聖女の『奇跡』
僕はステラ、メグ、カレン、そしてブラーエ先生と世界樹の麓まで来ていた。以前見つかった世界樹の枯死を調査するため、メグと先生が選出され、僕たちも同行することになったのだ。
「それにしても、アランを近衛兵に選出するなんて、アルタイル国王陛下も思い切ったことするわね」
アランが四星を憎んでいたのを知ってなお、身近に置く国王陛下の度量は計り知れない。
「それだけ、ブラウン君が優秀だということだ。ふっ、まあテストの点数は赤点だったが……」
「アランがいないから、学園も寂しくなりますね……」
「きちんと休暇もあるみたいだから、その時思いっきり遊べばいい」
先生が微笑み、僕の頭をワシワシと撫でながら言った。
「もう見えてくるんじゃないかい?」
メグが背伸びしながら、前方を眺める。
「あれは!? 何!?」
カレンが驚愕の声を上げる。そこには木々は枯れ果て、禍々しいオーラを放ち、見る影もない世界樹の姿があった。大地も侵食され変色している。
「これは酷いわね……でも人が集まっているのは何故かしら?」
ステラは首をかしげる。人々が集まり、何かを待っているかのようだった。
「すみません、皆さんここで何をしているのですか?」
僕は群衆の中の一人に話しかける。その人は瘦せ細り、世界樹の影響を受けているようだった。
「何って、今日はポラリス教団の聖女様がいらっしゃるんだよ、だからその奇跡を一目見ようって集まっているんだ」
「奇跡ですか……教えていただき、ありがとうございます」
「お前さんたちも見ていくといいさ」
奇跡か……、まさかね……
僕は自らの左手の甲を見つめる。北斗七星――七つの奇跡を起こした証。――まさか、聖女様も僕と同じなのか?
突如として、雲が裂け街道が光に照らされた。そこを白銀の馬車と白銀の甲冑で身をまとった騎士が通る、その馬車は世界樹のそばで止まった。
「アマツ様、到着いたしました」
騎士が馬車の扉を開け、中から少女が現れる。彼女の姿は神々しく、それでいてその表情は慈愛に満ち溢れていた。
彼女の瞳が群衆に向いた、――瞬間、彼女の顔に涙が一筋流れた。それは彼女の純粋さゆえか、あるいは他の何かを孕んでいるのか。
「辛かったでしょう。今、私の奇跡の力をもって救いましょう」
彼女の言葉に群衆は涙し、膝を屈する。彼女が世界樹のそばまで歩み寄り、世界樹に左手を当てる。その時僕の目には、信じられないものが映っていた。
北斗七星の傷――それは奇跡の証。
「ポラリスよ、どうか、世界樹をお救い下さい!」
彼女が目を閉じ祈りを捧げると、それに呼応したかの如く、世界樹が見る見るうちに再生する。木々は青々と生い茂り、侵食された大地が元に戻る。そして、辺りは心地よい空気で満たされた。
「これがポラリスの導きです」
「うおおおおお!」「凄い!」「流石は聖女様!」「ポラリス万歳! 聖女様万歳!」
彼女に向けられる凄まじい称賛。そしてそれは群衆の信仰心となるだろう。
妙だ、彼女は既に七つの奇跡を使っている。あの傷が本物なら、奇跡の力は使えないはずだ。だが実際に奇跡は起きた。
「これが、聖女様の力!?」
「こんなのまるでアスターくんの……」
「実際に目の当たりにすると、疑いようがありませんわね……」
「ふむ……」
ステラたちがそれぞれ反応する。先生は馬車の方が気になるようだ、鋭い眼光で睨みつけている。
「ブラーエ先生? どうかしましたか?」
「いや、馬車から妙な気配がしてね……」
妙な気配? 流石に魔将とかじゃなさそうだけど……
――その時、群衆を割って黒い影が飛び出した。
黒装束を纏い、キラリと光るダガーを握った暗殺者。護衛の聖騎士を瞬く間にあしらい、標的である聖女に肉薄する。
凶刃が彼女の白い首筋に迫る寸前――。
僕は一瞬でその間に割り込み、腰の剣を抜き放ち、ダガーを鋭く弾き飛ばした。
「ちっ、化け物女を庇ったこと、後悔するぞ!」
暗殺者は何か札のようなものを胸元から取り出した。すると魔法が発動し、暗殺者はその場から消えたのだった。
転移魔法……!?
***
「やはりアスター様なら、助けてくださると、信じておりました」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「ありがとうございます、私はアマツと申します、ポラリス教団の聖女をしております」
彼女は頬を赤く染めながら、僕にお礼を述べる。
「僕は……って、あれっ?」
お礼を言おうとして、ふと強烈な違和感を感じた。
――僕、まだ自己紹介なんてしていない。どうして彼女は僕の名前を知っているんだ?
「どうかなさいましたか?」
小首を傾げるアマツの瞳は、僕の疑問を見透かしているような、不思議な視線だった。
「アマツ様、そろそろお時間です」
「すみません、アスター様、これで失礼させていただきますわ」
「はい、わかりました」
彼女は、少し動揺している群衆に丁寧にお辞儀をした後、馬車に乗り込んだ。
その時に僕の目にあるものが映った。
馬車の中にもう一人いた。誰だろう?
「アスター、大丈夫? 怪我とかしてない?」
ステラたちが心配そうに近づいてくる。
「うん、大丈夫だよ」
僕は平気平気とガッツポーズをしてアピールする。
「アスターくん、聖女ちゃんとイチャイチャしてたねぇー」
「鼻の下が伸びてますわね」
メグとカレンがジト目で僕をからかう。僕は慌てて否定する。
「そんなことないよ、少し話をしていただけだから!」
「本当かしら? あんなに熱烈な視線で馬車を見送っちゃって」
「ステラまで!? あれは、馬車の中にもう一人いたのが気になったからだよ」
「「「本当にぃー!?」」」
「君たち、いちゃついているところ悪いが、少しフォーマルハウト君を借りるよ」
「「「いちゃついてません!!」」」
「はいはい、とにかく来てくれるか?」
「分かりました」
聖女アマツ様が起こした、奇跡の謎、気になるけど、今は先生の話を聞くのが大事だ。
その後、先生の口から告げられたのは、僕たちの日常を揺るがしかねない、魔人国に関するある『驚愕の事実』であった。




