運な結果をもたらした。
教団による美香の束縛がなくなったからである。晴れて彼女は、一ヶ月限定の編入生ではなくなったのだ。
***
その決定から一週間が経った。
「遥斗!」
「どうしたの?」
「呼んでみただけ!」
美香は自由時間になると、四六時中僕に構ってくる。そのこと自体は嬉しいのだが……。
僕たちを見つめる三人からの視線が、チクチクと鋭く突き刺さった。
「ちょっと、美香! アスターにベタベタしすぎよ!」
「前世からの付き合いだなんて、強敵すぎますな、カレンさんや……」
「本当にね……」
カレンはメグの軽い子芝居に付き合う余裕すらなさそうだ。瞳から完全に光が消えている。
「みんなも、ベタベタすればいいじゃん!」
美香がとんでもないことを言い出した。まさかそんな反撃が来ると思っていなかったのだろう、三人が一斉に顔を赤くする。
「そんな、ベタベタなんて、別に……っ!?」
「本当に強敵だね、美香くんは!」
「ベタベタしようかしら……」
「面白いね、遥斗!」
「ハハハ、そうだね……」
苦笑いする僕のポケットから、突如として光が漏れ出した。
何事かと思い、慌ててポケットの中身を取り出す。
それは、ブラーエ先生から預かっていた、あのボロボロの紙だった。紙の中心部に淡い光を放つ魔法陣が浮かび上がっていく。
「アスター、それどうなってるの!?」
「分からない。魔法陣が浮かび上がってるけど……」
「ふむ、この魔法陣は……。アスターくん、机の上に置くんだ!」
メグが魔法陣の意味を理解したのか、鋭い声で僕に促す。
急いで机の上に魔法陣が見えるように置くと、そこからすうっと人影が浮かび上がった。
「これを見ているということは、私は失敗したようだな……」
現れたのは、ブラーエ先生の小さなホログラムだった。
「失敗したって、どういうことですか!?」
僕は思わず先生に問いかけるが、当然ながら返事はない。
「一方通行だが、魔人国への隠し通路がある。生徒を巻き込むのは不本意だが……このままでは王国が危ない。君たちだけが頼りだ」
ウラヌスによるクーデターの最中、先生の身に何かが起きたんだ……。
「この術が解けると、紙の裏に地図が現れる。急いでくれ、頼む!」
そう言い残し、ホログラムの術が解けた。すぐに紙の裏を確認すると、さっきまでは白紙だった場所に、隠し通路へと続く詳細な地図が記されていた。
先生はこの紙を『保険』だと言っていた。魔将を単独で討ち取るほどの強者である先生を打ち破るほど、ウラヌスは強いのか……。
僕が不安に駆られ、沈痛な面持ちで立ち尽くしていると、ステラが僕の肩をポンと軽く叩いた。
「なに不安そうな顔しているのよ! 行くんでしょ!」
顔を上げると、ステラ、メグ、カレン、そして美香が頼もしげに優しく微笑んでいた。
そうだ。僕にはこんなに心強い仲間たちがいる。先生を助けに行かないと!
僕はみんなに向かって、強く頷き返した。
「みんな、聞いての通りだ。僕は魔人国へ行く。付いてきてほしい!」
「もちろん!」
みんなの声が綺麗に重なった。
***
僕たちは王都で出発の準備を整えた。
「魔人国か……。どんな所なんだろう?」
「聞いた話では、常に暗雲が立ち込める、恐ろしい所だって!」
メグが大袈裟な身振りを交えて話す。
そんなことはないだろう。確か世界樹もあるらしいし……。
僕がどんな場所か想像を膨らませていると、カレンが思い出したかのように語りかけた。
「確かに暗雲が多いけれど、毎日ではないそうよ。『快晴の日はピクニックでもできそうだ』って、お父さんが言っていたわ」
そうか、ジャックおじさんは十年前の戦争で魔人国に行っているんだったな……。
そういえば、僕の父さんと母さんは、あの頃の話を一度もしなかった。辛い記憶しかないから当然か……。
そんな雑談を交わしながら歩いていると、街の喧騒から気になる噂が耳に飛び込んできた。
「おい、魔人王が暗殺されたらしいぞ!」
「じゃあ、新しい魔人王は誰になるんだ!?」
「魔将ウラヌスが新たな魔人王に即位したそうだ」
「ウラヌスって、少し前にこの王都を襲撃したやつだよな……」
行き交う人々の顔が暗く重い。「俺たちの暮らしはどうなるんだ」と言わんばかりの不安が、王都を包み込んでいる。
ウラヌスの目的、それは間違いなく王国への侵攻だ。その前に、何としてでもウラヌスを倒さなければならない。
ウラヌスの魔の手がこの王国に伸びてくる前に、僕たちの手で、奴の野望を止めるんだ。




