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【完結】流星の星霊術士  作者: 折尾リク
一章 七つの奇跡
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魔将

 学園に入学して三ヵ月。前世の暦なら七月だ。七月と言えば七夕だが、無論、こちらの世界にそんな風習はない。


 例の黒フードの男もあれ以来姿を現さず、何も起きないことが却って不安を煽る。そんな中、星霊研究部の部室での事だ。


「今日はみんなに、プレゼントがあるぞ……」


 珍しく部室に顔を出したブラーエ先生が、不敵な笑みを浮かべて語る。


「ちょっと怪しいわね……」


「プレゼントとな!? なんだなんだー!」


 ステラは訝しみ、メグは大はしゃぎだ。


「プレゼントは……これだ!」


 ごくり、と喉が鳴る。


「この課題の山だ! 明日までに終わらせるように!」


 ドサリと、とんでもない量の紙束が机に置かれた。


「こんな量、明日までになんて無理ですよ!」


 僕たちは一斉に抗議する。


「寮の門限は気にするな、話はつけてあるからな……」


 先生はそれだけ言い残すと、逃げるように去っていった。


 ……逃げ足、早っ!


「仕方ない、手分けして終わらせよう……」


「そうね、後で何を言われるか分かったものじゃないし……」


「ぶーぶー!」


 不満げなメグをなだめ、僕たちは課題の山を切り崩し始めた。


 ――数時間後。


「まだ半分くらいしか終わってないわ! どれだけあるのよ!」


「燃やそう! いっそ全部燃やしてしまおう!」


 危険な発言をするメグを抑えながら、ふと窓の外を見る。辺りはすっかり暗くなっていた。ふと校庭の中央に人影を見つけ、僕は目を凝らす。


 そこには、あの黒フードの男が立っていた。わざとらしくこちらを見上げると、指をクイッと動かして挑発してくる。


「……かかってこい、ってことか!」


 僕は部室を飛び出し、校庭へと駆け出す。驚きながらもステラとメグが付いてきた。


「いきなりどうしたの!?」


 走りながら尋ねるステラに、僕は手短に答える。


「校庭にあの男がいる!」


 校庭に踏み込んだ瞬間――周囲に光の壁が立ち昇り、僕たちを結界が包み込んだ。


「よく来てくれたね、計画通りだよ」


「計画? 何のことだ!」


「今回の結界は特別でね、朝まで消えることはない。存分に楽しんでもらおうじゃないか!」


 男は僕の問いを無視して、空中に巨大な魔法陣を展開した。すると、その中から無数の『物』が降り注ぐ。


「嘘!? これ、全部死体じゃない!」


「なんて惨いことを……!」


 ステラとメグが絶望に顔を歪める。


「貴様らをここへ誘導してくださったプルート様には、感謝しなければな……」


 プルート? 誰のことだ……誘導? まさか!


 ある疑念が頭をよぎる。


「もしかしてブラーエ先生が、魔人……!?」


 先生が「魔人かもしれない」と言っていたのは、冗談ではなかったのか。


「じゃあ私たち、嵌められたってこと!?」


「わざと居残りをさせて、ここに誘導したんだ……」


 動揺する二人の前で、男は狂ったように叫んだ。


「プルート様とジュピター様、そして私で、再びこの王国を地獄に変えてやる!」


 男の足元で魔法陣が輝き、降り注いだ死体たちが霧のように消滅していく。直後、凄まじい光と轟音と共に『それ』は現れた。


「ようやくかよ、時間かかりすぎだぜ」


 現れた男の体格は、ジャックおじさんよりも一回り大きい。立っているだけで周囲を圧する絶大なオーラを放ち、あまりの魔力量に空気が震えている。


「さあ、ジュピター様! こいつらを血祭りに上げましょう!」


 黒フードの男が叫んだ瞬間――ジュピターと呼ばれた巨漢の腕が、男の胸を貫いた。


「俺様に命令するんじゃねえよ、ゴミが」


 ジュピターは興味なさげに、動かなくなった男を放り捨てた。


「……仲間じゃないのか?」


 僕は震える声を絞り出す。


「同じ魔人ってだけだ、身の程知らずな命令をするからこうなる。さて、次はお前らをぶっ殺してやろうじゃねえか!」


 爆発的な魔力の波動が襲いかかる。気圧されそうになる心を奮い立たせ、僕は星霊術でありったけの身体強化を施した。


「魔将ジュピター、参る!」


 速い!


