世界樹
襲撃から数日が経った。
またいつ襲われるか分からない緊張感の中にいたが、いよいよ今日は王都に戻る日だ。
「あの男は父さんと母さんを殺したと思い込んでいるから、多分大丈夫だと思うけど……気を付けてね」
「ああ、アスターこそ気をつけろよ」
「次も無事に帰ってきてね」
「うん、じゃあ行ってきます!」
僕は名残惜しさを感じつつも、両親に別れを告げた。
「アスターのことは、私たちが守ります」
ステラの頼もしい宣言に、メグとカレンも頷いた。
「嬉しいことを言ってくれるな。でも三人とも無理はしないでくれよ。もうみんな家族みたいなものだからな」
「家族……!」
父さんの言葉に、三人は顔を赤く染める。
「モテモテね、アスター!」
母さんが冗談めかして笑う。
モテモテじゃないよ、と否定したいところだけど、流石にそこまで鈍感じゃない。……でも、前世の倫理観がどうしても邪魔をするんだ!
「ははは、かもね!」
あえて肯定してみせると、母さんは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
三人も挨拶を済ませ、ステラは出発のギリギリまで母さんと話し込んでいた。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
王都までの道中は平和そのものだったが、僕の内心は穏やかではなかった。
襲撃犯とは、いずれ必ず戦うことになる。奇跡の力に頼ることはできない。絶対に皆を守るんだ。
***
学園に戻って数日が過ぎ、僕たちは王都近郊にある『世界樹』へとやって来た。
ジャックおじさんには両親が襲撃された件を説明したが、既定の行事のためキャンセルはできないらしい。代わりに護衛として付いてきてもらうことになったのだ。
実力者の同行は、実になんとも頼もしい。
「初めての遠足が、世界樹とはね……」
僕は目の前にそびえ立つ大樹を仰ぎ見る。
東京タワーくらいあるのかな? 前世でも写真でしか見たことがないから、正確なところは分からないけれど……。
「どうだ? 立派だろう、アスター」
「学園長、今はハウト君ですよ。公私混同を控えないと、他の生徒に示しがつきません」
「す、すまん……コホン。立派だろう、ハウト君?」
ブラーエ先生に嗜められ、学園長は大袈裟に言い直した。
「そうですね、凄いです。全身に空気中の魔力を感じるような……あれ?」
「どうした、ハウト君?」
「あそこ、少し枯れていませんか?」
僕は世界樹の上部、端の方を指差した。
「本当だな。こんなことは初めてだ……ブラーエは何か知っているか?」
学園長が先生に問いかける。
「いえ……魔人国にも世界樹はありますが、枯れるなどという話は聞いたことがありませんね」
「あとで調査隊を送るか。今は何もわからんな……」
学園長は肩をすくめたあと、急に自信満々な表情で僕を抱きしめた。
「アスターは俺が守ってやるからな!」
ジャックおじさん……僕が不安を感じていると思って、励ましてくれているのかな。
「ありがとう、ジャックおじさん!」
僕は心から感謝を伝えた。
「学園長、ハウト君、言動には気を付けた方がいい。二人の熱い抱擁を生徒たちが見ているぞ」
先生に指摘され、慌てて離れる。周囲を見渡したが、幸い注目を浴びている様子はない。
「ふっ、冗談だ……もちろん、私を頼ってもいい。こういうのは大人の仕事だ」
「ブラーエ先生、そのセリフ気に入っているんですか?」
僕がツッコミを入れると、先生は「かもな」と短く微笑んだ。
実力は折り紙付きの先生に、学園長までいる。僕の不安な気持ちは少しずつ消え去っていった。
「でも学園長、無理はしないでください? シリウスの力は半減しているのでしょう?」
「何を言うブラーエ! それでも俺は最強だ!」
そうか、カレンに力を分けたからか……。でも本人が最強って言ってるし、大丈夫かな。なんだかちょっと学園長がドゥーちゃんに見えてきたな……。
「おっと、これ以上アスターを独占するわけにはいかないな。学友との交流も大事だぞ。さあ、行ってこい!」
学園長に促され、僕はアランの姿を探した。
新学期が始まってから、アランはどこか上の空なんだよな……。
世界樹の周りをしばらく歩き回り、草むらで横になっているアランを見つけた。
「ここにいたんだ」
「アスターか……」
返事もどこかぎこちない。やはり調子が悪いのだろうか。
「なあ、アスター、お前は……人を殺したことはあるか?」
唐突な問いに、僕は言葉を失った。
アランの瞳は、どこか暗く、深い泥の底を見つめているようだった。
僕は平静を装って、ゆっくりと答える。
「ないけど……いきなりどうしたの?」
黒フードの魔人も呪術師も、僕が殺したわけではない。
「そうか、やっぱりアスターは……」
アランは、どこかホッとしたような、複雑な表情を浮かべた。
「変なことを聞いたな、悪い」
「いいよ。アランが変なのは今に始まったことじゃないしね」
冗談めかしてからかってみる。
「そうだな……」
また、上の空だ。
本当にどうしたんだろう、アラン……。
僕は彼に倣って草むらに横たわった、集合の合図がかかるまで、二人で黙って空を眺めていた。




