表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
一章 七つの奇跡
15/48

帰郷

 ついに出発の日を迎えた。


 ジャックおじさんが手配してくれた馬車に揺られ、三日ほどの道中、僕たちは何事もなく穏やかな時間を過ごしていた。


「これがアスターくんの星霊……」


 カレンがドゥーちゃんを見るのは、これが初めてだ。


 まじまじと観察するカレンをよそに、当のドゥーちゃんは落ち着きなく馬車の中を飛び回っている。


「この子はドゥーべ。僕たちはドゥーちゃんって呼んでるんだ」


 僕が軽く紹介すると、カレンは瞳をキラキラと輝かせた。


「ドゥーちゃんっていうのね! ねえドゥーちゃん、私のこと『お姉ちゃん』って呼んでみて?」


 詰め寄るカレンの勢いに、ドゥーちゃんが空中でピタリと止まる。どうやらカレンは、可愛いものには目がないらしい。


「いきなりなんですの!? この黒い小娘は?」


 その瞬間、車内の空気がピキリと凍りついた。


「ドゥーちゃん……それは私が『腹黒』だって言いたいのかしら……?」


 カレンが低く冷たい声で問う。笑顔のはずなのに、背後のオーラが恐ろしい。


「ひっ!? カ、カレンお姉ちゃん、大好きですのー!」


 恐怖でガチガチに固まったドゥーちゃんが、必死の形相でカレンの胸元へ飛び込んだ。


「あらあら、いい子ね。可愛いわー」


(カレンだけは絶対に怒らせないようにしよう……)


