誓い
新学期が始まって一ヶ月。例の襲撃犯の動向は未だに掴めず、四星が狙われているという脅威から、王都全体には重苦しい厳戒態勢が敷かれていた。
そんな緊迫した空気の中、僕は『星霊祭』の準備に追われていた。こちらの世界における文化祭のような催しだ。
「では、私たちのクラスは、星霊の研究成果を展示するということでいいわね」
クラスを取りまとめるステラは、さながら学級委員長のようだった。
文化祭と言えば、前世の記憶にあるラノベでは『メイド喫茶』が定番だったが、こちらの世界にその概念はないらしい。ステラのメイド服姿を拝めないのは、実に残念だ。
「……再来週までに提出してください。じゃあ、今日は解散!」
ステラの号令と共に、皆が一斉に教室を後にする。その様子をぼんやり眺めていると、ステラが心配そうに歩み寄ってきた。
「今日もアランは休みみたいね」
「うん。流石に心配だよ……」
世界樹で話して以来、アランとは会えていない。寮にはいるそうだが、誰とも顔を合わせようとしないらしい。
「寮に戻ったら、無理やりにでもアランに会ってみるよ」
「それがいいわ! 話し合わないと、何を悩んでいるのかも分からないもの」
そうだ。拒まれても、引き摺ってでも部屋から出してやる。
その後、星霊研究部に顔を出し、メグと、遊びに来ていたカレンと合流した。陽が落ちるまで談笑した後、三人で寮に向かっていたところ――校庭でジャックおじさんとブラーエ先生に呼び止められた。
「アスター、ちょうど良かった。探していたんだ」
学園長は、かつてないほど慌てた様子で僕に告げた。
「今夜、王都が襲撃される。……ご丁寧に予告状まで送りつけてきたぞ」
「例の襲撃犯からですか!?」
「多分な。王都を四方から同時に攻めるとの記載があった」
「戦力を分散させるのが目的ですね……」
予告状まで送ってくるとは、随分な余裕だ。それほど自軍の戦力に自信があるのだろうか。
「市民の避難は完了している。後はどう守り抜くかだが……」
学園長が言いかけたその時、王都の四方で眩い光が爆発した。
「これは……!? 学園長、北部、西部、南部に魔将の気配が!」
元魔将であるブラーエ先生が、鋭くその気配を察知して叫ぶ。
「仕方ない。俺は国王陛下を護衛するため北門へ向かう。ブラーエは西門、後は……」
「僕が南門に行きます! 学園には一歩も近づかせません!」
「アスター……すまん、頼んだぞ!」
学園長は深く一度頷くと、北へと走った。
「君たち三人は、東門に向かってくれ。魔将の気配はないようだが、油断は禁物だ。片付け次第すぐに合流する。フォーマルハウト君、信じているぞ……!」
先生も三人に指示を出し、西門へと消えた。
「三人とも、気を付けて。絶対に無茶はしないでね」
もう、僕には『奇跡の力』は使えない。もしみんなの身に何かあったら……。
そんな僕の焦りを察したように、三人が不敵に笑う。
「大丈夫よ! アスターこそ、そんな不安そうな顔しないで!」
「心配ご無用だよ、アスターくん! 大船に乗ったつもりでいるといい!」
「アスターくんに助けてもらった命、決して無駄にはしないわ!」
自信に満ちた三人の言葉に、胸の奥の曇りが少しだけ晴れた。
「――絶対勝とう。そして、みんなで明日を迎えよう!」
「「「うん!」」」
僕たちはそれぞれの持ち場――南と東へと分かれた。
***
「アスターなら、ここに来ると思っていたよ……」
僕が南門に到着した時、そこには凄惨な光景が広がっていた。例の襲撃犯の周囲に、百人余りの兵士たちが折り重なるように倒れている。
……死んでは、いないのか?
全員が激しく負傷しているものの、命を奪われた形跡はない。
「アスター、不思議か? 俺の標的は、両親を見殺しにした『四星』のみだ。まあ、他の魔将どもの考えは知らんがな……」
男がフードの陰から、低く濁った声を出す。
僕が身構え、星霊術で身体を強化した瞬間――男から爆発的な魔力が解放された。かつて戦ったジュピターをも遥かに凌ぐ力の奔流。大気がビリビリと震え、肌がちりちりと焼けるようだ。
気圧されてたまるか!
僕は一気に懐へ潜り込み、渾身の斬撃を放った。しかし、男はそれを腕一本で受け止める。キィン、と硬質な音が響き、男の腕に薄く入った傷から血が滲んだ。
直後、男が振り下ろした拳を紙一重で回避。距離を取りながら雷の中位星霊術を連射して牽制する。だが、男は激しい雷撃の直撃を厭わず、激しく煙を上げて突き進んできた。
星霊術で防御しているのか……? こいつ、星霊術士なのか!?
中位星霊術では足止めすらできない。ならば!
