襲撃
帰省してから一ヶ月が経過した。
僕たちは各々の課題を済ませ、のどかな日常を送っている。
今日はフォーマルハウトの祠がある湖にやってきていた。
「いやー、しかし会ったときは驚いたよ。ブラーエ先生そっくりのお姉さんがいるんだもんなー」
「ライラさんと先生は双子なんですか?」
ステラとメグはライラさんとすっかり打ち解けたようだ。もちろん、僕も今では彼女をライラさんと呼んでいる。
「いえ……少々事情がありまして、双子ではありません」
ライラさんは少し困ったような顔を見せた。これ以上この話題に踏み込むのはやめた方が良いだろう。
「ライラさんは、元々我が家で働いてくれていたのよ」
カレンがすかさず助け舟を出し、話題を変えてくれる。
「ジャック様の護衛をしておりましたが、一度も力を振るう機会はありませんでした……」
ジャックおじさんに挑むような無謀な人間はいないだろう。
「少し不謹慎ではありますが、こうしてフォーマルハウトの祠の護衛を任されたのは、光栄に思っております」
ポーカーフェイスのライラさんが、少しだけ微笑んだように見えた。
「ライラさん、祠を護衛してくれてありがとうございます」
僕が心からのお礼を伝えると、
「任務ですので、お礼は不要です」
ときっぱり返された。けれど、彼女の口角がわずかに上がっているのを僕は見逃さなかった。
持ってきたお弁当を食べ、水遊びをして過ごすうちに辺りは薄暗くなっていた。
そんな時、突如として爆発音が響き渡った。
「なんだ!? 今の音は!」
「屋敷の方からみたい!」
ステラの言葉に導かれるように屋敷へ目を向けると、そこからは火の手が上がっていた。
「私は祠の守りに付きます。陽動かもしれません」
「お願いします、ライラさん!」
僕たちは彼女に祠を託し、屋敷に向かって走り出した。
屋敷の前に辿り着くと、そこにはフィリップおじさんが倒れていた。
「フィリップおじさん、大丈夫!? 何があったの!?」
僕が駆け寄って声をかけると、おじさんは苦しげに言葉を絞り出した。
「サロスと、ソフィアが……狙われている……。俺が、時間を、稼いだが……くそっっ、早く行ってくれ……!」
フィリップおじさんは足を骨折しているらしく動けないようだが、幸い命に別状はなさそうだ。その時、少し離れた場所で再び爆発音がした。
「あっちか!」
再び走り出した僕の前に、異様な光景が広がっていた。
黒いフードに黒いマントを纏い、首に金の装飾を下げた男。アランのような筋肉質な肉体を持つその男の足元には、父さんと母さんが倒れ伏していた。
父さんは相当な手練れのはずだ。それを相手にして、男は無傷だった。
「よくも、父さんと母さんを!」
僕は星霊術で身体強化を施し、男に斬りかかる。しかし、鋭い一撃は男の手によって容易く受け止められた。男の手に血が滲む。
「アスター……? お前は……フォーマルハウトなのか……?」
男はどこか上の空で、それがかえって不気味さを際立たせていた。僕は一旦後ろに跳び、距離を取る。
「なぜ僕の名を!」
「『四星』の抹殺は我が使命。だが何故だ、分からぬ……アスターは俺の……ぐああああああ!」
男が急に苦しみだした。その隙を伺うが、あまりに異様な光景に身構えることしかできない。
「今は……二人始末できただけ良しとするか……」
男が魔法陣を展開すると、辺りが眩い光に包まれた。あまりの光量に、僕は思わず目を閉じる。再び目を開けたとき、男の姿はどこにもなかった。
「逃げられた……っ!」
「ソフィアお姉ちゃん!? そんな、嘘でしょう……」
ステラの震える悲鳴が響き、僕は弾かれたように父さんと母さんのそばに駆け寄った。
「無事か……? アスター……」
「私たちは……もう助からないわ……。でも、あなたが無事で……本当に良かった……」
消え入りそうな声で、それでも僕の無事を喜ぼうとする二人。視界が涙で歪む。
いやだ。死なせるものか。僕の力は何のためにある? この力は、僕の大切な人たちを救うために与えられたはずだ!
「父さん、母さん、今助けるよ! ――お願いだ、二人を治してくれ!」
張り裂けんばかりの声を上げ、心からそう願った。
夜空に二つの流れ星が走り、同時に僕の左手に激痛が走る。二つの点が出現すると、見る見るうちに二人の傷が塞がっていった。父さんの失った左腕も治り、母さんの顔の傷までもが消えていく。
「アスター? これは一体……?」
「説明するよ、父さん、母さん。僕は多分……あと一回、こんな奇跡を起こせるんだ」
痛みに耐えながら二人に告げる。
「奇跡か……現にこうして救われたのだからな。アスター、お前の言うことを信じよう」
「ちゃんと治って、本当に良かっ……」
「アスター!?」
「アスターくん!?」
僕の意識は、そこで途切れた。
***
……ここはどこだろう? アメオ様と会った場所に似ている。
どこまでも広がる満天の星空と虚無の空間。そこにはドゥーちゃんがいた。
「ご主人様、もう願いを叶える力は使わないでほしい」
「どういう意味? それにドゥーちゃん、いつもと雰囲気が違うけど……」
ドゥーちゃんは目を閉じたまま語りだした。
「私はメラク、アメオ様が遣わした、あなたの監視役」
「もしかして、あの時助けてくれたのはメラクなの?」
「本当は助けるつもりはなかった。でも、なぜかそうしたいと思った」
メラクは淡々と、けれどどこか寂しげに語る。
「ありがとう、メラク」
彼女がいなかったら、ジュピターを撃退することはできなかっただろう。
「別にいい。とにかく、もう力は使わないで」
「使ったらどうなるの?」
「あなたは、死ぬ」
その言葉を最後に、意識が浮上していく。
「ここは……?」
「アスター! 良かった、全然目を開けないから心配したのよ」
ステラが心配そうに顔を覗き込んできた。ここは屋敷にある僕の部屋のようだ。襲撃を受けたものの、屋敷の損害は最小限で済んだらしい。
「心配をかけたね。でも大丈夫、もう元気だよ!」
「本当に? 顔が真っ青よ。今にもまた倒れそうなくらい……」
「大丈夫だって。ステラは心配性だな」
僕は笑って誤魔化した。けれど、メラクの言葉がずっと胸に突き刺さっている。
あと一回使えば、死ぬ。
――それでも、大切な人のためなら、僕はきっと……。




