プルート
翌日、ブラーエ先生は何事もなかったかのように普通に授業をしていた。僕はそんな先生の一挙手一投足を注意深く観察する。
「熱烈な視線を感じるね、私に好意を伝えようとしているのかな?」
「ちっ、違います!」
先生の冗談にクラスメイトたちが笑う。
「どうしたんだ、アスター? あんなに先生のことを見つめて」
「アラン、先生が魔人だって言ったら信じる?」
それを聞いたアランは、噴き出した。
「前にも言ったけど、あんな細い魔人がいるわけないぜ、しっかりしろよ!」
「はあ……もういいよ」
僕はアランの反応に肩をすくめる。
「そこ、私語は慎むように! ハウト君とブラウン君はレポート追加だ!」
「そんなぁ……」
授業が終わり、僕は先生に呼び止められた。体が緊張するが、僕は平静を装った。
「今から、学園長室に行くぞ、学園長がお戻りだ」
「わかりました……」
これは罠か? わざわざ学園長室に行く意味は……?
僕は先生に先導され、学園長室へ向かった。
コンコンコン、先生がノックを三回し、返事を待つ。
「入れ」
ジャックおじさんの声だ。学園に戻ってきていたのは本当だったのか。
「失礼します……」
「失礼します」
部屋に入ると、ジャックおじさんが開口一番に言った。
「すまん、アスター!」
「ど、どういうこと?」
いきなり謝罪され、僕は戸惑った。
「ハウト君、いや、フォーマルハウト君が困惑していますよ、学園長」
やはり、僕がフォーマルハウトであることを知っていたのか。
「そうだな、説明しないとな」
ジャックおじさんが頭を搔きながら、こちらを見る。
「アスターを囮にしてしまったんだ」
「囮って……じゃあ、ジャックおじさんが学園を離れたのは?」
「それも計画の一部だ」
「じゃあ、先生は何者なの……?」
僕は最大の疑問をぶつける。
「言っていなかったな、ブラーエは九大魔将の一人、プルートだ」
やはり、先生がプルートだったのか。
「『元』ですよ。それに今は八大魔将……いや、ジュピターが死んだから七ですか」
ジュピターが死んだ?
「ブラーエは魔将の穏健派から、主戦派が暴走しないための抑止力として派遣されているんだ」
「な、なるほど……」
あまりの急展開に、僕はそう答えるのが精一杯だった。
「魔人王様は穏健派と同調しているが、それが主戦派には気に入らないらしい。主戦派の戦力を削ぐためとはいえ、フォーマルハウト君を囮に使ってしまった、すまなかった」
先生は深々と頭を下げる。
「い、いえ! 皆が無事だったから大丈夫です!」
普段は見せない先生の態度に恐縮していると、先生は顔を上げて自然な笑顔を浮かべた。
「君の実力なら、魔将を相手にしても大丈夫だと思ったからね」
僕の力を信用してくれていた、ということか。なんだか誇らしい。
「そういえば先生、『イレギュラー』って知っていますか? ジュピターが僕の事をそう呼んでいました」
ジュピターが遺した言葉。元魔将の先生なら知っているかもしれない。
「イレギュラーか……ジュピターのことだ、辞書通りの意味ではなさそうだが……学園長は?」
「俺にも分からんな……」
三人の間に、しばしの沈黙が流れた。
「まあ、危機は去ったわけだ! これからは安心して過ごすといい!」
学園長が僕の背中を叩きながら言った。
「もう偽名で過ごす必要はないのかな?」
あのお方とやらがジュピターなら、もう隠さなくてもいいはずだが……。
「手続きが面倒だぞ、いいのか、アスター?」
ジャックおじさんが僕を脅すように言う。
「フォーマルハウト家は名家だ。きっと言い寄ってくる女生徒もたくさんいるだろうな。ふっ、モテモテで羨ましいぞ、フォーマルハウト君……!」
嫉妬の眼差しを向けてくる先生。先生は一応美形なんだから、嫉妬なんてしなくてもいいのに。
「むっ、それはいかん! アスター、カレンのためだ、偽名のまま過ごすんだ! いいな!」
「わ、わかったよ……」
二人の波状攻撃に、僕は首を縦に振るしかなかった。
「そうだ、もうすぐ今学期も終わりだな。帰省するのだろう? サロスとソフィアによろしく伝えておいてくれ」
「わかりました、それでは失礼します!」
もうそんな時期か。いろんなことがあって、正直あっという間だった。
その後、星霊研究部に立ち寄ると、ステラとメグのいつもの二人に加えて、カレン先輩も遊びに来ていた。
「ずるいわ!」
部屋に入るなり、カレン先輩がぷくっと頬を膨らませて切り出してきた。
「ずるいとは……一体何がですか?」
「私だけ『先輩』呼びなのは、なんだか疎外感があるわ。メグみたいに、私のことも呼び捨てで呼んで欲しいの」
どうやら呼び方に不満があるようだ。呪いが解け、みんなとの仲が深まってきたからこそ、一歩踏み込みたいのだろう。
「カレン先輩がそう言うなら、これからはそう呼ばせてもらいますね」
僕が快く返事をすると、カレン先輩――いや、彼女は期待を込めた眼差しでじっとこちらを見つめてくる。……これは、今すぐ呼べということか。
「か、カレン……これで、いいですか?」
急に意識してしまい、顔に熱が集まる。なぜこんなに恥ずかしいんだ……。
「ありがとう、アスターくん」
カレンは満足げに、ひまわりが咲いたような笑顔を浮かべた。
そんな僕たちのやり取りを、ステラとメグが冷めた目で見つめている。
「お熱いことでー」
「アツイー、アツイー」
「ステラさんも、ほら。さあ、早く呼び捨てにして?」
カレンは構わず、今度はステラにも楽しげに圧をかける。
「か、カレン! ……もう、これ結構恥ずかしいわね」
ステラも耳まで真っ赤にしている。
「ふふ、みんなともっと仲良くなれて、本当に嬉しいわ」
カレンは上機嫌だ。
***
「もうすぐ学期末だけど、アスターはどうするの?」
ステラが尋ねてきた。
「僕は帰省するよ、みんなは?」
「お姉ちゃんと会うチャンス! アスターについていくわ!」
ステラの食いつきがすごい。あれだけ母さんのことを思っていたんだ、会いたくて仕方ないのだろう。
「面白そうじゃないか! 私もアスターくんについていくよ」
メグは、もしかしたら王都にいたくないのかもしれないな。
「せっかく自由に学園の外に出られるようになったんだもの。フォーマルハウト領を観光するのもいいかもね」
カレンも呪いが解けて自由の身だ。色々な場所を見て回りたいのだろう。
「じゃあ、みんなで行こうか、僕が案内するよ」
こうして、僕の帰省に全員がついてくることになった。アランも誘ったのだが、彼は反対方向の領地に帰省するらしい。残念だ。




