ギルドカード『システム』
僕たちがアマツさんの孤児院への慰問に同行した翌日、僕たちの生活を一変させる出来事が起こった。アストロ帝国からの友好の証として贈られた『システム』の導入である。
「我らが皇帝陛下と、アルタイル国王陛下の友好、そして両国の永遠の繁栄を願って、ギルドカードシステムを贈る事とした。これによってもたらされる、莫大な恩寵に感謝するのだ」
帝国の親善大使が王城前の広場で、群衆を前に高々と宣言する。そして帝国の騎士が機材を運んできた。
「なにが起きるんだ」
「ギルドカードシステムって何?」
「安全なんだろうな?」
「アルタイル国王陛下の命により、王国の国民全員にギルドカードシステムへの登録が義務付けられた。よって、今後一ヶ月をかけて登録を行う! 皆の者、一列に並ぶのだ」
王命と聞いて、群衆は渋々並んでいく。僕たちも並ぼうとしたが、帝国の騎士に学園の生徒は明日、学園内で登録を行うと言われた。僕たちは登録の様子を見学することにした。
「では、このカードを持って、この機械に手を当てるんだ」
「かーどと、きかい? とはこれのことですかい?」
男はカードも機械も知らない。というよりは王国の人間は殆どが知らないだろう。騎士は若干苛立ちながら、男に指示する。
「そうだ、早くしろ」
騎士に促され、男がカードを持って機械に手を当てる。すると機械が光り出し、可愛らしい女性の音声が流れた。
「ようこそ、楽しんでね! はい、ログインボーナスだよ!」
『レベルガアップシマシタ』
男は急にどこからともなく声がしたので、驚いているようだ。辺りをキョロキョロと見回している。周りの群衆も騒然としていた。
「うおおおお! 体に力が湧いてくるぞ!」
男がいきなり大声を出した。異様な光景だったが、次の人も、その次の人も、同じような反応をしていた。
ギルドカードシステム……、まるでラノベのようだ。それにログインボーナスなんてソシャゲのそれじゃないか。
「何か知ってるのかい? アスターくん?」
メグが僕の顔を覗き込む。しまった、顔に出ていたか。
「いや、みんなが急に元気になったのはなんでかなって?」
考えられる理由は一つだろう。ログインボーナスとレベルアップ。まるでゲームだな。本当に帝国の技術なのだろうか。
「私が思うに、レベルとやらが原因じゃないかい?」
メグがずばり言い当てる。流石の洞察力だ。
「早く登録してみたいわね!」
ステラは強くなれると思ったのか、ウズウズしているようだ。
「帝国はこんなものまで……、恐ろしいですわ」
カレンの帝国への警戒心が一層高まったようだった。
***
――翌日、僕たちは講堂に集められた。いよいよギルドカードシステムへの登録が始まる。
「私の番ね、行ってくるわ」
ステラが機材の前に歩み寄る。そして、カードを手に持ち機械に手を当てる。機械が光り出し、女性の音声が流れる。
「ようこそ、楽しんでね! はい、ログインボーナスだよ!」
登録名:ステラ
所属:ジオアントス王国
・LEVEL : 39 / 99
・HP : 2,520 / 2,520
・ATK : 205
・DEF : 202
・INT : 75
・SPD : 90
ステラのギルドカードに文字が刻まれる。ステラはそれをマジマジと見ている。
「よくわからないわね……、これは強いのかしら?」
僕たちの元に戻ってきた、ステラのギルドカードを見る。そこにはゲームのように数値化されたステータスが刻まれていた。
「そういえばレベルも上がらなかったね。ステラのレベルが高いからかな?」
「ふふん、そう?」
ステラはレベルが高いと聞いて、少し喜んでいるようだ。
「じゃあ次は、私だね!」
メグが同じように登録をする。そして流れる女性の声。
「ようこそ、楽しんでね! はい、ログインボーナスだよ!」
登録名:マーガレット・グローリー
所属:ジオアントス王国
・LEVEL : 30 / 99
・HP : 1,670 / 1,670
・ATK : 145
・DEF : 122
・INT : 99
・SPD : 95
INTの数値がぶっ飛んでる!? ――じゃなくてグローリーって誰!?
「へぇ……本名が登録される仕様なんだね」
メグが自分のカードを見つめて小さく呟く。スピカというのは、この国での通称だ。そんなことを考えていると、ステラがメグにカードを突き付けた。
「見なさいメグ! 私の方がレベルが高いわ!」
「ふん、私のINTの数値を見たまえ。こっちの方が圧倒的に最強だ!」
子供のように張り合う二人を見ながら、ふと辺りを見回す。……そういえばカレンの姿がない。彼女なら真っ先にこのシステムの危険性を見抜いていそうだが、もう登録を終えて帰ってしまったのだろうか。
「じゃあ、僕の番だね」
そういえば、僕がフォーマルハウトだってバレるんじゃ……
そんなことを思いながら、カードを左手に持って、機械に手をかざした。――その瞬間、突如として講堂内にけたたましい警告音が鳴り響いた。
『――警告。エラー発生。イレギュラーを検知。システムを強制終了します――』
無機質な機械音が響き渡り、周囲の生徒たちの視線が一斉に僕へと突き刺さる。
『イレギュラー』、ジュピターが遺したその単語に、心臓が跳ねあがる。動揺を隠そうと手元に目を落とすと、僕の左手にはパチパチと火花を散らし、黒く焼け焦げたカードが残されていた。
「ふーむ。機械の調子か? 君は登録できないようだね。はい次!」
帝国の担当者が怪訝そうに首を傾げる。得体の知れない『システム』に組み込まれずに済んだことに、僕は内心で深く安堵していた。
「私の番ですわね」
アマツさんが左手にカードを持ち、右手を機械にかざす、――再びけたたましい警告音が講堂中に鳴り響いた。
『――警告。エラー発生。イレギュラーを検知。同一の魂が既に登録されています。システムを強制終了します――』
再び鳴り響いた警告音。そして、アマツさんの左手にも僕と同じように焼け焦げたカードが残された。
アマツさんもイレギュラーなのか……?
「アマツさん、大丈夫?」
駆け寄る僕の声に、彼女はハッと我に返ったかのようだった。
「ええ、大丈夫ですわ。心配をお掛けしました」
「……『同一の魂』って、どういう意味だろう?」
僕が探るように問いかけると、彼女は一瞬だけ視線を彷徨わせた後、いつものおっとりとした聖女の笑顔を作った。
「そういえば……以前、教会で似たような登録していたのを忘れておりました。うっかり二重に登録しようとして、ドジを踏んでしまったようですわ……」
それが明確な「嘘」であることは、彼女の張り付いたような笑顔が物語っていた。このシステムが導入されたのはつい昨日だ。そして昨日は広場でしか登録はしていなかった。だが、それ以上深く踏み込むことはできなかった。
彼女がそっと隠すように握りしめた、焼け焦げたカード。その隙間から一瞬だけ見えた文字を、僕の目は確かに捉えていた。彼女が隠し持つあまりにも深い闇に、僕の背筋は冷たくなった。
――登録名:『ミカボシ』。




