初デート?
放課後、僕とカレン先輩は学園長室を訪れ、事の顛末を報告した。
「朝にカレンから聞いていたが、解呪してくれて本当にありがとう」
ジャックおじさんは深々と頭を下げたあと、僕を力一杯抱きしめる。
「当たり前のことをしただけだよ、ジャックおじさん。それに暑苦しいよ」
「おっとすまん、喜びのあまりついな!」
僕から離れたジャックおじさんの顔には、とても穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「私からも改めてお礼を。ありがとう」
カレン先輩も丁寧に頭を下げる。
「どういたしまして。さあ、顔を上げてください」
二人からこれほど感謝されると、少し恐縮してしまう。
「それで、アスター、式はいつにする?」
「式って、何のことですか?」
「アスターとカレンの結婚式だよ! さすがに今すぐというわけにはいかないが、カレンが卒業したら……」
ジャックおじさんがとんでもないことを口走り始めた。
「お父さん、アスターくんが困っているでしょう……」
カレン先輩が、一切笑っていない顔で低い声を出す。
「すみません、許してください……」
ジャックおじさんも、どうやら娘には弱いらしい。
「もう! お父さんは来月のお小遣い抜きね!」
……あ、お小遣い制なんだ。
「とにかく、カレンと仲良くしてやってくれ」
「言われなくても、そのつもりだよ」
僕が笑顔で答えると、二人も自然と笑みをこぼした。学園長室には、穏やかな空気が流れていた。
***
その後、二人に別れを告げた僕は、星霊研究部の部室へとやってきた。
「メグ先輩の『星詠み』の力って凄いですよね。呪術師の居場所を的中させたり、何か見通せないものってあるんですか?」
ステラはメグ先輩の力に興味津々のようだ。
「ふふん、ないよ! 何でもお見通しさ!」
メグ先輩は自信満々に胸を張る。
「ドゥーちゃんには無理ですのー、ごめんなさいですのーご主人サマ……」
張り合う必要なんてないのに、ドゥーちゃんは落ち込んでいる。
「じゃ、じゃあ、ごにょごにょ……」
ステラがメグ先輩に耳打ちをした。何だろう? 人には言えないことなのだろうか。
話を聞いたメグ先輩が、急に大きな声を上げた。
「アスターくんが誰と結婚するか知りたいのか! いいよ、見てみようじゃないか!」
びっくりした。ステラはそんなことが知りたかったのか。僕もちょっと気になるけれど……。
「わー! 声が大きいですよ、メグ先輩! アスターに聞こえちゃう!」
すまんステラ、しっかり聞こえている。
「ドゥーちゃんも気になりますの!」
「よし! じゃあ見てみよう!」
メグ先輩が目を閉じると、周囲が幻想的な光に包まれた。
「そんな……何で……」
どうしたんだろう、メグ先輩が呆然としている。
「どうだったんですか?」
ステラが期待を込めて尋ねるが、メグ先輩はビクッと体を震わせた。
「ははは……今日は調子が悪いみたいだ、見えなかったよー」
調子が悪いとは、大丈夫なのだろうか。
「そうだ! アスターくんは王都に馴染みがないだろう? 暇なら明日、デートしようじゃないか! 私が案内するよー」
メグ先輩が僕に顔を近づけて、急に提案してきた。
「デートかどうかはともかく、王都のことはまだよく知らないので、お願いしようかな」
「ちょっと待ちなさいよ! デートだなんて、私が許さないわよ!」
ステラが顔を真っ赤にしながら割り込んできた。
「じゃあ、デート権をかけて勝負するかい? ステラくん!」
「望むところよ! 決闘よ!」
こうしてデート権をかけた決闘が、僕の了解を得ないまま始まることとなった。
「女の戦いですのー!」
***
僕たちは校庭へ移動した。この時間、周囲に人はまばらだった。
「星霊術は下位のみ、先に一撃を入れた方の勝ちでいいね?」
「いいわ!」
「構わないよ!」
二人は木剣を構え、気合十分に息巻いている。
「それじゃ、はじめ!」
僕の合図とともに、二人が補助星霊術を自身にかける。ステラが突進し、木剣による斬撃の嵐を繰り出す。メグ先輩はそれを華麗に回避していく。
並の使い手なら一瞬で打ち据えられているだろう。メグ先輩もかなりの実力者であることが分かる。
ステラが火の星霊術を放つが、メグ先輩は設置型の風の星霊術で、その軌道を見事に逸らした。
「私にはステラくんの攻撃はお見通しだよ!」
「言ってくれるじゃない! 余裕ぶっていられるのも今のうちよ!」
ステラは巨大な火の星霊術を、全方位からメグ先輩に向けて放った。これでは避ける隙間がない。
「笑止! この程度!」
メグ先輩は前方に巨大な風の星霊術を放って火を相殺し、一気に間合いを詰めた。
「もらった!」
メグ先輩がステラの木剣を弾き飛ばし、風の星霊術を放とうとした瞬間。
「舐めないでよね!」
術が当たるのと同時に、星霊術で強化されたステラの右拳がメグ先輩にヒットした。二人が同時に吹き飛ばされる。
身体強化だけのパンチであそこまで吹き飛ばすなんて、凄いなステラ。
「そこまで!」
「「どっちの勝ち!?」」
二人がこちらを詰め寄るように見てくる。
「えっと……引き分け?」
「それじゃあデートは? どっちと行くのさー?」
「当然、私よね!」
不満顔のメグ先輩に対し、なぜか自信満々なステラ。僕は少し悩んでから提案した。
「元々デートじゃないからね。三人で王都を巡ろうよ」
