魔人国のクーデターと託されたもの
ブラーエ先生に呼ばれた僕は、先生に連れられて、ステラたちから離れた。十分に距離を取った後、先生は「この辺でいいか」と言って、振り返る。ここならステラたちに声は聞こえない。
聞かれたくない話なのかな?
僕が首をかしげながら待っていると、先生はヘラヘラした態度で僕に語った。
「魔人国の親父から、今さっき呼び出しがかかってね……、放っておくと面倒なことになるんだ」
先生はやれやれと、大袈裟にポーズを取りながら、ため息をついて続ける。
「だから暫くの間、帰らねばならないんだ、どうだ? 先生がいないと寂しいだろう?」
「もしかして、さっきの暗殺者に反応しなかったのは、そのためですか」
「フォーマルハウト君なら、簡単に対処できると信じていたからね」
こんな事を言うために、わざわざ皆から離れたのか?
すると、先生の目が一切笑ってないことに気付いた。
「先生、本題は何ですか? そんな真剣な表情で言われたら、調子が狂っちゃいますよ」
「すまないね、フォーマルハウト君、今から言うことは、結構ショッキングだから、和ませようと思ったんだ」
先生は咳ばらいをした後、僕の目をしっかりと見た。
「魔人国で、クーデターが起きた。私は穏健派の力にならなければならない。首謀者は主戦派の魔将ウラヌス。かなりの魔人がウラヌスの側に付いたらしい」
「それは、大事じゃないですか! 僕にだけ話すってことはついて行った方がいいのでしょうか?」
先生は、一瞬微笑み、首を横に振る。
「もう生徒を危険な目に遭わせる訳にはいかない。こういうのは大人の仕事だ」
先生が僕の頭を優しく撫でる。
「じゃあなんで、僕にだけこんな重要な話を?」
先生は僕の手に、ある紙を握らせた。
「これは?」
僕は不思議そうに紙を眺めた。何も書かれていない、ボロボロの紙だ。
「これには、魔人国のある秘密が書かれている。万が一私の身に何かがあった時のために、これをフォーマルハウト君に託そう」
「秘密って何なんですか?」
僕が先生に問いかけると、先生は空を見上げた。
「その時になれば分かる、だがそうはならないだろうな、ウラヌス如きに遅れはとらない、まあ保険だ」
「先生……」
僕が不安そうにしていると、先生は自信満々な顔で言った。
「そんな顔をするな、ジュピターも、ネプチューンも、私の敵ではなかったからな」
「そうですね……」
そうだ、先生は強い、もしかしたらジャックおじさんよりも……
「それと、ウラヌス陣営に送った、スパイからの情報だが、近いうちに王国で何かが起きるらしい。ウラヌスのことだ、きっとろくでもない事だろう」
先生がため息を漏らす。そして僕に笑顔を向けた。
「それじゃ、行ってくる、三人には適当に誤魔化しといてくれ」
「行ってらっしゃい、ブラーエ先生!」
僕の言葉を聞くと、先生は軽く手を上げて、風のように去って行ってしまった。
手のひらに残る、ボロボロの紙きれ。僕はそれを急いでポケットの奥に押し込む。一抹の不安を、無理やり笑顔の裏に隠してステラたちの元へ戻った。
「あれ? ブラーエ先生は?」
合流するなり、ステラが不思議そうに首を傾げた。
「ブラーエ先生は、用事で実家に帰るって」
嘘じゃないけど、これでクーデター云々は誤魔化せるはずだ。
「ええ!? 帰るってどうやって? 大結界もあるのに」
メグが驚きながら、疑問を投げかける。
「そういえばそうだね、僕たちの知らない抜け道があったりして」
「お父さんから聞いたことがあるわ、戦争の時に魔人がやけにスムーズに撤退したことがあるって」
最強の星霊術士であり四星のジャックおじさんがそう言うなら、抜け道はありそうだな。
「あっ!?」
ステラが急に素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの、ステラ?」
「大変なことに気付いちゃったわ……」
深刻な表情をしたステラ。ゴクリと、僕は喉を鳴らす。
「ブラーエ先生がいないと、私たちのクラスはどうなるの?」
ステラがあまりにも真面目に言うものだから、少し拍子抜けした気分だ。
「ああそういえば、多分私が教えまーす!」
メグが謎の宣言をする。褒めて褒めてと言わんばかりの顔になっている。
「教えるって何を?」
僕の問いかけに、メグは待ってましたとばかりに胸を張り、ニヤリと不敵に笑った。
「だから、私がアスターくんと、ステラくんのクラスの担任になるのだよ!」
「「えええええ!?」」
僕とステラの絶叫が響き渡る。
「あらあら、凄いわね」
そんな僕たちの驚愕をどこ吹く風と受け流し、カレンだけは全て知っていたかのように、余裕の笑みを浮かべていた。当のメグは、これ以上ないほど勝ち誇った顔をしている。
「でもメグはまだ学園の生徒じゃない! 何でなのよ!」
ステラが困惑した表情で、メグを問い詰める。
「私は天才だからね、学園のカリキュラムに縛られないのさ! ブラーエ先生に何かあったら、私がアスターくんのクラスを、受け持つことになっていたのさ!」
今明かされる驚愕の真実、というよりかは、人員不足なのだろうか?
「メグ先生と呼んでくれてもいいんだよ、ステラくん」
「くぅー授業の時以外は、絶対に呼ばないわよ!」
「私も受けたいわ、メグ先生の授業」
カレンの言葉に、メグは目に見えて冷や汗を流す。
「な、なにが目的だい? カレンくん?」
声を震わせ、みるみる小さくなっていくメグ。
「興味本位で言ってみただけよ、メグ《《先生》》!」
「うああああ、なんだかゾクゾクする、授業以外では先生禁止だ! いいな!」
カレンの底知れない笑みに本能的な危機感を覚えたのか、メグは全力で首を振った。
「「「はーい」」」
僕たちはそんな風にいつものように談笑しながら、茜色に染まる帰路に就く。ブラーエ先生の言葉や魔人国の動向は気がかりだったけれど、今の僕にできることはない。
次の日、メグ先生の初授業が、『ある事件』によって、波乱の幕開けになることを、今の僕たちは知る由もなかった。