 僕は冷や汗を流しながら、その光景を教訓として心に深く刻み込んだ。


「漫才もいいけど、そろそろじゃないかい?」


 メグの声を聞いて、僕は窓の外へ目をやる。


「そうですね、もうすぐ見えてくるはずです」


 懐かしい我が家までは、あともう少しだ。


「もうすぐ、ソフィアお姉ちゃんに会えるのね!」


 ステラは期待を隠しきれない様子で、そわそわと腰を浮かせている。


 やがて馬車は、見慣れた屋敷の前に到着した。


「ただいま、フィリップおじさん!」


 門のそばにいたフィリップおじさんに声をかけると、彼は僕に気づき、満面の笑みで駆け寄ってきた。


「おかえりアスター! 元気そうで何よりだ。……して、そちらの方は?」


「学園でできた友達だよ。ステラ、メグ、それにカレンだ」


「こんにちは」


 三者三様に、丁寧に会釈をする。


「これはご丁寧に。……おや、カレンお嬢様まで。もっと盛大にお迎えすべきでしたかな?」


「いいえ、お気遣いなく。十分ですわ」


 おじさんの冗談めかした挨拶に、カレンが真面目に返す。二人は以前から面識があったのだろうか。


 カレンの少し恐縮したような態度にそんな疑問を抱いていると、おじさんが僕の肩を抱き寄せ、耳元で密やかに囁いた。


「カレンお嬢様は婚約者だから分かるが……まさか、あとの二人も……?」


「そんなんじゃないよ、フィリップおじさん」


 いちいち説明するのも面倒になり、僕は肩をすり抜けて話を切り替えた。


「父さんと母さんは?」


「中にいるぞ。精一杯甘えてくるといい!」


「ははは、もうそんな歳じゃないよ」


 口ではそう言いつつも、逸る気持ちは抑えられない。僕は屋敷の中へ足を踏み入れた。


「ただいまー!」


「「おかえり、アスター!」」


 馬車の音に気づいていたのだろう。玄関では父さんと母さんが、今か今かと待ち構えていた。


 父さんは僕を歓迎した後、背後の三人に視線を移して首を傾げた。


「何もない所だが歓迎するよ。俺はサロス、そしてこっちがソフィアだ。ところで……カレンちゃんは知っているが、他のお二人は?」


 王都に住んでいた時、多忙だった父さんはステラとは面識がないはずだ。


「私はステラ・ミモザです! ……うっ、うう……」


 自己紹介の途中で、ステラの瞳から大粒の涙が溢れだした。彼女はそのまま母さんの方へ駆け出し、その体に飛び込む。


「ソフィアお姉ちゃん……生きてる……本当に……っ、うわああああ!」


 母さんは一瞬驚きに目を見張ったものの、すぐに泣きじゃくるステラをしっかりと抱きしめ、優しくその背中をさすった。


 ……僕たちは、言葉もなくその再会を静かに見守るしかなかった。


「ごめんね、ステラ……弱いお姉ちゃんで、本当にごめんなさい……」


 ひとしきり泣きじゃくった後、ステラはようやく名残惜しそうに母さんの胸から離れた。


「それにしても、ステラがミモザを継承するなんて……因果なものね」


 母さんはどこか遠くを見るように、寂しげに目を細めた。


「私は、お姉ちゃんと同じミモザを継承できて、誇りに思ってる!」


 ステラの強い意志を宿した眼差しに、母さんは自嘲気味に微笑んだ。


「強くなったわね、ステラ。私とは大違いだわ」


「ソフィアお姉ちゃんは弱くない!」


 即座に否定するステラに、母さんは苦い記憶を紐解くように、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私は……何もかもに耐えられなくなって、自分の存在を消したの」


「消す……? 一体どういうこと?」


 僕が問い返すと、母さんは静かに続けた。


「サロスと結婚して、アスターが産まれて……私は幸せだった。でも、四星フォースターズのサロスと、孤児院出身の私。世間の風当たりは、想像以上に過酷なものだったわ。だから十年前の戦争を利用して、私は『死んだこと』にしたの。全てから逃げて、今ここにいるわ。サロスがいまだに対外的に独身を貫いているのは、そのためよ」


 明かされた母さんの過去。以前ライラさんが驚愕していたのは、死んだはずの人間が生きていたからだったのだ。


「だからステラ、私にはあなたにお姉ちゃんと呼ばれる資格なんて……」


「そんなことない!」


 ステラがその言葉を強く遮った。


「ソフィアお姉ちゃんがいたから、今の私があるの。私はお姉ちゃんが大好き! 今までも、そしてこれからもずっと!」


「ステラ……ごめんなさい……ありがとう……ううっ……」


 今度は母さんが、堰を切ったように泣き出した。ステラはそんな母さんを優しく包み込む。


 しばらくして涙を拭った母さんの顔には、今までになく晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「もう大丈夫。ありがとう、ステラ。あなたのお姉ちゃんとして、もう弱い所は見せないわ!」


 母さんはステラのおかげで、長年の呪縛から吹っ切れたようだ。


「ソフィアお姉ちゃん、大好き!」


 二人はもう一度抱き合い、喜びを分かち合っている。そんな感動的な空気の中――。


「完全に自己紹介のタイミングを逃したが……私の名前はメグ! よろしくお願いします、お父様、お母様! アスターくんと私、結婚しました!」


 空気を読んだのか、それともあえて壊したのか。メグがいつもの調子で、とんでもない爆弾発言を放ちながら割り込んできた。


「アスター!? お前、いつの間に結婚を……!?」


「父さん、冗談だから! ほらメグ、父さんが本気で困惑してるよ!」


「ははは! 私は本気なんだけどね……よろしくお願いしまーす!」


「お久しぶりです、サロスおじさま、ソフィアおばさま」


 今度はカレンが、一歩前に出てお淑やかに一礼する。


「久しぶりだな、カレンちゃん。そういえば学園の外に出ているが、大丈夫なのか?」


「ええ、アスターくんのお陰で」


「本当に久しぶりね、カレンちゃん。すっかり大きくなって」


 一通りの挨拶が終わり、父さんは僕を少し離れた場所へ引っ張ると、小声で囁いてきた。


「三人とは、どこまで進んでいるんだ?」


「どこまでって……ただの親友だよ」


(カレン以外とはキスまでしちゃったけど……それは絶対に言えない)


「そうか……だが、フォーマルハウト家は安泰だな、はっはっは!」


それってどういう意味だ……? まあ、深く考えても仕方ないか。


 一騒動ありながらも、久々の我が家の温かさに、僕はしみじみと心を落ち着かせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