「まあ、引き分けだし、仕方ないわね」
ステラは案外聞き分けが良かった。
「ぶーぶー」
メグ先輩は……無視しておこう。
***
翌日、僕たちは校門前に集合した。
「ごめん、アスター、待った?」
「ううん、今来たところだよ」
このセリフ、一度言ってみたかったんだよな。
「主役は遅れてやってくる! 待たせたな君たち!」
朝からテンションが高いメグ先輩。アランも誘ってみたのだが、「邪魔をしたくないから」と遠慮されてしまった。別にデートじゃないのに。
「カレン先輩も呼べばよかったですね」
「そうね、せっかくなら声をかければよかったわ」
僕とステラが話していると、メグ先輩が急に否定した。
「イヤ!」
「えっ?」
「いやー、カレンくんも忙しいんじゃないかな!」
メグ先輩、やっぱりまだカレン先輩と仲直りできていないのだろうか。
「ほっ、ほら、出店が見えてきたよ! ここは食品や日用品、武具なんかもあるんだ!」
王都の東側にある出店街。様々な商品が並ぶ光景に、僕は興味をそそられた。前世ではショッピングなんて体験できなかったからな。
「ほーら、二人とも、焼きたてパンを買ってきたぞ。食べ歩きと行こうではないか!」
三人で出店を見て回り、活気あふれる雰囲気に気分が上がっていた、その時だった。
「あら、マーガレットじゃない。学園の外にいるなら知らせなさいよ!」
急に金髪で小太りの女性に話しかけられ、メグ先輩がビクッと体を震わせた。
「あら、このお方はどこの貴族様かしら?」
「アスターくんは……貴族じゃない、よ……」
メグ先輩はの声は小さくなって震えていた。いつもの彼女からは想像もつかないほど、怯えきった横顔。ただごとではない雰囲気に、僕とステラは息を呑む。
「ちっ、貴族を引っかけろって言ったでしょう! 本当に役に立たないわね!」
容赦ない罵倒が浴びせられても、メグ先輩はただ俯き、唇を噛み締めて黙り込んでいた。
「ちょっと、失礼じゃないですか!」
僕より先にステラが声を上げた。
「あん? よく見ればミモザか。孤児の分際で偉そうにするんじゃないわよ!」
「なっ……!?」
ステラが怒りで顔を歪ませる。
「あなたは一体何なんですか!? ステラに謝ってください!」
僕が低い声で詰め寄ると、女は悪態をつきながら言い放った。
「とにかく、さっさと貴族と結婚するのよ、マーガレット!」
それだけ言い残し、女はそそくさと去って行った。
「……何だったんだ、あの女は」
「ごめん、あれ、私の母親……」
金儲けの道具としか見なくなったというのは、本当だったのか。
「とりあえず、移動しましょう」
周囲に人だかりができている、ステラの提案で王城前の広場へと移動した。
「二人とも、ごめん! 嫌な気分にさせたよね……」
「いえ、大丈夫ですよ」
僕のことより、あの怯えよう、メグ先輩の方が心配だ。
「私も、最近は言われてなかったから驚いたけど、平気よ!」
ステラも気丈に振る舞っている。
「そ、そうか! なら王都巡りの続きといこうじゃないか! おっ、あれはブラーエ先生じゃないか!?」
メグ先輩が指を差す。無理をしているようにも見えるが、重い空気を引きずるわけにもいかない。
「本当だわ、どこに行くのかしら?」
僕たちは、先生の後をこっそり追ってみることにした。先生は商業区に向かい食事をとるようだ。パンを半分に折って一口で頬張った、その姿はまるでリスのようで、それをミルクで一気に流し込んでいる。
あんな食べ方で大丈夫なのだろうか?
ステラとメグ先輩は笑いを堪えるのに必死なようだ。
しかし、その後、先生が向かったのは……なんと娼館の方だった。僕たちも慌てて後を追う。
まさか本当に娼館に入るつもりなのだろうか? 頼む、隣の酒場であってくれ!
ステラとメグ先輩は顔を手で覆いながら、先生の行く先を見守る。
そして、先生の向かった先は……!? 娼館だった。先生も男だったのだ……。
「「キャー! 昼間からなんて!」」
二人が黄色い声を上げたその時、背後に恐ろしい気配を感じた。
「尾行とは良い趣味をしているな……」
「ブラーエ先生!?」
確かに中に入ったはずなのに。
「女子二人を連れて娼館の前に来るとは、君は将来有望な性豪なのかね……」
「ち、違います! 先生こそ、なんでこんな場所にいるんですか!?」
「これは調査だよ。ふっ……こういうのは大人の仕事だ」
先生は大袈裟に前髪をかきあげる。――いや、何の調査だよ!
「まあ冗談だ。だが、私を尾行した反省文は三人ともたっぷり書いてもらおうかね」
「「「そんなぁー!」」」
こうして僕たちの賑やかな王都観光は、強制終了となったのだった。
***
生徒たちを見送り、私は改めて娼館へと足を踏み入れる。
扉を開けた瞬間、鼻をついたのは濃厚な鉄の匂い。視界に飛び込んできたのは、辺り一面に広がる悍ましい血の海だった。
「……ここもか」
今日調べた王都の娼館は、すべて残らず襲撃されていた。
そして――不自然なほどに『死体』が残っていない。
この一件、間違いなく例の魔人の仕業。
「目的は……魔将の召喚か」
これだけの大量の死体を依代にすれば、それも不可能ではない。早急な対処が必要だ。だが……むしろこの最悪の事態、逆手に取ればどうなる?
「ふっ……」
脳裏に浮かんだある計画。私は暗がりのなかで不敵に口元を歪め、闇へと溶けるように動き出すのだった。




