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【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
二章 北極星【ポラリス】
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保健室にて

 翌日、僕たちのクラスは校庭で体力測定をしていた。ギルドカードのステータスと、実際の能力に差があるかを調べるためだ。


 そういえば、今日はアマツさんの姿がないな。


 僕が辺りをキョロキョロと見回していると。メグのよく通る声が響いた。


「じゃあ、ステラくんから始めよう!」


「はい!」


 ステラが案山子かかしのような測定器の前に立つ。この測定器は、メグが帝国から輸入したガラクタで作ったものらしい。いつの間にこんなものを……。僕はメグの才能に深く感心した。


「そういえば、このステータスは星霊術の強化バフ込みなのかな?」


 メグが疑問に思い。少し唸っている。そしてしばらくすると考えがまとまったのか、顔を明るくした。


「どっちも測っちゃえばいいよね! じゃあステラくん、その測定器を思いっきり殴るんだ! それでATKの数値が分かるはずだよ」


「わ、分かったわ!」


 ステラは少し緊張しながら測定器の前で構える。そして思いっきり殴った。お手本のような見事な右ストレート。流石はステラである。


「なになに数値は205か。ギルドカードの数値は星霊術で強化バフかけていない状態みたいだね。いやー、ちゃんと測れて良かったー」


「ぶっつけ本番だったんですか?」


 僕は少し驚いてメグに問いかける。


「いやー、爆発とかしたら怖いし……。それに私は非力だからね!」


「ふーん……、私は実験台だったってこと?」


「ははははは……ごめんねっ!」


 ステラが鬼の形相でメグを威圧する。メグはウインクをしながら、なんとか誤魔化そうとしていた。


「許さないわよ! 待ちなさい!」


「待てと言われて、待つやつはいないよ!」


 二人は追いかけっこを始めた。クラスメイトたちはやれやれといった様子で、呆れて二人を見ている。――そんな時だった。


 ――紙飛行機だ。


 『紙飛行機を見たら、私を思い出してね……』


 僕は咄嗟に走り出した。あの場所は保健室だ。そこに『彼女』がいるはずだ。はやる気持ちを抑えながら校舎に入る。保健室の前には、なぜか聖騎士が立っていた。


「なんだ、お前は」


「通してください、保健室に用事があるんです」


「ダメだ、通す訳にはいかん。帰れ!」


 取り付く島もない。そこに『彼女』がいるというのに。


 押し問答をしていると、保健室の中から透き通るような美しい女性の声がした。


「通して差し上げなさい」


「ハッ、通れ!」


 彼女の一声に、聖騎士は態度を一変させる。僕は一度深呼吸をして、保健室ドアを開けた。


 ――消毒液の匂いがする。そしてそこにいたのは、――アマツさんだった。


「まずはドアを閉めてください、アスター様」


 彼女に促されるままにドアを閉める。すると、彼女はベッドの上から手招きをした。いつもと雰囲気が違う。世界樹を再生させた時のような、独特の威厳を彼女から感じた。


「アスター様なら、来て下さると信じておりました」


「それは、どういう意味ですか……?」


 圧倒的なオーラを放つ彼女の言葉に、僕は少し怖くなった。まさか、罠だったのだろうか?


「もう! 気付いてるんでしょ!」


 彼女は可愛らしく、拗ねて見せる。それは、僕のよく知る『彼女』の仕草そのものだった。


「美香……なのか……!?」


 胸の奥に閉じ込めていた名前が、震える声となって溢れ出た。心臓がうるさいほどに脈打ち、胸が張り裂けそうになる。


「また会えたね……っ!」


 次の瞬間、彼女が僕の胸に飛び込んできた。勢いよくその身体を抱きとめる。鼻腔をくすぐる優しい香りと、女の子特有の柔らかな温もり。


 僕たちは言葉を忘れ、ただお互いの存在を確かめ合うように強く抱き合った。前世で果たせなかった無念を、今ここで埋めるかのように――。


 そして名残惜しそうにゆっくりと離れると、彼女はベッドの上を手で数回叩いた。座れ、ってことだろう。僕は彼女に促され、その隣に腰を下ろした。


「み……」


 僕が声を出そうとした瞬間、彼女は人差し指を僕の唇にそっと当てた。声を出すな、ということか……。


 彼女はノートとペンを取り出し、筆談を始めた。


『ふふふ、これなら外の聖騎士に何も聞こえませんね』


 内緒の密談か、面白そうだな。


『本当に美香なんだよな?』


『疑り深いですね、美香ですよー。漢字だってスラスラ書けます』


 確かに、こっちの世界には漢字は存在しないはずだ。


『疑ってゴメン。じゃあ、最後に一つだけ確認。僕の前世の名前は?』


 ペンを走らせ、ノートを向ける。だが、彼女はそれを見た瞬間、ピタリと動きを止めた。


『それは……、転生の時のショックで思い出せないの。ごめんなさい』


 ノートに書き込まれた文字。彼女の顔を見ると、本当に申し訳なさそうな、どこか深刻な表情を浮かべている。


『いや、思い出せないなら良いんだ。無理に聞いて悪かったね』


『ごめんね。でも、一緒に見たラノベなんかは、ちゃんと覚えてるよ!』


『ははは、そうだね。じゃあ――「あの約束」は覚えてる?』


 僕がそう書くと、彼女は顔を赤らめて、愛おしそうな表情をした。


『もちろん覚えてる。結婚の約束』


 彼女の愛らしい態度に、僕の心臓もドキドキと跳ね上がる。


『そういえば、女の子を侍らせてたけど、あれは何!』


『えーっと、親友だよ、親友!』


 嘘ではない。キスしたけれど……。


『本当に?』


 彼女がジト目でこちらを睨んでくる。


『本当、本当。美香のこと大好きだよ』


 僕は慌てて彼女の気を逸らそうと言葉を紡いだ。


「アマツ様、そろそろお時間です」


 ドアの向こうから響いた聖騎士の冷徹な声が、僕たちだけの密やかな時間を容赦なく引き裂いた。


「時間みたいだね……」


 僕が少し寂しく微笑み、立ち上がろうとした、その瞬間。不意に彼女が僕の襟元を掴み、引き寄せた。――唇に、柔らかいものが触れる。


 驚きに目を見開く僕の隙を突くような、深く、蕩けるようなキス。このまま時間が永遠に止まってしまえばいいのにと、本気で願うほどに甘美な抱擁だった。


 やがて、名残惜しそうに唇が離れる。


「アスター様……ごめんなさい……」


 彼女は掠れた声でそう呟くと、表情をいつもの『聖女』へと戻し、僕の前から遠ざかっていった。その背中を呼び止めることすら、今の僕にはできなかった。

 

「なんで……謝るんだよ……」


 ぽつりと、誰もいない保健室に僕の呟きが響く。彼女の甘い残り香をかき消すように、あの日と同じ、鼻を突くような強い消毒液の匂いだけが、部屋を支配していた。

 

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