メグ
王都観光の翌日、僕は学園の廊下でジャックおじさんに会った。
やけに大荷物だが、出張だろうか。
「アスターか。所用で暫く王国を離れることになった。例の男には気をつけるんだぞ」
「うん、分かってる。でも、ジャックおじさんがいないと少し不安だな……」
僕が心配そうな顔を向けると、ジャックおじさんは力強く頷いた。
「大丈夫だ。もしもの時はブラーエ先生を頼れ、いいな?」
ブラーエ先生か……いまいち頼りないんだよな。
「分かりました。ジャックおじさんも気をつけて!」
「おう! それじゃあな!」
ジャックおじさんは僕の右肩を叩き、足早に去っていった。
おじさんと別れた僕は、星霊研究部の部室へと向かった。
「アスター、遅かったわね」
部室に入るとステラが声をかけてきた。中にはメグ先輩とカレン先輩もいる。
「ちょっと学園長と話してて。カレン先輩も来てたんですね」
僕は空いている席に腰を下ろした。
「ゆっくり話がしたかったのよ」
カレン先輩は、初めて会った時の暗い雰囲気を一切感じさせなかった。
「それでー、話って何なんだい?」
メグ先輩が、少しそっけない態度で尋ねる。
「改めて、お礼が言いたくて。アスターくん、ステラさん、メグ、本当にありがとう」
カレン先輩が深く頭を下げた。
「いいえ! 困っている人を助けるのは当然ですから」
ステラが意気揚々と答える一方で、メグ先輩は投げやりに言葉を返した。
「別にいいよ、そんなに畏まらなくてもさー」
なんだか態度に棘がある。まだ仲直りできていないのだろうか。
「ちょっとメグ先輩、真剣に答えてください!」
ステラがムッとして詰め寄る。
「ステラくんはいいのかい? このままじゃアスターくんをカレンくんに盗られちゃうよ?」
「先輩、何言って……アスターは別に、誰の物でも……」
唐突な言葉に、ステラが動揺を見せる。
「見えたんだよ、アスターくんとカレンくんが結婚する未来がね……」
メグ先輩がポツリと、消え入りそうな声で呟いた。
「私のはずだったのに……」
「そんなこと、分からないじゃないですか」
反論するステラに、メグ先輩が声を荒らげる。
「分かるさ、私は星詠みだぞ! 運命が変わったんだ、アスターくんの奇跡の力で!」
運命が変わった……? 本来なら、カレン先輩は呪いで命を落とすはずだったからだろうか。
「私だけを……くっ……!」
メグ先輩は部室を飛び出していった。その瞳には涙が浮かんでいる。ステラとカレン先輩は、あまりの剣幕に絶句して動けずにいた。
「追いかけます!」
僕は跳ね起きるようにして、部室を飛び出した。
***
学園内を隈なく探したが、メグ先輩は見つからない。唯一探していない、立ち入り禁止の屋上へと向かう。
辺りは既に暗くなっていた。薄暗い灯りの下、小さくうずくまる人影があった。
「ここにいたんですね、メグ先輩」
「アスターくん……私は最低最悪の女だな。あんな風に当たり散らして……」
メグ先輩は自嘲気味に言った。散々泣いたのだろう、目の周りが酷く赤くなっている。
「私はね、温かな家族との暮らしが欲しかった。ただそれだけでよかったんだ。でも、どうしてこうなっちゃったのかな……。スピカを継承したのが間違いだったのかな? 君と出会うためには、そうするしかなかったのに……!」
呪うように、メグ先輩は言葉を零し続ける。
「私のことをスピカとしてしか見ない連中、金儲けにしか興味がない両親……。だから、あいつらの付けた名前は嫌い。マーガレットも……スピカも!」
メグ先輩の目から、また大粒の涙が溢れた。
「昨日あの女に会ってから、もう、何も見えなくなっちゃったんだ……。こんな役立たずな女、もう要らないよね、アスターくん!?」
半ば錯乱した、悲痛な叫び。
「お願いだよ、アスターくん……私を、メグが必要だって言ってくれ……っ」
その言葉が終わるより早く、僕はメグを強く抱きしめていた。
「何があっても、メグが要らないなんて言いません。僕にとってメグは大切な人です。それに――僕はメグの良いところを、いっぱい知っていますから」
「アスターくん……うわああああん!」
メグが子供のように声を上げて泣き出した。僕は、腕の中の愛おしい存在をさらに強く抱きしめる。
しばらくして、ようやくメグは泣き止んだ。
「みっともない姿を見せてすまないね、アスターくん」
メグが僕の体から離れ、照れくさそうに微笑んだ。
「そんなことないですよ、辛いことは吐き出したほうがいいんです」
「……そうだね、二人にも、きちんと謝らないと」
「そうですね」
僕が答えた瞬間、二人の唇が優しく触れ合った。
「隙ありだよ、アスターくん!」
「な、ななな何を……!?」
いきなりの出来事に頭が真っ白になる。
「ステラくんばかりズルいからね、これでイーブン、カレンくんには一歩リードかな? 運命なんて変えればいい! 私だって奇跡を起こしてみせるからね!」
柔和な笑みを浮かべるメグの美しさに、僕は思わず見惚れてしまった。
「ん? そういえば二回していたな! もう一回させるのだー!」
うわっ、襲われる!?
「寮までの道で捕まえられたら考えてあげますよー!」
元気を取り戻したメグを見て、僕は心から安堵した。追いかけっこをするように、僕たちは寮への道を帰っていった。