「来い、フォーマルハウト!」
「――この気配、あなた、まさか!?」
星霊召喚に応じ現れたフォーマルハウトが、男の姿を見て息を呑んだ。
「どうしたの!?」
「こいつから、レグルスの気配がするわ!」
レグルス。十年前の戦争で魔将と相打ちになり、断絶したレグルス家――四星が契約していた一等星霊だ。
「ぐああああ! ……っ、ははははは! 私はレグルスではない。我が名は、サターン!」
男が苦悶の声を漏らした直後、禍々しい別の声が重なった。
「おかしいわ! サターンはレグルスと相打ちになって消滅したはずよ!」
「レグルスぅ? あんな奴、我が死に際にその『核』を侵食し、容易く乗っ取ってやったわ!」
「……じゃあ、お前は一体誰だ?」
「我がサターンだと言っているだろう。――ああ、そうか。まだこの器の顔を見せていなかったな」
男は不気味に歪んだ笑みを浮かべながら、ゆっくりとフードを取った。
現れたのは、僕がよく知る顔だった。
「アラン……!」
「感動のご対面だな、アスター・フォーマルハウト君! 我もやっとこの体を完全に支配できた。これでようやく、この反吐が出る王国を血の海に変えられる!」
「さっきと言っていることが違うぞ! 四星だけが標的じゃなかったのか!」
「それは甘っちょろいアラン君の望みだ。馬鹿な奴だよ、『力を貸してやる』と言ったら簡単に契約に応じおった。だが、我の望みは王国の滅亡だ!」
サターンが禍々しい火の上位魔法を放つ。僕はフォーマルハウトに目配せし、雷の上位星霊術でそれを相殺させた。
激しい爆風と炎光の中、僕たちは視線を交わし、連携して男を追い込んでいく。
「やるではないか。ならば、これならどうだ!」
サターンが星霊術と魔力で身体をさらに強化し、凶悪なまでの猛攻を仕掛けてくる。
(メラク、力を貸してくれ……!)
心の中で叫ぶと、身体の奥底から圧倒的な力が溢れ出した。これなら対抗できる!
「とっとと、くたばりなぁ!」
サターンの拳が、視界を埋め尽くすほどの速度で眼前に迫る。
――しまった、避けられない……!
死を覚悟したその瞬間、男の拳がピタリと止まった。
「くっ、何を……!? こいつを殺すのがお前の目的だろうが、アラン!」
サターンが自身の体に向かって忌々しげに叫ぶ。
アランが、中から抑えてくれているのか……!
その決定的な隙を、僕は逃さなかった。斬撃の雨を降らせ、フォーマルハウトの雷撃も追撃する。度重なる猛攻を受け、男の身体は次第に満身創痍となり、ふらふらと足をもたつかせた。
だが、このままではサターンだけでなく、アランの体まで壊してしまう。
「アラン! 目を覚ませッ!」
僕は渾身の拳を、その顔面に叩き込んだ。
「アスター……っ」
アランの瞳に、本来の光が戻る。魔将の支配を一時的に押し返したのだ。しかし、彼は苦しげに顔を歪め、胸を掻きむしった。
「俺のことはいい……さっさと俺を殺せ。そうしないと、またヤツが……」
「何言ってるんだ! アランは僕の大切な親友だ、殺せるわけないだろう!」
「俺が意識を保っているうちに……早くしろ!!」
何か、何か手はないのか……?
アランを救い、魔将だけを排除する手段――そうだ、これなら!
「アラン、レグルスを星霊召喚してくれ!」
「何で、そんな……っ」
「いいから早く!」
「……クソ、分かった……来い、レグルス!!」
アランが叫んだ瞬間、不気味な光の奔流と共に、レグルスの体に寄生していたサターンが引きずり出される形で空間に固定された。
「馬鹿なっ、我を強制召喚しただと!? だが、もう一度体に戻れば――」
「させないわ!」
フォーマルハウトが即座に術を展開し、サターンを強固な光の鎖で拘束する。
その最高の隙に、僕はドゥーちゃんとメラクの力を限界を超えて引き出した。ありったけの、僕の力を込めた雷の上位星霊術を撃ち放つ。
「ぐおおおおおおおおッ!」
直撃を受けたサターンの体が激しい光を放ち、ガラスのようにひび割れ、自壊していく。
「やった……!」
勝利を確信した、その刹那だった。
「……タ、バ、レェェッ!!」
崩壊していくサターンが、執念で最後の力を振り絞り、僕に向けて漆黒の槍状の魔法を放った。
完全に不意を突かれ、身体が硬直する。
「危ない――!!」
視界が反転した。
僕の前に、ボロボロのアランが飛び込んできた。
ドスッ、という鈍く嫌な音が、静まり切った夜の帳に響く。
黒い槍が、アランの胸を容赦なく貫いていた。
「アラン――っ!?」
駆け寄ると、アランは大量の血を吐きながら、その場に崩れ落ちた。地面がまたたく間に赤く染まっていく。
「アラン……どうして、僕を殺したいんじゃなかったのかよ……!」
「悪いな、アスター……。なんでだろうな、身体が勝手に動いちまった……。確かに四星は憎い。……けど……お前なら、四星を、この国を変えてくれるんじゃないかって……そう、思っちまったんだ……」
アランの血を帯びた言葉が、僕の胸に深く突き刺さる。
「アラン、死なせない……。僕は、君に生きていてほしいんだ!」
メラクは言っていた。七つ目の願いを叶えたら、僕は死ぬ、と。
けれど、そんなことどうでもいい。この力は、この命は――大切な人たちを守るためにあるんだ。
「頼む、アランを治してくれ……!!」
「アスター、何を……っ!」
夜空を一筋の巨大な流れ星が猛烈な速度で駆け抜けた。
同時に、僕の左手に焼きゴテを当てられたような激痛が走り、七つ目の光が鮮烈に浮かび上がる。
――北斗七星。
その絶対的な輝きに呼応するように、アランの胸の風穴が、みるみるうちに塞がっていく。
その奇跡を完全に、確かに見届けた瞬間。
僕の意識は、底のない深い闇へと沈んでいった。