 ジュピターは猛スピードで肉薄し、右拳を突き出す。僕は強化した剣で辛うじてその一撃を受け流した。


 捌いただけだというのに、腕が千切れるかと思うほど激しく痺れる。直撃すれば、間違いなく即死だ。


 僕は得意の中位雷星霊術を連発して応戦するが、奴は涼しい顔でそれらを受け流していく。


「援護するわ!」


「私もいくよ!」


 ステラとメグの魔力が僕の術と重なり、巨大な爆発を引き起こした。これなら、流石の奴も無傷ではいられないはずだ。


「チッ、鬱陶しいんだよ!」


 爆煙の中から放たれたのは、高速の火魔法。僕は何とか反応したが、二人は避けきれず直撃を受けてしまった。


「ステラ! メグ! 大丈夫か!?」


 必死に呼びかけるが返事はない。砂煙が晴れると、二人が地面に伏しているのが見えた。かすかに動いてはいるが、ダメージは深い。


「よくも……よくも二人を! 来い、フォーマルハウト!」


 星霊召喚に応じ、フォーマルハウトが姿を現す。


「なるほど、ピンチみたいね?」


 彼女は即座に状況を察し、上位の雷星霊術を連射してジュピターを追い込んでいく。


「チッ、一等星霊だと!? しかもフォーマルハウトか!」


 僕とフォーマルハウトの連携攻撃で反撃の隙を与えない。しかし、奴は不敵に口角を上げた。


「お前たちの弱点なんて、お見通しなんだよ!」


 奴が狙ったのは、倒れているステラとメグだった。頭上から巨大な火の塊が二人を襲う。


 あんなものが直撃したら、確実に死ぬ。


 咄嗟に水星霊術を使おうとした僕の目に、信じられない光景が映った。


 ――ドゥーちゃんだ。


 二人の前に立っていたドゥーちゃんが、上位の水星霊術を放ち、火の塊を完全に相殺したのだ。


 召喚した覚えも、彼女が出てきた感覚もなかった。一体なぜ?


「……チッ、いつの間に二体も召喚してやがった。お前、()()()()()()か?」


 ()()()()()()? 意味は分からないが、今はこいつを倒すことが先決だ。


 二体の星霊を維持している今、本来なら僕自身は術を使えないはず。なのに、なぜか全身に力が溢れている感覚がある。


 これなら、いける……!


「ドゥーちゃん、フォーマルハウト、一斉に仕掛けるぞ!」


「分かったわ!」


「了解……ご主人様……」


 ドゥーちゃんの様子がいつもと違うのが気にかかるが、今は構っていられない。


「させねえよ!」


 ジュピターも疲弊しているのか、先ほどまでのスピードはない。僕は奴の攻撃を紙一重で捌き、その首筋に剣を叩き込む。傷こそつかないが、奴は激昂した。


「この野郎が! ちょこまかと!」


 奴が放った大振りの一撃を躱した瞬間――僕は二人に合図を送る。


「今だ!」


「食らいなさい!」


「了解……」


 三人分の渾身の星霊術が重なり、巨大な稲妻となってジュピターに直撃した。凄まじい轟音が響き渡り、視界が砂塵で覆われる。


「やったか……!?」


 砂煙の中から現れたジュピターは、その左腕を失っていた。


「クソッ、クソがああああ! 殺す、殺す殺す殺す!」


 狂乱する奴から放たれたのは、どす黒い煙の魔法だった。


 用心して後ろへ跳ぶ。その煙が辺りに立ち込めた瞬間、結界をも破壊する凄まじい衝撃が走った。


 煙が晴れたとき、そこに奴の姿はなかった。


「……逃げられた、のか」


 立ち尽くす僕のもとへ、ステラとメグがふらつきながら近寄ってくる。


「どうなったの?」


「逃げられたみたいだ……」


「まずいな、あんなのが王都で暴れたら……」


 不安がるメグに、僕は首を振る。


「重傷を負っていたし、暫くは大人しくしているはずだよ」


 そうでなければ、プライドの高そうな奴が逃走なんて選ばないだろう。


「そうだ、ドゥーちゃん。二人を助けてくれてありがとう」


 彼女がいなければ、二人は助からなかった。


「あの小娘なら、さっさと消えたわよ」


 隣でフォーマルハウトが呆れたように言う。


「ドゥーちゃんを呼びましたの?」


 不意に、目の前にドゥーちゃんが姿を現した。


「改めてお礼を言うよ、二人を助けてくれてありがとう」


「……何のことですの?」


 照れ隠しかと思ったが、彼女の表情は真剣だった。


「ご主人サマが星霊術を使うために、ドゥーちゃんは出てこれなかったんですの」


 ……じゃあ、あの時二人を救ったのは一体誰だったんだ?


 ジュピターの逃走、ブラーエ先生の正体。そして「()()()()()()」という言葉。


 謎は深まるばかりだが、今は全員が無事だったことに胸をなでおろすのだった。


 ***


 俺様は結界を破壊し、ある場所へと急いでいた。


 十年前の戦争時に作られた、王国から魔人国へと通じる一方通行の地下洞窟。その入り口まで行けば助かる。


「クソッ、俺様があんなガキ一人に……!」


 コツ、コツ、コツ。


 前方から足音が響く、そこには、見知った顔が立っていた。


「お前なら逃げると思ってたよ、ジュピター……」


「プルートじゃねえか! ちょうどいい、俺様と一緒にあのガキを、いや王国を攻めようぜ! そうすれば……」


「やれやれ、これだから主戦派の馬鹿は、どうやら脳みそまで筋肉でできているらしい……」


「お前……! それはどういう意味だ、俺様を……」


 言い切る前に、視界が回転した。


「生徒が手を汚さないで済んで、本当に良かった。……ふっ、こういうのは大人の仕事だ」


 その言葉を最後に、俺様の意識が戻ることは永遠になかった。

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