アマツミカボシ
僕が抱き留めたアマツさんは、今にもその命の灯火が消えてしまいそうなほど衰弱していた。
人格書き換えプログラムの支配を逃れたステラとメグも、足元をよろめかせながら、カレンと共に近づいてくる。
「アマツさん、しっかりして! 何か策があるんだろ!」
必死に呼びかける僕に応えるように、彼女は瞳に光を取り戻したミカボシさんへ手招きをした。
「ミカボシ……早く……こちらに……」
その言葉に、ミカボシさんがすぐに駆け寄る。
――そうだ、彼女の左手にはまだ『奇跡の力』がある。その力でアマツさんの怪我を治せばいいんだ!
「ミカボシ……よく聞きなさい……。奇跡の力で、私の魂をあなたと統合するのよ……」
「お姉ちゃん……何を言って……っ」
アマツさんの突拍子もない言葉に、ミカボシさんは困惑を隠せない。
「アマツさんの怪我を治せば……っ」
僕が言いかけると、アマツさんはそれを遮るように言葉を続けた。
「デミウルゴスは……完全には消滅していない……。私を治せば、奴は必ずまた牙を剥くわ……」
そんな……。僕たちの間に、重苦しい沈黙が流れる。
「大丈夫よ……。私とミカボシは、元々一つの魂……『美香』だったのだから。引き裂かれた魂が、完全な姿に戻るだけよ……」
僕たちが沈痛な面持ちで見守る中、アマツさんはどこか柔和な笑みを浮かべた。
「アマツさんはどうなるの……!?」
その表情が、かえって切なくて、僕の瞳から涙が零れ落ちる。
「そんな顔しないで……。ラノベの主人公みたいに……みんなを守るんでしょ……?
だったら、ここでデミウルゴスを完全に滅ぼさなきゃ……」
その『みんな』の中にはアマツさんだって入っているのに――。
彼女は僕の顔を見てすべてを察したのか、ミカボシさんの手を強く握り、最後の力を振り絞って叫んだ。
「ミカボシに、私の魂を統合しなさい!」
奇跡の力はミカボシさんにあるはずなのに、アマツさんが命令を――!?
次の瞬間、ミカボシさんの左手が眩い光を放ち、アマツさんの身体が光の粒子となって崩壊を始めた。
「これでいいわ。アスター、ミカボシ、そんな悲しい顔をしないで」
「で、でも、お姉ちゃんと別れたくないよ……!」
大粒の涙をボロボロと流すミカボシさんとは対照的に、アマツさんはどこか吹っ切れたような微笑みを浮かべている。
「なに言ってるの。これからはずっと一緒よ――『美香』としてね!」
魂の統合が、どう影響するのかは分からない。でも、アマツさんの表情は、どこまでも清々しく、気高く輝いていた。
「アスターも、これで本当の名前が分かるわね。ミカボシったら、意地悪して教えてくれないんだから!」
満面の笑みを浮かべて、僕たちを見つめる彼女。その表情は、前世で初めて美香と出会ったあの日の記憶と、綺麗に重なった。
僕はゴシゴシと乱暴に涙を拭った。
そうだ。これは悲しい別れじゃない。僕たちの、新しい始まりなんだ。
「アスター、ミカボシ! 改めて、よろしくね!」
光の中に消えていく彼女の最高の笑顔を、僕は生涯、忘れることはないだろう。
「――ああ、こちらこそよろしく! 美香!」
アマツさんは、光と共に消えていった。
そして彼女がいた場所に、禍々しい小さな玉のようなものが転がった。
「これってもしかして……デミウルゴスの核か!?」
生かしておくわけにはいかない。僕はポラリスの力を込め、その玉を完全に破壊した。
「倒したんだよな……?」
一抹の不安を覚えつつも、人格書き換えプログラムのサーバーは破壊し、デミウルゴスの核も壊した。これで作戦は成功したはずだ。
「ミカボシさん!? しっかりして!」
背後からステラたちの悲鳴に近い声が聞こえ、僕は急いで振り返る。
「多分、七回奇跡を使ったからだと思う……」
アメオ様の審判を受けているのだろう。けれど、ミカボシさん……いや、美香なら絶対に大丈夫なはずだ。
その時、突如として激しい地響きが起き、地下空間が音を立てて崩壊を始めた。
「まずい、急いで脱出しよう!」
僕は気絶した美香を背負い、ステラたちと共に崩れ落ちる教会の地下から脱出した。
***
静寂が戻った夜道を、美香を背負って歩いていた。
背中で、ふっと小さく重みが変わる。愛おしい彼女が、ゆっくりと目を覚ました。
「……遥斗?」
耳元で響いたその声に、心臓が跳ねる。
ミカボシさんの声じゃない。それは、僕がずっと焦がれ続けた、前世の『美香』のトーンだった。
「なあに……?」
嬉しさと安堵が込み上げて、声が少し震えてしまう。
「私、全部思い出したよ。前世のことも、お姉ちゃんの記憶も……それから、ねえ?」
美香は僕の首に腕を回し、吐息混じりに囁いた。
「保健室でのことも、ぜーんぶ」
「――ッ!!」
あの日、保健室の独特な消毒液の匂いの中で交わした、甘く蕩けるようなキスの記憶が鮮明に蘇る。僕は一瞬で耳まで真っ赤になった。
「遥斗のえっち。すぐ顔に出るんだから」
「み、美香だって……!」
恥ずかしさを隠すように意地になって反論する。そんな他愛のないやり取りが、愛おしいほど心地よかった。
僕と美香は、失った時間を埋めるように、何度も何度も言葉を重ねる。
アマツとミカボシ。かつて引き裂かれた魂は、奇跡の光によって一つへ結びついた。
これは終わりではない。僕たちの、新しい始まりだ。
夜空を見上げれば、僕たちの歩む道を祝福するように、北極星の光が優しく輝き続けていた。




