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【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
二章 北極星【ポラリス】
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紙飛行機

 今日も退屈な一日が始まる、カーテンが開けられ、看護師さんが来る。朝の検温が済み、味気ない朝食を取る。


 ――そして、何もない一日が過ぎる、はずだった。


「ねえ、隣座ってもいい?」


 僕が談話室に置いてあるラノベを読んでいると、少女が、馴れ馴れしく話しかけてきた。正直勝手にすればいいのだが、少し悪戯心が出てしまった。


「ダメ」


 彼女は目をぎょっとして驚いている。まさか断られるとは思わなかったのだろう。


「じゃあ勝手に座る!」


 彼女は僕の隣に座った。そしてこちらをジッと見つめてくる。


「何か用?」


 こう見つめられると、ラノベに集中できない。


「君、名前は?」


「教えない」


 僕は即答した。彼女はプンプンと頬を膨らませている。


「私の名前は美香! よろしくね!」


 僕はキラキラとした彼女が、眩しく感じて、照れくさくなった。


「よろしく……」


 頭を掻きながら、小さく返事をすることしかできなかった。


「それで、名前は?」


 再び彼女が問いかける。


「僕の名前はね、遥斗っていうんだ」


 彼女と最初に会ったときの記憶だ。彼女の底なしの明るさと、消毒液の匂いがやけに脳裏に刻まれていた。


 ***


 それから、僕たちは一緒に談話室で話すようになった。一年が過ぎても僕たちは、退院することができなかった。


「ねえ、大きくなったら何になりたい?」


 美香がクルリとした愛らしい瞳をして、僕に尋ねる。


「そうだな、このラノベの主人公みたいになりたいかな」


 僕の答えに美香はムスッとして怒り出す。


「ラノベの主人公って、『俺TUEEE』とか言って、やりたい放題する人でしょ、そんなのになりたいの?」


 偏見が凄いな。談話室に置かれているラノベは、最近の流行の物が多かった。


「確かにそういうのもあるかもだけど、僕は誰かを守れるような、優しい人になりたいの!」


「ふーん、そうなんだ」


 彼女はジト目で僕を見つめる。


「じゃあ美香は?」


 すると彼女は耳まで真っ赤にして、モジモジと身じろぎをした。


「笑わない?」


 彼女の真剣な瞳に、僕はしっかりと目を見ながら、答えた。


「笑わないよ」


 ――美香が、僕の袖をぎゅっと掴んだ、白く細い指が、かすかに震えている。俯いた彼女の唇から、零れ落ちるような声が響いた。


「あなたのお嫁さんになりたい……っ」


「――っ」


 やけにモジモジして恥ずかしがっていたのは、そういうことか。真っ赤になって俯く彼女の姿が、たまらなく愛おしくなる。ドクン、と胸が跳ねた。


「じゃあ――退院して、大きくなって、それでもまだ僕のお嫁さんになりたいって思ってくれたなら、結婚しよう」


 子供同士の口約束、でも僕たちは真剣だった。


「約束だからね! 絶対だよ!」


 彼女が必死になって訴える。


「うん、約束だ!」


 美香とならきっと楽しくて、明るい家族になれる。僕はそう信じていた。


 ***


 また一年が過ぎた。僕と美香は病院の中庭で『紙飛行機』を作っていた。


「じゃあ飛ばすよ」


「うん」


 僕の作った不出来な紙飛行機は、すぐに墜落した。


「あはは、下手くそだね!」


 墜落した僕の紙飛行機を指差して、彼女が笑う。


「じゃあ、美香はどうなのさ! 手本を見せてよ」


 僕はわざとらしく、大袈裟に怒ってみせる。


「ふふふ、見ててね、私の最高傑作を!」


 彼女が『紙飛行機』を持って飛ばす。その紙飛行機はどこまでも飛んでいく。そして――なんと、鳥に(さら)われてしまった。


 僕が呆然としていると、彼女はなぜか、勝ち誇った顔だった。


「私の紙飛行機は、どこまでも遠くに飛んで行ったよ!」


 そういうことか。今回は彼女の勝ちってことにしておこう。


「次は負けないよ!」


 僕が彼女に宣言すると、彼女は消え入りそうな顔をして僕に語った。


「紙飛行機を見たら、私を思い出してね……」


 彼女は僕にそう告げると、そのまま走って病棟に戻って行った。僕は彼女の瞳に涙が溜まっていたのを見逃さなかった。


 何で泣いて……


 次の日、彼女は僕の前に現れなかった。次の日も、その次の日も。


 彼女が亡くなったのを知ったのは、一週間が経とうとしていた頃だった。


 ***


 目が覚める。目に映るのは寮の天井だった。


「夢か……」


 何で、今更前世の夢を……。前世の夢なんて、今まで一度も見たことがなかったのに。


「結婚の約束……果たせなかったな」


 ベッドの上で、もう叶うはずのない言葉をポツリと溢す。


「紙飛行機か。この世界ではまだ見たことがないな……。もし、美香もこの世界のどこかに転生していたら――」


 いや、考えても仕方のないことだ。そんな奇跡みたいな話があるわけがない。


「――よし」


 僕は首を振った。もう戻ることのない過去に別れを告げ、未来に向けて歩みを進めたのだった。


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